大会当日
アルマは王都の外の草原で、座りながら昇る日を眺めていた。橙色の朝日。
黒い髪が、白い仮面が、灰のコートが、風に揺れる草が一様に赤く染まる。
朝の風が心地よい。
なにがさて、今日が決戦の日だ。
彼は後ろから聞こえてくる足音に、振り向くこともなく話しかけた。
「……流石だな。アストラフィア・グローリーソード」
「ふふ、驚かないのだな」
「お前が来たことには驚いている。ただ、人の生とは試練の連続だ。誰かが来ることには驚かなかっただけだ」
振り向くと、青い髪を腰まで伸ばした少女と九人の騎士。近衛騎士勢揃いか、と彼はため息を吐く。
「さて、それでアルベルトよ」
「アルマ・ヴェゼガだ。アルベルトは偽名」
「ほう、ヴェゼガとな」
興味深そうに、彼女は青い目を細めた。
「となると貴君は、かのアルジール・ヴェゼガの後裔に当たるわけだな」
「ああ。まあアルジールは伝説の存在だがな。『グレートリセット』の前の歴史など当てにならん」
「まあだが、王国の端の村でヴェゼガを名乗っている連中の才能が本物なのは理解している。なるほど、それなら貴君の能力にも納得がいく」
「……生憎と俺は、才能が無くてな」
「……ほう?」
それを聞いて、ますます面白そうに彼女が笑った。
「まさか貴君に才能がないなどと、ありえるはずも無いだろう。貴君の居る場所は、凡人の至れる領域ではない」
「そうでもない」
この時アルマは、自らの仮面を外していた。
それを何の気もなしに見つめて、そしてアストラフィアは目を見開いた。
「……王位争奪戦の時とも変わったな。その顔、まるで、」
「死体のようだろう?」
「……ああ。私は寡聞にして隈が漆黒に染まることなど聞いたこともない」
「俺は姉さんを失ってから、寝ていない。魔法薬で眠気は無理矢理誤魔化した」
「それに何より、笑ってもいないのか?ただの一度も」
「……笑い?」
ここで彼は一瞬だけ不思議そうな顔をして、ああと手を打って、
「そうだな。たぶんだが、笑ったことはない」
「……悍ましいな」
「まあだが、俺には責任がある。それを思えばこれも、当然のことだ」
彼はそれだけ言うと、また仮面を着けてしまった。
「む、そういえばその仮面は魔道具か何かなのか?」
「いや?」
その発言にアストラフィアは納得がいかないといった表情を浮かべた。
「ならばなぜまたそれを着けるのだ?私から隠れる意味は、もうないだろうに」
そう言われると、アルマは何かを言おうと口を開いた。
しかしすぐに躊躇ったように手で口を塞ぐと、徐に朝焼けの空を見上げた。
「しかしまあ、よく似た空だ」
彼はそんなことを呟いた。
「あの日も空はどこまでも透き通り、空気は清浄だった。どうにもこんな日は、あの日を思い出してしまう」
「……何を、」
「要するにだ」
この時アルマは、剣も杖も、一切の武器を持っていなかった。
「今日が試練の日なのならば、とっとと終わらせるとしよう。悲しみのある前に」
「……貴君は、この人数相手に勝てると思っているのか?」
いっそ嗜虐的な笑みを浮かべて、アストラフィアがそう言って、
「錬金」
「偽神剣」
アルマの握っていた青い魔石が、黄金の小剣へと姿を変える。
詠唱を省略に省略しきり、一言で武器を生成する超級の錬金技術。
「……貴様、この王国の誰よりも、」
「錬金だけなら上だな」
……アストラフィアは、未だアルマの本気を見たことはない。彼の力を恐れた彼女が、彼の居ぬ間に第一王子を討ったからだ。
一方ではラルクも、大会の会場に辿り着いていた。一回戦は午前9時から始まり、決勝戦が午後3時に始まる。
優勝するとなれば、勝たなくてはいけない回数は8回。のだが、実際はただの二回勝利できればそれでよかった。
だがそれは、別によいことではない。トーナメントの表を見て、ラルクはため息を吐いていた。
「運がないなあ」
「私の方は、幸運の極みだがね」
一回戦第一試合、ラルクVS『学園三傑』ユリウス・ブレイクフィールド。前年度優勝者たる彼に勝てば、決勝まで試合は免除される。
金の髪をかき上げて、横に立っていた男はラルクを睨みつけた。
「この間の雪辱を果たすとしよう」
「……まさかお前が、学園三傑の一人だったとは」
「私としても意外の限りだ。まさか私と戦えた者が、本当に名を聞いたことすらない無名の者だったとはな」
「だろうね」
「下民とはいえ、侮りはせぬよ。貴族の地位は、血統による魔力量の高さに由来している。君はある意味、私たちに近い存在のわけだ」
アルマはあくまで、ラルクが油断されているのを前提に話していた。しかし彼は決して油断することはなく、全力を以て彼を潰しに来るだろう。
これでラルクは、全力のユリウスとクラトスを倒さなければいけなくなったわけだ。
厳しい戦いだな、と彼は思った。
ただその上で彼は、彼らに勝てないなどとは決して思わなかった。なぜなら信頼するアルマが、そう言っていたのだから。
観客席に例年はいない、しかし社会的地位の高い人物だと推測される二人組が座っていた。
「いやー、今日で『英雄』が決まるのですね」
片方は青白を基調とした清潔なズボンと上着に、騎士風のマントを羽織った男装の麗人。
柔和な表情を浮かべているが、昼の光に照らされた雪の如き銀髪と、道端の犬猫の死肉糞尿内臓が混ざり合ったような色の金眼が、どこか人ならざる雰囲気を醸し出している。
「まあ前回からほとんど時間は空いていませんが、前々回からは200年ほど。喜ばしい限りです」
「然り。だが英雄が生まれなければ意味はあるまい」
「それは、そうなんですが。まあでも過程を楽しみましょうよー」
「笑止」
もう片方は2ⅿを超える身長を持ったスキンヘッドの男。服装だけは華やかな貴族風のものだが、その隻腕と強面のために混雑している観客席内でも周りに人が近寄らない。
彼はあたかも左腕があるように、腕を組んだポーズを取りながら、
「『慈愛』曰く、奴が『英雄候補』であるそうだ。だが我はそうは思わない」
「おや、なぜですか?」
「決まっていよう。奴が唯の人間に過ぎぬからだ」
「私だって人間ですよ」
「……汝が人間であるのは、生物学上のみであろう」
「む~、女の子に何を言うんですか!」
頬をぷっくり膨らませて怒る騎士服の少女を、男は無視して会場に視線をやる。
彼女は無視されたのにさらに憤って、
……と、そこで何かに気づいた。
「おや、最初の試合が始まるようですね」
「然り。それなりに意味のある、戦いのようだ」
「弥終のしるしか否か。さてさて、お手並み拝見です」
試合のゴングが鳴り、二人の男たちが飛び出した。
これがラルクの、初の三傑との本格的な戦いとなる。




