第10章 魔女の成長③
「次は、ここか」
軽快なタッチでキーボードの上を這わせていた指を止め、志保が呟いた。
さらなるデータを得るために、次の実験を始める気だ。
新宿駅の惨劇から三時間後、まだ落ち着きを取り戻さないうちに、日本一横断者の多いと言われる渋谷のスクランブル交差点で、第二の惨劇が起きた。
歩行者用の信号が青に変わり、大勢の人々が交差点を渡っている時、突如何人もの歩行者が、鞄の中からナイフや包丁を取出し、周りの人々に襲いかかった。
十分もしないうちに、日本国中に新たな惨劇のニュースが伝わった。新宿駅よりは少なかったものの、それでも、死傷者の数は二百を超えていた。
新宿駅と同じく、加害者は普通の人々で、どんなグループやカルト教団にも属していなかった。
しかし、一般の人々が、ナイフや包丁を持ち歩くわけがない。
加害者を問い質しても、誰ひとりとして、自分がやったことを覚えている者はいなかったし、なぜ凶器を持っていたかも覚えていなかった。
この異常事態に、警察は厳戒態勢を敷いた。
東京駅・池袋・品川・秋葉原など、人の集まる場所に、非番の者まで駆り出して、可能な限りの人員を配置した。
立て続けにこんな惨事が起こっては、いつもは腰の重い警察も、さすがに楽観視できなかった。
そんな警察を嘲笑うかのように、その日は何事もなく過ぎた。
しかし、翌日、昨夜以上の惨劇が幕を開けた。それは、警察の予想を遥かに超えていた。
午前八時、山手線の全駅で、一斉に無差別殺人が起きたのだ。
警察の厳戒態勢は続いていたが、一斉に何十人という人間が、いきなり近くの人を切りつけるのだから、咄嗟に対応できるものではない。
わずか十分足らずの間に、五千を超える人々が犠牲になり、負傷した者は、その何倍にも達していた。
日本中が大恐慌を来たし、世界中が驚愕した。
各国のマスコミは、一面でこの事件を、大々的に取り上げた。
日本を敵視している一部の国の、ごく一部の国民だけが、天罰だと大いに喜んだが、そんな国であっても、多くの人々は、あまりの痛ましさに胸が締め付けられていた。
その日の夕方には、大阪・名古屋・博多・札幌と、各地の主要都市でも、ついに、無差別殺人が発生した。
この日だけで、死者は一万人を越えている。
もはや、パニックを通り越して、日本中がヒステリー状態に陥っていた。
本来、冷静に対応しなければならないマスコミが、ここぞとばかりに、より国民の恐怖を煽るような放送をするものだから、国民のヒステリーに、ますます拍車が掛かることとなった。
これも、視聴率競争による歪みなのだろうか?
それとも、国民が求めているのだろうか?
ともあれ、言論の自由をはき違え、大衆に迎合どころか媚を売り、使命を忘れたマスメディアほど、始末の悪いものはない。
が、それよりも始末に負えないのがネットである。
ネット上では、愛も変わらず、無責任な言葉が飛び交っていた。
「神の怒りに触れたなりー」
「やっぱり、宇宙人の仕業だよ」
「これは、絶対、あの国の陰謀に違いない」
「いや、地球の復讐だよ。人類が今まで、好き勝手にしてきた報いだな」
「無能な政府よ。何も出来ないなら、解散しちまえ」
「人類の滅亡に一票」
飛び込み事件の時と、何ら変わってはいない。
顔が見えないことをよい事に、好き勝手に無責任な発言が相次いだ。
顔を晒しては言えないことでも、陰に隠れてなら、いくらでも言いたいことが言えるなんて、人の心の闇は、どこまで深いのだろう。
志保は、そんな人間の陰湿さに絶望していたのかもしれない。
だが、マスコミもネットの住民達も、これがまだまだ序章に過ぎないということを知らなかった。
これから、かつて体験したこともない恐怖が始まろうとは、日本国民のみならず、世界中の誰もが、予想すらしていなかった。
当事者の志保を除いて、こんなものでは済まないだろうと思っていたのは、、悟とカレンにターニャ、それに、桜井くらいであったろう。




