第8章 とぼけた男⑥
「ばれてたの」
柱の陰から、ターニャが姿を現した。
「ターニャ、なんでここに? いつからおったんや?」
悟の目が丸くなっている。
「そう、矢継ぎ早に質問しないの」
ターニャは、どこか悟には気を許しているのかもしれない。
今も、能面のような顔ではなく、唇が緩くカーブを描いている。
「あなたの演説、なかなか面白かったわよ。まんざら、馬鹿でもなさそうね」
「やっぱり、馬鹿やと思ってたんやな」
悟が、なんともいえぬ情けない顔になる。
「だって、カレンと一緒にいるなんて、普通じゃないもの」
「言われてみれば、確かに、普通やないわな」
ターニャの言葉に、悟は腕を組んで、真顔で頷いた。
「失礼なことを言わないで。と、言いたいとこだけど、サトルが普通じゃないのは、わたしも認めるわ」
悟の顔が、ますます情けないものになる。
「ターニャがここにいるのはね、あなたに発信器を仕掛けてたからよ。部屋を出ていくときに、襟を掴まれたでしょ」
カレンが、悟の襟の内側から、小さな金属片をつまみ出した。
「それを知ってて、そのままにしておいたの?」
ターニャが、少し驚いた顔をした。
「簡単に、あなたに会えるでしょ。今みたいにね」
「喰えない女ね」
「あなたには言われたくないけど、まあ、褒め言葉として受け取っておくわ」
「おまえら、俺をなんやと思っとんねん」
二人のやり取りを聞いていた悟が、少し怒りを含んだ声で、語気を荒げた。
「愛する旦那様」
「貴重な情報源」
ためらいもなく重なる二人の声に、悟は怒る気も失せて、がっくりと肩を落とした。
桜井が、そんな悟を同情するような目で見ながら、ターニャに声をかけた。
「君と会うのは久しぶりだが、変わってないな」
「あら、あなた達、知り合いだったの?」
カレンが、以外そうな顔をする。
「まあな、ちょっと、昔にいろいろあってね。それより、何を俺たちに手伝わせようてんだ?」
ターニャとのことについては言葉を濁して、桜井が尋ねる。
カレンはそれには答えず、含み笑いの顔で、ターニャを見た。
「敵の、人数減らしでしょ」
薄笑いで応えて、ターニャが言う。
敵とは赤い金貨のことだと察しはついたが、桜井は、まだ状況を呑み込めずにいる。
「どうやら、組織の中に、裏切り者がいるようね」
「さすがね。よく、状況を把握してるじゃない」
「敵わないわね、まったく」
嘆息混じりに言って、ターニャが首を回した。
「もう少し、詳しく状況を説明してくれないか」
桜井が言ったとき、「そうか!」と、悟が大声を出した。
「俺を拉致らせたんは、そのためやったんか」
悟が、カレンに目を向けた。
「さっきは、公安がどこまで掴んでいるか知りたかったとか言ってたけど、ほんまは、なんも掴んでへんって、カレンは知っとたんやろ。俺を利用して、最初から戦力として使うために、わざと俺を拉致らせたんやな。違うか?」
「ご明察」
カレンが、にっこりと微笑む。
「それに、俺に発信器を仕掛けたのをいいことに、ターニャも引き摺り込んで、自分の負担を少しでも減らそうって、そういう魂胆やったな」
「それも、正解。やっぱり、サトルって素敵」
カレンが目を輝かせる。
「ようやるわ」
半ば呆れた口調で言って、悟がため息をつく。
カレンのことをよく知っている悟は、カレンの描いた筋書が完全に読めた。
「俺が公安に捕まって、情報源である俺を奪いに、ターニャまで現れたって、そうヒューストンに報告したやろ。ご丁寧に、この場所まで教えてな」
「よく、そこまでわかったわね」
どうやら、悟の読みは正しかったようだ。カレンが、目を丸くしている。
「伊達に一緒に暮らしてへんで」
悟が、どやという顔をカレンに向けた。
ターニャは、冷ややかな顔で、二人のやり取りを聞いている。
「そんで、CIAの応援を断ったな。大勢で押しかけると、俺の命が危ないって言うてな」
「だって、後ろから撃たれるのは、ご免なんだもの」
カレンが、ちろりと舌を出す。
自分の考えを正確に言い当てられて、少しバツの悪そうな顔をしているものの、カレンに悪びれた様子は、一切ない。
「やっぱりか」
悟が、がっくりと肩を落とした。




