第9章 カレン吼える➄
劉は、用意周到だった。
手下が襲っているときに、後ろから一発ずつで仕留められればいいと思っていたが、万が一のことを考えて、倉庫に爆薬を仕掛けていた。
世界の三凶と謳われている矜持か、サディストの性か、爆弾で吹き飛ばすよりは、自分が仕留めて、同類に見られていたカレンとターニャを、自らの手で倒したかった。
カレンは卑怯と言ったが、劉にも、彼女らと違う信念は持っているみたいだ。
劉の仕掛けた爆弾が、倉庫を木端微塵に吹き飛ばした。
いたるところに、相当強力な爆薬を仕掛けていたとみえる。
一瞬にして吹き飛んだ倉庫の爆風が、みんなの身体を煽った。
三人が足を取られ、悟の身体が、地面に投げ出される。
「イタッ」
悟の口から、言葉が発せられた。
「サトル、あなた… 」
カレンが、目を見開いた。
ターニャと桜井も、信じられないという目で、悟を見る。
「いや~、カレンのくれたお守りは、効果があるわ」
痛さに顔をしかめながらも、悟は明るい声で言って立ち上がり、服の下から、二冊の雑誌を取り出した。
二冊目の雑誌の真ん中に、弾がめり込んでいる。
劉がサイレンサーを使用していた分、貫通力が弱まったのだろう。
「それって…」
カレンが、悟が手に持つ雑誌を指さす。
「そうや、カレンが防弾にもなるって、俺にくれたやつや」
カレンがトイレに立ち上がると直ぐに、悟は服の下に雑誌をベルトで挟んでいた。
放ったらかしにしておくと、カレンになにか言われると思ったのかもしれないが、悟のことだ、カレンの言葉を素直に信じたものと思われる。
「ああ、サトル」
カレンが無上の喜びを顔一杯に溢れさせ、両手を拡げて、悟の胸に飛び込んだ。
「痛っ!」
悟が、悲鳴を上げた。
「大丈夫?」
「大丈夫や。さっき落とされたときに、脇腹を強う打ったみたいやけど、なんでもあらへん」
明るい口調で笑う悟だが、カレンを心配させまいとして無理をしているのが、苦痛に耐える顔に表れていた。
「こんなんで済んだのは、カレンのお蔭や。ありがとうな」
「なに、言ってるの。カレンを庇わなければ、そんな目に遭わずに済んだじゃない。今朝といい、あなた、本当によく、命が持っているわね」
呆れた口調で言ったものの、ターニャの悟を見る目には、賞賛が称えられている。
ターニャの言葉に、カレンは反応しなかった。
悟に命を助けられるのは、これで三度目だ。
一度目は、命を落としかけた。
腹部を撃たれて、三日生死の間をさ迷い、退院までに一ケ月を要した。
二度目は、今朝。
弾は当たらなかったといえ、一歩間違えば、死んでいた。
そして、今。
雑誌を詰めていなかったら、確実に死んでいた。
悟は、半分冗談で差し出した雑誌を、律儀に信じていた。
そこまで自分のことを信じてくれていることと、どんな危険な状況であっても、逃げもしないで傍に居てくれることに、無情の喜びを感じた。
同時に、悟に迫ったことを、激しく後悔した。
自分なんかのために、悟を死なせていいのか?
その思いが、胸を締め付ける。
「何を、暗い顔してるんや。カレンらしゅうもない。いつも、言うてるやろ。か弱い女性を守るのは、男の務めやってな。まあ、カレンがか弱いかどうかは別としてやな。これも、いつも言うてることや」
悟の快活な言葉が、カレンの暗い心を吹き飛ばした。
わたしは、幸せだ。
これまで、幸せなど感じたことのないカレンが、悟と暮らし出して幸せを感じるようになった。
今、カレンは、それ以上の幸せを感じている。
もう、何があっても後悔しない。
たとえ、自分ために悟が犠牲になったとしても、それを受け入れる。
それが、悟の愛に報いることだ。
わたしは、全身全霊をかけて、悟を愛する。
これまで以上に。
命を懸けてとは言わない。
悟が一番悲しむことは、わたしが死ぬこと。
悟の身の安全を考えて、わたしが戦いを止めたら、それも、悟は悲しむ。
だから、わたしは戦う。
そして、生き抜く。
悟も、絶対に死なせない。
矛盾しているようだが、カレンの考えは正しかった。
悟は、カレン以上にカレンのことをわかっていて、カレンの全てを受け入れているのだ。
ターニャは、内心で舌を巻いていた。
これまでに、悟のような男には、お目にかかったことがない。
一流の諜報部員といえども、悟のような男はいない。
どこか飄々としていて、掴みどころがない。
頼りないように見えるのに、愛する女を守るためには、命を惜しまない。
一度だけなら、出来るかもしれない。
しかし、悟は、これまでに二度、死にかけているのだ。
それでも、恐れもせず、今度も躊躇いもなく身を投げ出した。
今、生きているのは、奇跡としか言いようがない。
いくら命を助けられたとはいえ、その場に居合わせていたターニャですら、桜井同様、カレンが悟と一緒になったのを理解できないでいた。
しかし、今ならわかる。
カレンは、ターニャ以上に、悟のことを見抜いていたのだ。
カレンの本能が、そうさせたのだろう。




