第10章 魔女の成長②
志保の呟き通り、新宿駅の惨劇は、ほんの序章に過ぎなかった。
初めは、姉を死に追いやった犯人に復讐したいがため、CIAが開発中のソフトを盗んでトゥルーフレンズを作り上げたが、今の志保は、自然と動植物に害をなす人類を駆除することが、自分の使命だと思っている。
志保はその生い立ちから、人間という生き物が好きではない。
幼い頃に両親を事故で亡くしてからは、筆舌に尽くしがたい苦労を味わってきた。
両親が亡くなった後、志保たち姉妹は、父方の弟に引き取られた。
邦彦という叔父は、兄である志保の父を幼い頃から慕っていたみたいで、よく家にも遊びに来ていた。
来る時は、必ず志保と瑞穂にお土産を持ってきてくれ、一緒に遊んでくれた。
志保と瑞穂も、邦彦叔父さんが大好きだった。
そんな邦彦叔父さんが、二人を引き取ってから、がらりと人格が変わった。
邦彦は、喜んで二人を引き取ると言ったわけではなかった。
「俺はな、おまえ達の親父と仲が良かったわけじゃない。あいつは、小さい頃から要領がよかったからな。それに付いていれば楽できると思って、仲のよい振りを演じてただけだよ」
ある日、二人を目の前にして、邦彦がそう言い放った。
二人を引き取ったのは、父親が蓄えていたお金目当てだった。
志保の父は大きな会社に勤めていて、それなりの蓄えがあった。
邦彦がよく遊びに来ていたのも、お金の無心をするためだった。
邦彦は、昔は勉強が嫌いで、今は働くのが嫌いだった。
どこに勤めても長続きせず、職を転々と移っている。
そのくせ、見栄だけは人一倍強く、マイホームに車と、自分の稼ぎ以上のものを購入して、ローンの返済に苦しんでいた。
そんな邦彦と結婚するくらいだから、妻の康代も普通ではない。
その両親に育てられた、二人の子供も意地悪だった。
妻と自分の子供の前ではっきりと、「おまえ達を引き取ったのは、ローンの返済ためだったが、思ったより貯金が少なくて、半分も返せやしない」と、志保と瑞穂に言い切った。
それを聞いても、康代は諌めることもなく、邦彦に同調して、冷たい目で二人を睨んでいるだけだし、二人の子供は、嘲るような笑みを浮かべているだけだった。
それでも、二人を追い出すことはしなかった。
後で知ったことだが、父親は何かあった時のために、自分の蓄えを弁護士に任せ、志保と瑞穂が成人するまでは、他人が勝手に使えないようにしていた。
邦彦は、二人を大学まで出すという条件で、毎月弁護士からお金を貰っていた。
二人を追い出してしまうと、そのお金が貰えなくなる。
もちろん、そのお金が、二人のために遣われることはなかった。
食事も着る者も、すべて分け隔てされ、暴力こそ振るわれなかったが、生きるぎりぎりの範囲でしか与えられなかった。
瑞穂が高校に入った時、たまりかねて、弁護士の許へ相談に行った。
事情を訴え、毎月邦彦に渡す代わりに、自分に渡してほしいと頼んだ。
瑞穂は、そのお金で邦彦の家を出て、志保と二人で暮らすつもりだった。
しかし、弁護士は、瑞穂が未成年という理由で、首を縦に振らなかった。
これも、後で知ったのだが、邦彦は弁護士と結託しており、いくばくかのバックを弁護士に渡していたのだ。
両親が死んでから、友達と思っていたクラスメイトも、だんだんと距離を置くようになっていった。
お小遣いなど貰えないないので、一緒に遊びにも行けないし、お誕生パーティに呼ぶこともなければ、呼ばれてもプレゼントを買えないので、行くこともできなかった。
親からも、両親のいない子とは付き合うなと言われていたみたいだ。
高校生になった時には、志保は人間というものを憎み、人類なんて滅んでしまえばいいと思っていた。 そんな志保を踏み止まらせていたのが、瑞穂だった。
瑞穂だけが、志保の良心だった。
その瑞穂を失い、今、志保のたがは、完全に外れている。
志保は、人類の皆殺し計画を実行に移しつつあった。
やろうと思えば、直ぐにでも出来た。
各国の政治家や軍部首脳を操り、核戦争でも起こさせればいいだけのことだ。
それでなくても、今の世界は、いつ戦争が起こってもおかしくない状態にある。
志保が背中を少し押してやるだけで、人類は破滅へと向かう争いを、喜んで始めるだろう。
しかし、それをやってしまっては、自然や動植物に被害が出る。
志保の目的は、害虫駆除だ。
害虫を駆除するために、守ろうとするものを破壊しては意味がない。
それだから、原始的なやり方で、殺し合いをさせて減らしていくのだ。
もうもうひとつ、歪んだ理由があった
己の欲望を満たすために、平気で自然を破壊し、動植物を踏みにじってきた。
それでも飽き足らず、同胞同士でも殺し合いをしている。
すべては、くらだない欲のために。
そんな人間達を、簡単に殺してしまったのでは面白くない。
恐怖を味わせ、絶望のどん底に突き落とす。
そのくらいの報いを受けるべきだと、志保は思っている。
その手始めとして、人が集まる時間帯を狙って、新宿駅をターゲットにした。
結果はまあまあだったが、志保が満足するほどではなかった。
まだまだ、弱すぎる。
もっと改善するべく、志保はテレビから離れ、パソコンに向かった。
背中でアナウンサーの悲痛な声を聞きながら、人類を絶滅に追いやるプログラムを強化するために、新宿駅での結果を分析し始めた。




