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小泉工作とレイラさん  作者: 大塚めいと
第四章 小泉さんと仲間たち
25/31

第20話 ライターVSキラー

【前回のあらすじ】



 レイラをさらった犯人は、爆弾魔の坂上伊志男(さかじょういしお)と殺人鬼であり死体アーティストの矢加部太郎(やかべたろう)の二人だった。


 彼らはレイラに時限爆弾の首輪を装着させて人質にとり、彼女を解放する為のとある交換条件を工作に課す。



 それは「坂上お手製の時限爆弾を使い、自爆して自らの命を断て」というモノだった。



 爆弾を捨ててレイラを置き去りにして逃げ出すもよし、自爆して坂上の芸術作品となって散るもよし。



 地獄の二者択一を責められた工作は、これまでの小説家としての知識をフル動員させ、この状況を打破する妙案にたどり着き、起死回生の一言をレイラに告げるのであった……





【登場人物紹介】



小泉工作(こいずみこうさく)[34歳 独身]

 サスペンス・ミステリー作品をメインとする小説家。代表作である「ダブルフィクション」は10万部のベストセラー。現在は原心社出版「月刊エクリプス」にて「痛みの要求」という作品を連載中。新作の長編小説「樹海のコクシム」の売れ行きも好調である。好きな異性の髪型はポニーテール。



功刀(くぬぎ)レイラ[1?歳]

 褐色の肌にウェーブが掛かった黒髪が特徴。喫茶店「展覧会の絵」のマスターである功刀透とは親子関係であり、「山東恋空」という名前で声優として活動している。趣味は仮装。好きな異性の髪型は特に無し。その人に似合っていればそれがイチバン! 



矢加部太郎(やかべたろう)[32歳]

 殺人鬼。過去に罪の無い人間を6人もバラバラにして弄び、死体を青木ヶ原樹海に捨てていた凶悪犯。しかし、思いこみが激しい性格で、樹海で偶然出会った工作とレイラを自分以上のサイコキラーと勘違いしてしまう。それが原因となり、あえなく警察に逮捕された。 しかし、護送中の爆弾事故のドサクサで、脱走することに成功。ただ今坂上と行動を共にしている。



坂上伊志男(さかじょういしお)[21歳]

 爆弾魔。世間を驚かせようと、独学で爆弾を製作している。東京に虚偽の爆発予告をしてで世間の目を反らし、その隙にFUJIオーサムランドに爆弾をしかけ、大量殺戮を試みるも、工作とレイラによってを妨害される。彼はその後、工作のコトをひどく根に持っている。指のさかむけを唇に当てて感触を楽しむクセがある。ただ今矢加部と行動を共にしている。








「はい? 」



 究極の選択を強いられた工作が放った一声に対し、レイラは突然異国語で話かけられたコンビニ店員のような反応を返した。



「もう一度言うよレイラさん……僕とキミが初めて出会った時に見せてくれたヤツだよ。コーヒーをオレンジジュースに変えた方法……最後に教えてくれないか? 」



「なに言ってるの先生? そんなことしてる場合じゃないでしょ? 」



「いいから教えて欲しいんだ。色々あって聞きそびれちゃったから、今日までわからずじまいで過ごして来ちゃったけど……ホントはすごく気になってたんだよ……だから、お願いだ最後に教えてくれ。あのマジックの正体を」



「え、いや……それはいいんだけど……」



 今生の別れになるとして、最後の最後に聞くことがソレなの? と、レイラは改めて小泉工作のつかみきれない性格を目の当たりにし、呆れの混じった絶望感に全身を包み込まれてしまった。



「小泉工作よ……そんなこと言ってる場合じゃないだろう。もう残り時間は30秒を切ってる。愛だとか絆だとか、そういうこそばゆい言葉で彼女に別れを告げなくていいのか? 」



 それは坂上も同じで、本来なら死を目前にしてメロドラマじみた二人のやり取りを含めて芸術作品としたかったところ、工作は内輪でしか分からないマジックの種明かしを要求してきたのだから、坂上にとってこの状況は面白くない。



「小泉工作! あと10秒だぞ! 」



 坂上が急がせるも、工作の質問は変わらない。



「頼む! どうやって黒いコーヒーをオレンジ色に変えたのか! それを頼むから教えてくれよレイラさん! 」



 坂上にはもう我慢の限界が来ていた。こんなマヌケなやり取りで俺の作品を汚されてたまるか! と、しびれを切らしてとうとう……



「このクソ……! 」と悪態をつきながら、時限爆弾の一時停止スイッチを押してしまったのだった。



「いいかげんにするんだ小泉工作! もっとあるだろ?! この女のコトを大事にしてるんだろ? なぜそんなどうでもいいようなくだらない質問で場の空気を濁すんだ!? 愛してるだとか何とか言えよ! もっとお互いに交わす言葉があるだろう!? 」



「そうですよ! 私はまだ先生からちゃんとした言葉で気持ちを伝えてもらってないんですから! こんな時ぐらいG・M・ストラットンの力を借りないで、しっかりと自分の言葉で伝えてくださいよ! 」



「お前は黙れ! 」



「は、はい……」



 坂上の言葉に便乗する形で、レイラも工作のあまりにもマイペースな調子にクレームを入れたが、鋭い目つきで一蹴されてしまった。



「とにかくだ……小泉工作。お前が持っている時限爆弾……そしてこの女の首に着けている時限爆弾。両方のタイマーを停止させてやった。しばらく時間をやるから、その間にもっとお前の本気を見せてくれ。人が死の直線に見せる心からの感情の爆発……その爆発も俺のエクスプロレーションに欠かせない要素なのだ! もっとしっかりやれ! 」



 ここまでの流れに、工作は内心ほくそ笑んだ。



 OK! プロット通りにコトは運んでいる。



 坂上伊志男……やはり彼は自分の作品で思い通りにならないことには我慢が出来ない性格だったようだ。自分の美術プランに沿わない流れであれば、例え目の前にいるのが心から殺したい相手であろうと生かし続け、リテイクを優先させる。



 そしてここまでの流れに持って行けば……“もう一人”も我慢できずに食いついてくるハズだ。



「さぁ、小泉工作! もう一度よ~く状況を把握しろ! お前の命も、この女の命も俺が握っているんだ。これ以上おかしなマネをしやがったら、お前ら二人とも爆作(ばくさく)となってもらう! それでもいいのか? 」



「ちょっと待て坂上! 」



 工作にペースを乱されてイライラしている坂上の言葉を遮る一声。それは矢加部太郎の低音ボイスだった。



「なんだ矢加部?! 何を待てというんだ? 」



「坂上、おめえは気にならねえのかよ? 」



「なんのことだ? 」



「コーヒーだよ! コーヒーをオレンジジュースに変えるってのはどういうコトなんだよ? 知りたくねえか? 」



「はぁ? お、お前まで何言ってんだ? 」



 よし! 食いついてきた! 



 小泉工作は彼らに見えないように握り拳を作っていた。



 想像するに、矢加部太郎は思想系の芸術家というよりも工作・技術系のクリエイター寄りの人間だ。だとすれば、化学反応や、特殊技術を用いたマジックを匂わせる“コーヒーをオレンジジュースに変える方法”に強く興味を抱くハズだろう。工作はそう憶測し、そしてねらい通りの展開となった。



「おい女! どうやったんだ? そのコーヒーをオレンジジュースに変える方法ってのは! 」



 矢加部は大事そうに担いでいた女性の死体を地面に下ろしてまでレイラに詰め寄り、その真相を聞き出そうとした。



「え? えっと……その、それは……」



 まさかここまで興味を抱かれるとは思っても見なかったレイラは困惑して、上手くその方法を説明することが出来なかった。



「矢加部、落ち着け! 落ち着くんだ! 今はこんなことをしてる場合じゃない! それはまず、小泉工作の爆作を完成させてからゆっくりと聞き出せばいいだろう! 」



 坂上は必死だった。これ以上自分のエクスプロレーションを台無しにされることを酷く嫌悪した。そして同時に、これらは全て小泉工作による画策だと察し、さらにその先に秘められた狙いが何かあるのでは? 疑問を抱き始めた。



「小泉工作。お前、何か企んでいるな? こうやって時間を稼いで、何かが起こることを待ちわびているな? 違うか? 」



 坂上の考察に対し、工作は眉をひそめながら口角を上げ、どことなく皮肉っぽい笑顔を作り「さすがだな……」とつぶやき、説明をする。



「これはどのみち伝えようとしていたコトだ……なぜならこれから僕が話すことは、君達自身の安全に関わることでもあるからな」



「もったいぶらずに言え! 小泉工作、お前は何を待っていた? 」



「自衛隊だよ……」



「な? 自衛……隊? どういう意味だ? 」



 ここで坂上がその意味を理解できなかったことで、工作は自分の鼓動がが踊り狂うほどに高鳴っていることを自覚した。この高鳴りは恐怖から来る緊張ではない。他人が自分の思い通りに動いてくれた時に感じる「してやったり! 」の高揚感から来るものだ。



「お前達、何度かこの青木ヶ原樹海を訪れているわりに、そんなことすら知らなかったのか? ずいぶんとお気楽な稼業なんだな、アーティストってのは」



「な……貴様! 何を言っているのか分かっているのか? 俺達を侮辱することは許さん……許さんぞ小泉工作!! 」



「待て! 」



 全身を震わせ、こめかみに血管を浮かび上がらせる坂上の肩をグイッ! と引き、今にも爆発タイマーを再起動させかねない彼の行動を制止させたのは矢加部だった。



「矢加部ェ……! 邪魔をするな! 悔しくないのか? あんなペテン師に煽られて! コケにされていることを! 」



「坂上……勝手に俺もその中に入れるんじゃねえよ。分かってるんだよ俺はよ、小泉先生の言う“自衛隊”がなんだってのがよ」



「何だと? 」



 矢加部は少し得意げな表情で坂上を一瞥し、一歩前に出て工作を見下ろした。



「ここ青木ヶ原樹海はよ、時々自衛隊の奴らが野外訓練として使ってるコトがあるんだよ。この樹海には余った死体パーツを捨てる時に何度も来てんだよ俺は……それぐらい知ってるぜ。そうだろ? 先生」



「ああ、その通りだ。今日この時間に、自衛隊が訓練としてこの樹海を使っていることをとある情報筋から聞いているんだ。だからさっき君達が首吊り死体を使った爆発の音を、自衛隊が聞きつけているかもしれない。ということに賭けてみた」



「だからくだらない無駄話を続けて時間を稼いでたってワケか。さすが小説家の先生だ、まんまとその気にさせられたぜ。コーヒーをオレンジジュースに変えるだとかデタラメをほざいてなぁ……」



 矢加部の褒め言葉に、工作は自嘲気味な失笑をこぼした。



「そういうことだ。これ以上大きな音が出る爆弾を使って何かをやらかすというのなら、彼らに見つかってしまうことをリスクとして承知するんだな。それでも僕とレイラさんを“爆作”するかい? どうするんだ? えくすぷろれーしょん? だっけ? 」



 工作は坂上の専売特許の造語を、あえて嘲るような口調で口にする。その効果はてきめんだったようで、坂上は親指に出来た逆剥けの皮を何度も自分の唇に擦り付け始めた。その仕草が彼が平常心を失っている時のサインだということは誰が見ても明らかだ。



「落ち着け坂上、これ以上はお前に任せられん」



「矢加部! お前まで俺をバカにするのか? 」



「違うんだよ、冷静になれ。俺達は今仲間割れしかけている。そうだろ? 」



「その通りだ! お前がコーヒーをオレンジジュースに変える方法だとか何とかに食いつかなければこんなことにならなかった! 」



「そりゃ……まぁ、悪かったがよ……とにかく、それこそが小泉工作の狙いだってことだ。自衛隊のコトだって多分でっち上げだ、ここに来る途中そんな気配はなかった。今俺達が何をするべきかはな、当初の予定通りにコトを運ばせることだ、小泉先生はそれを回避する為に俺らを翻弄させている。そうだろ? 」



 矢加部の言葉に徐々に落ち着きを取り戻したのか、坂上はささくれた親指を唇に当てるのをやめ「なるほどな」と一言。そして再び工作と向き合った。



「矢加部の言うとおりだ。小泉工作……お前は俺達に仲間割れを起こさせたかったようだな……上手いやり方だ。“自衛隊の演習”という話題で、お前と矢加部に、ある種の仲間意識を作り上げて俺自身を孤立させる。その上で俺だけを集中的に罵って煽る。そうして俺だけを怒らせ、矢加部と対立させて隙を作る……そんなところか」



「…………」



 坂上の考察に対し、工作は否定とも肯定とも言えない沈黙を返す。これを坂上達は図星ということだろうと受け取った。



「よし、小泉工作! 3分だ! 今から3分だけ時間をやろう! 3分経ったら貴様に手渡した時限爆弾のカウントを再起動する! その間にしっかりとこの女に別れの言葉を告げるんだな」



 坂上は左手首にはめた腕時計の秒針をチェックし、カウントダウンを開始させた。矢加部もそれに呼応するように、レイラの腕を掴んで自分たちの前に突き出した。



「先生……ッ! 」



 先生ならなんとかしてくれる……そう信じてコトの成り行きを見守っていたレイラだったが、どうやらそれも叶わぬことを悟り、半ば諦めの表情で崖下の工作を見つめた。



「レイラさん……」



「先生……ありがとう、もういいよ……私を置いて逃げちゃってよ」



「ダメですレイラさん。キミも知ってるでしょ? 僕は臆病者です。キミを犠牲にして生き残るだなんて度胸……僕にはありません」



「先生……バカ! 悪いのは私……私がこんな場所に連れてこなければ……」



「レイラさん……」



 お互いの身を案じるレイラと工作のやり取り。それを見た坂上は「そうだよそうだよ! これこそが俺の望んでいた感情の爆発! これこそが俺のエクスプロレーション! 」と内心で欣喜雀躍していた。



「レイラさん。覚えてますか? 」



「何? 何のこと? 」



「この場所です。僕が樹海にいることを知ったら、弾丸のように『展覧会の絵』を飛び出してここまで来てくれたじゃないですか……ここはその時僕らが再会した場所なんです」



「あ…………! そうだね……」



 レイラはその言葉に何か作為的なニュアンスを感じ取ったらしい。一瞬、口に出しかけた言葉をどうにか飲み込み、当たり障りのない返事をする。



「レイラさん。今日僕は小説家の小泉工作ではなく、脚本家の“G・Mストラットン”としてここにきました。その話の続きを今ここでしようと思います」



「うん……」



 レイラは工作が何を言いたいのかを完全に理解し、汲み取った。



「僕は今日、ここで短い人生を終わらせてしまうだろう。キミと再会出来るのは、どうやら“あの世”になりそうだ」



「そんなこと……言わないでよ! 」



「いいかい? もう僕は将棋の詰み状態。今から彼らの隙を突くことなんて出来やしない。たとえ僕がいなくなっても絶対に抵抗しちゃダメだよ。彼らは最低限の約束は守ってくれるハズさ」



「うぐっ……やだ……やだよ先生……」



 レイラは目に涙を浮かばせて、鼻をすすりながら工作の言葉に一言を変えし続けた。坂上も矢加部も満足そうな顔でその姿を見守っている。



「いいかい? 無闇に抵抗しちゃダメだ。おとなしくしているんだよ? 」



 工作はそう言い残し、目覚まし時計型時限爆弾を胸に抱いて立ち上がった。全てを諦め、覚悟を決めたかのように凛とした目つきで崖の上を見つめた。



「約束の三分だ小泉工作。時限爆弾のタイマーを再起動する」



 そして坂上は再起動のスイッチを躊躇なく押し込んだ。工作の抱きしめたアナログ時計が息を吹き返し「カチ……カチ……」と秒針が時を刻む。残された時間は僅か5秒。



「レイラさん、さようなら」



 その工作の言葉の直後、落葉が宙に舞い、轟音が樹海の陰鬱な空気を振動させる。



 小型のアナログ時計は、熊ですら一撃で葬り去らせるように強力な爆裂をもって、その素朴なフォルム四散させた。



 未踏の地となった樹海の静けさは再度脅かされ、野鳥がバサバサと群青色の空へと消えていく。残ったのは火薬の匂いと立ちこめる煙だけ。



「先生ぇぇぇぇーーーーッ!!!! 」



 悲痛な叫び。目の前で最愛の人を失ってしまったレイラは声帯が潰れるかと思うほどに慟哭する。



 全てが完璧。坂上にとって理想とする光景。



 火薬の爆発、感情の爆発が渾然一体となり、ここにある全ての要素、光景が彼にとっての芸術「エクスプロレーション」たらしめる。



「ハハハハハハハッ!! やった! やったぞ!! 」



 歓喜に震える坂上。宿敵である工作を自らの芸術作品へと昇華したことで脳内のアドレナリンが止められなくなっているようだ。



 彼は未だに気が付いていない……



「お、おい? 坂上! あれを見ろ! 」



 異変に気が付いた矢加部が、喜び狂う坂上の意識を現実に呼び戻した。


「……どうしたというんだ矢加部。興ざめするようなことを……」



「いいから下を見ろって! とにかく! 」



 坂上は矢加部の必死な態度にようやく危機感を覚えたらしい。作品完成を祝うことを一時中断させ、彼の言うとおりに崖下に視線を移した。



「小泉……工作……? 」



 そこには小泉工作が爆弾によって肉塊と化している姿が残っているハズだったが、いくら見渡してもその姿が見あたらなかった。



「どこだ? どこにいったんだ小泉工作!? 逃げたのか? 」



「いや、俺たちはしっかりと見ていたハズだ。爆発で落ち葉が吹き上がった瞬間まで、小泉工作はその場に立っていた……! 」



 手品師のように突然姿を消してしまった工作。予想だにしなかった展開に狼狽を見せる凶悪犯二人はとにかく、つい数秒まで工作が立っていた場所を調べることにした。



「お前はここでジっとしていろ」



 崖上には坂上とレイラ(それと女性の死体)が残り、矢加部が単身で崖下に。勾配が緩やかなので手を使わずとも簡単に下まで降りられた。



「さて、どこに行ったってんだ小泉先生よぉ~……WeTube(ウィーチューブ)にアップされたエロ動画みてえに予告なしに『パっ! 』と消えちまいやがってよぉ」



 矢加部は剥製に使う際に愛用している医療用メスを構えながら、慎重に足を進める。工作が先ほどまで立っていた場所の地面は真っ黒な焦げを作っていて、落葉が燻る匂いが辺りに立ちこめていた。



「爆発は確かにここで起こっている……まさか分子レベルまでバラバラになったワケじゃないよな」



 一歩、また一歩と爆心地へと近づく矢加部。それを上から見守る坂上とレイラ。二人とも雲散霧消してしまった小説家の捜索を固唾を飲んで見守っている。



「気をつけろよ矢加部! 小泉工作はどこかに潜んでいるはずだ」



「分かってるよ! お前はしっかり女を見張っておけ」



 そしてそのまま奇妙な膠着状態が30秒ほど続いた次の瞬間……



 坂上は2度の衝撃を目の当たりにし、文字通り“我が目を疑った”。



「矢加部!? どうした矢加部!!? 」



 消えたのだ。



 坂上の目の前で再び人間の姿が……矢加部太郎が忽然と消えてしまったのだ。



「どうなってるんだ!? 何が起きてるんだ!? 」



 自殺者の絶えないこの青木ヶ原樹海ゆえ、現実主義な坂上ですらいよいよもって“死霊”や“物の怪”といったオカルトな事象に巻き込まれているのか? と頭をよぎってしまった。それほどに異常な状況だった。



 そして坂上はとうとう、決してやってはならないミスをしでかしてしまった。



「イええええええいッ!!!! 」



 全身全霊を込めた掛け声と共にレイラが坂上に対してショルダータックルを敢行! 突っ込んできたのだ! 



「しまった! 」



 坂上のミス……それは絶えず片手で拘束していたレイラの腕を離してしまったこと。それによって自由の身となったレイラは、ここぞとばかりに反撃に移ったのだ。



「ううッ! 」



 小柄な女性が相手とはいえ、決死に全力で突っ込んでこられては坂上も抵抗が出来なかった。レイラの肩は的確に彼のみぞおち部分に突き刺さり、肺にたまった空気が全部放出されてしまったような感覚を覚えながら、坂上は崖下へと転落する。



「ぐっ……くそっ! 」



 崖は緩やかな傾斜ゆえに、転落といっても坂道を転がるようなモノだったが、地面からところどころ突き出した溶岩石が容赦なく坂上の全身を打ち付け、擦り傷を作らせた。



「いっつ……痛えなクソ……! 」



 肘や膝がジンジンと熱を発していることが分かる。坂上がここまで身体を傷つけてしまったのは、小学生の体育の時間以来だった。



「コトはどうやら、僕のシナリオ通りに動いてくれたみたいだな」



 その声はうつ伏せになっていた坂上を見下すように、彼の後頭部に向けて発せられた。少し間延びしているが、ハッキリとした発音で滑舌の良い低音だった。



「小泉……工作……! 」



 坂上が見上げるその先には、小泉工作の立ち姿があった。



「やあ……勝手だとは思ったけど、キミの落とし物……しっかり拝借させていただきましたよ」



 彼は坂上がどさくさで手放してしまった時限爆弾の解除スイッチを手にし、威風堂々とした立ち振る舞いで傷だらけの爆弾魔を見下ろす。




「お前……どうやって消えた……!? どうやって矢加部を消した!? 」



 坂上の質問に、工作はズレたメガネをクイッと持ち上げ……



「簡単さ。コーヒーをオレンジジュースに変えるよりはね」



 と言って、崖の上でサムズアップを見せるレイラに「よくやってくれましたね! 」と、賞賛を込めた視線を送った。



「これでいいんですよ……これで! 」







[ライターVSキラー] 終わり


   →次回[ライター&アクター]へと続く。

種明かしは次回(;^ω^)


■■■■最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

感想・コメント等、お気軽にどうぞ(^ω^)■■■■

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