第3章 赤い守り神➄
「スピードを下げろ」
とある工場の角を曲がったところで、劉が命令した。
黄が、言われた通りブレーキを踏んで減速する。
「少し行った先で、車を停めろ」
スピードが二十キロまで落ちたとき、劉が言って、素早く車から飛び出した。
地上で身軽に二三回転して、劉が植え込みの陰に身を潜める。
ポケットから皮の手袋を取出し、右手にはめる。
ベンツが停まったのを確認してか、尾けていた車が、劉のいる少し手前で停まった。
相手はベンツの動向を窺っているのか、誰も降りてくる様子はない。
劉は植え込みの中を、音を立てぬよう、車の側まで静かに移動した。
そして、植え込みから獣のように飛び出して、助手席側の窓に、皮手袋をはめた右拳を、思い切り叩きつけた。
その車に防弾が施されていなかったのが、中の人間にとって、命取りになった。
窓は、いとも簡単に砕け散った。
乗っていた二人が、目を瞠って劉を見る。
劉は割れた窓から手を突っ込み、助手席側の男の後頭部を掴むと、渾身の力を込めて、フロントガラスに叩きつけた。
フロントガラスと一緒に、男の顔が砕けた。
運転席の男が、慌てて銃を取り出そうと、懐に手を入れた。
が、焦りと動揺のため、うまく取り出せない。
ハンドルも邪魔をしていた。
劉が素早くドアロックを解除し、ドアを開けた。
同時に、顔の潰れた男の死体を外に放り出す。
この時になって、ようやく運転席の男が銃を取り出した。
しかし、遅かった。
銃口を劉に向ける間もなく、その腕が掴まれ、凄まじい力で捩じ上げられる。
銃を持った男の腕が、嫌な音を立てて、あらぬ角度に捻じ曲がる。
悲鳴を上げかけた男の顔面に、劉のパンチが見舞われた。
男は声を上げることもなく、ぐったりとしてしまった。
劉が、車のライトを明滅させた。
ベンツがバックしてくる。
「こいつは、連れていって拷問する」
尋問と言わないところが、劉の凄まじいところだ。
劉は、本当に拷問する気なのだ。
自白剤もあるのだが、劉は、極限まで人をいたぶるのが好きな、根っからのサディストだった。
「まだまだスパイがいるようだ」
劉には珍しく、皮肉な口調で言って、かすかに顔を歪めた。
笑っているのだ。
その顔に、黄は身の毛がよだった。
「本部に連絡しておきますか」
吐き気をこらえながら、黄が尋ねた。
劉が、静かに頷く。
「こいつは、どうしましょう」
絶命している男を指さし、黄が訊く。
「片付けさせておけ」
気絶した男を、ベンツの後部座席に放り込みながら、劉が答えた。
黄は、携帯で手短に連絡をしてから、運転席に座った。
気絶した男は、手足をガムテープで巻かれ、口には猿ぐつわを噛まされていた。
劉は、助手席に座っている。
「出せ」
劉が短く命じると、黄が気持ちを落ち着かせてアクセルを踏んだ。
「あと十分もすれば、尾けていた車と顔の壊れた死体を、跡形もなく片付けてくれるそうです」
走りながら、劉に報告する。
劉は、興味なさげに頷くだけだ。
可哀そうに。いっそ殺されていたほうが幸せだったろうに。
後部座席に転がされている男をバックミラーで見ながら、黄は、これからの男の身の上を思うと身震いした。




