第21話 ライター&アクター(Aパート)
【前回のあらすじ】
爆弾魔の坂上伊志男と死体アーティストの矢加部太郎の二人に捕らわれたレイラ。
彼女を救うべく、小泉工作はハッタリをしかけて二人の仲間割れを誘うも、作戦は失敗。
そのまま坂上の爆弾によって死んでしまったかと思われていたが、工作の肉体そのものが霧のように消えてしまった。
それを確かめる為、矢加部は単身で調査をするも、今度は彼自身の姿まで消えてしまう。
状況がつかめない坂上は軽いパニック状態に陥ってしまい、とうとうレイラの拘束を解除してしまう。
その隙をついたレイラは、坂上にタックルを敢行。崖下に突き落とした。
全身を打ち付け悶絶する坂上。そんな彼に近づく一人の男の影、爆死したハズの小泉工作が彼を見下ろしていたのであった。
【登場人物紹介】
・小泉工作[34歳 独身]
サスペンス・ミステリー作品をメインとする小説家。代表作である「ダブルフィクション」は10万部のベストセラー。現在は原心社出版「月刊エクリプス」にて「痛みの要求」という作品を連載中。新作の長編小説「樹海のコクシム」の売れ行きも好調である。好きな異性の部位は胸。
・功刀レイラ[1?歳]
褐色の肌にウェーブが掛かった黒髪が特徴。喫茶店「展覧会の絵」のマスターである功刀透とは親子関係であり、「山東恋空」という名前で声優として活動している。趣味は仮装。好きな異性の部位は手の甲に浮かぶ血管。
・矢加部太郎[32歳]
殺人鬼。過去に罪の無い人間を6人もバラバラにして弄び、死体を青木ヶ原樹海に捨てていた凶悪犯。しかし、思いこみが激しい性格で、樹海で偶然出会った工作とレイラを自分以上のサイコキラーと勘違いしてしまう。それが原因となり、あえなく警察に逮捕された。 しかし、護送中の爆弾事故のドサクサで、脱走することに成功。ただ今坂上と行動を共にしている。
・坂上伊志男[21歳]
爆弾魔。世間を驚かせようと、独学で爆弾を製作している。東京に虚偽の爆発予告をしてで世間の目を反らし、その隙にFUJIオーサムランドに爆弾をしかけ、大量殺戮を試みるも、工作とレイラによってを妨害される。彼はその後、工作のコトをひどく根に持っている。指のさかむけを唇に当てて感触を楽しむクセがある。ただ今矢加部と行動を共にしている。
「やった! 上手くいった! 」
レイラにとってショルダータックルで他人の身体に突っ込むことは生まれて初めての経験だったが、生きるか死ぬかの瀬戸際で敢行したその攻撃は大成功を納めた。
さすがですね先生……!
彼女は崖下で得意げな表情を作っている工作を見下ろしながら、この結果に至るまでの即興プランを心の中で振り返っていた。
□ □ □ □ □
『レイラさん。覚えてますか? この場所です。僕が樹海にいることを知ったら、弾丸のように『展覧会の絵』を飛び出してここまで来てくれたじゃないですか……ここはその時僕らが再会した場所なんです』
先生がそう言った時、ピーン! と来たんだ。私が先生を探しにこの青木ヶ原樹海まで追いかけた時、先生は地面に空いた洞穴から這い上がって出てきて私と再会したことを思い出したんだ。
先生の足下には、あの時の『穴』があった。きっとそのマンホールのような洞穴を利用してこの窮地を脱するんだと直感で分かった。
落ち葉がたくさん地面に敷き詰められていたことと、私たちが崖から見下ろした角度からはちょうど死角になっていたことが幸いして、坂上も矢加部もその穴の存在に気が付かなかった。
そして次に先生はこう言ったよね……
『レイラさん。今日僕は小説家の小泉工作ではなく、脚本家の“G・Mストラットン”としてここにきました。その話の続きを今ここでしようと思います』
先生の脚本家としての名前は“清水舞台”。決して“G・Mストラットン”なんかじゃない。これは私と先生との間だけで伝わる暗号……(ペンネームと考えても随分と変わった名前だけど、小説だとかの類に疎そうな坂上と矢加部にとっては、そこまで疑問には思わなかったみたい。
)
G・Mストラットンは左右が逆転するゴーグルを使った実験で有名な心理学者。先生がこの名前を出す時、その後の言葉の意味は全て“逆の意味”になる。
つまり……
『僕は今日、ここで短い人生を終わらせてしまうだろう。キミと再会出来るのは、どうやら“あの世”になりそうだ』
『いいかい? もう僕は将棋の詰み状態。今から彼らの隙を突くことなんて出来やしない。たとえ僕がいなくなっても絶対に抵抗しちゃダメだよ。彼らは最低限の約束は守ってくれるハズさ』
『いいかい? 無闇に抵抗しちゃダメだ。おとなしくしているんだよ? 』
先生が私に向けて言ってくれたこれらの言葉を全て逆転させて要約すると……
『まだ僕は死ぬつもりはない。どうせ奴らは約束なんて守りっこないだろうから、僕達が生き残るには抵抗するしかないだろう。その為に僕は奴らの隙を作る、そのチャンスを逃さずにキミは思いっきり暴れてくれ! 頼んだよ! 』
って感じかな?
その言葉通り、私は先生の意図を汲んでひたすらチャンスが生まれる瞬間を待った。
時限爆弾はどうするんだろう? 隙を作るって一体何をするんだろう? 疑問はもちろんあったけど、先生が思いついたことは絶対成功するって、FUJIオーサムランドの時から身を持って確信してたから不安を感じることはなかった。
そしてあの時、運命の瞬間。時限爆弾が爆発する直前に先生が足下の落ち葉を蹴り上げたのを私は見逃さなかった。
落ち葉を目くらましにして自分の身を隠し、その一瞬のうちに時限爆弾を放り捨つつ、足下の穴の中に飛び込んだ。
『爆発っていうのは基本的に上と横に広がるから、下に逃げると安全なんだ』って台詞を、ゲームの仕事のアフレコで読んだことがある。先生もそれを知ってたんだと思う。
先生は落とし穴みたいな洞穴に逃げて、強烈な爆発をやり過ごすことに成功。同時に姿も隠して坂上達を翻弄させた。
その直後に暴れて抵抗しようかと迷ったけど、私はまだここはチャンスではないと思い、確実な勝機を待つことにした。
坂上は変わらず私の腕を掴みつづけていたし、油断しているとはいえ、大柄な矢加部を私一人でどうにか出来る自信がなかったからだ。
その判断は正しかった。好奇心旺盛の矢加部が自分から先生がいた場所まで向かってくれた時は心の中で30回くらい「よし! 」とつぶやいた。これで私は坂上との一対一の状態になったのだから。
そして次の場面。矢加部が突如姿を消してしまった時、自分も何が起きたのか一瞬理解できなかったけど、すぐにこれは原始的でおそろしく単純な話なのだと気が付いた。
穴に隠れていた先生が、近寄って来た矢加部の足首を掴み、そのまま洞穴の中に引きずり込んだんだ。
先生は痩せているけど、無駄に身長はあるのでそれなりに体重はある。80kg以上はありそうな矢加部の身体も、その全体重をかけて引っ張れば、あたかも地面に吸い込まれてしまったかのように一瞬で穴の中。矢加部は突然の出来事に対して何も抵抗できなかったんじゃないかな?
穴は先生の身長がすっぽり収まるほどの深さだ。矢加部はそう簡単に這い出ることはできないと思う。
そして仲間が目の前で姿を消してしまったことで、かつてないほどに動揺を見せた坂上。(まぁ仕方ないよね、私だって先生が前もって予告してくれなかったら焦りまくってただろうし)とうとう私の腕をふりほどいてこれ以上ない程の隙を見せてくれた。
その時「今です! 」って天の声が聞こえた気がする。単なる思いこみから来る幻の声なんだろうけど確かに聞こえた。
私は「チャンスだ! 事務所の嫌なマネージャーが私にイヤミな言葉を投げかけてくるたびに妄想していたことを、今こそ実行に移す時が来た! 」と心の中で叫び、溶鉱炉のごとく闘志を燃え上がらせた。
地面を踏みしめ、歯を食いしばり、そのまま全力を込めて坂上のどてッ腹に自分の身体をめり込ませる!
ぶつかりにいった自分自身にも衝撃が伝わって、一瞬息が出来なくなったけど、その甲斐あって作戦は成功。私のタックルで崖下に転がり落ちた坂上はそのまま悶絶。爆弾解除のリモコンを手放し、それを先生が回収した。
これで私たちは勝った! 助かったんだ!
□ □ □ □ □
矢加部を穴に引きずり込み、坂上は崖から落ちたダメージですぐには動けない。そして時限爆弾を解除する為のリモコンは工作の手の中。
工作の思い描いたシナリオ通り、最悪の状況の中で見事に形勢を逆転してみせたのだ。
「レイラさん! 今スイッチを押しました! 首輪の時計はどうですか!? 」
先ほど坂上が工作の渡した時限爆弾のタイマーを止めた時同様、奪い取ったリモコンのスイッチを押し込んで爆発までのカウントダウンを停止させた。
「……と、止まったよ! 止まったよ先生! 残り3分で時計が止まったよ! やったよーッ!! 」
爆発の魔手から逃れられたレイラは、今にも踊りだしそうになるほど(というよりも実際踊って)歓喜の声を上げ、九死に一生を得ることができたことと、そのた為に機転を働かせた工作に対し心から感謝した。
「よかった……」
お互いに危機を乗り越えたことで安心した工作はつい頬を緩めてしまう。その心の隙を狙撃するかのように、坂上は爬虫類を思わせるネットリとした笑顔を浮かべて口を開いた。
「まだ甘いな工作……」
坂上は履いているカーゴパンツのポケットに手を突っ込み、おもむろに消しゴムほどの大きさの固まりを取り出す。
工作がそれを目に入れた瞬間「しまった! 」と反射的に声を上げるも、坂上はすでに行動を起こしていた。
「……あれ? 先生ッ!! タイマーが! 」
「レイラさん! まさか? 」
「タイマーがまた……動きだしちゃってる! 」
崖の上で悲鳴混じりの声を上げるレイラ。工作の予想通り、坂上が取り出した物は“タイマーの起動スイッチ”だった。
「小泉工作……めざといお前を欺く為に予防線を張っておいて良かったよ……観察眼の鋭いお前なら、きっと“勘違い”してくれるだろうと思ったからな」
坂上のその言葉で工作は全てを理解した。
坂上は時限爆弾のタイマーの“起動”と“停止”をストップウォッチのように“一つのボタン”で行っているように見せかけていたのだ。
あたかもリモコンは一つしかないように工作には見せつけて、別にある起動スイッチを押す時はポケットに入れたまま工作の目には届かないようにこっそりと押していた。
例え停止スイッチを奪われたとしても、自分の形勢が覆らないように……
「それなら! 」
事態を把握した工作は、完全なる安心の為に坂上の持つ起動スイッチを奪い取ろうとする。しかし……
「甘い! 」
刹那、工作の右腕に鋭い痛みが走った。
「ううっ!? 」
工作の右腕の袖にじんわりと赤黒いシミが広がる。よく見るとトレッキングジャケットは刃物のような物で一文字に切り裂かれ、その斬撃は彼の皮膚と肉にまで達していた。
「持つべき物は友だな、小泉工作。俺の趣味にはちょいと反するが、矢加部から“コレ”を受け取っていたよかったよ」
坂上の手には白銀に輝く医療用メスが握られていた。おそらくそれは矢加部から護身用として手渡されていた物なのだろう。
そしてその凶器で突然腕を切り裂かれてしまった工作は、痛みと驚きで最大のミスを犯してしまっていた。
「くそ……! 」
苦労して奪い取った停止スイッチのリモコンを手放し、それを坂上に奪われてしまっていた。もはや万事休す。
「チェックメイトと言わせてもらおう小泉工作。ミステリー作家を手玉に取ることがここまで楽しいとは思わなかったぞ」
空気さえも切り裂くかのように錯覚する鋭さのメスを突き立てられ、工作は身動きすら出来なくなってしまっていた。加えて後ろには再び爆発の恐怖におびえるレイラ。そして追い打ちをかけるように、坂上の背後からゆったりのっしりと近づく邪悪な存在……
「くそっ! 海外のエロ動画を楽しんでたら架空請求の詐欺サイトに飛んじまった時と同じくらい焦ったぜ……! まさかあんなところに落とし穴があるとはなぁ……」
「遅かったな矢加部、少しはダイエットをしたらどうだ? 」
「余計なお世話だ。畜生……泥だらけになっちまった」
工作が穴に引きずり込んだ矢加部が、とうとう這い上がり地上に帰還。坂上と合流してしまった。2対1……これでもう玉砕覚悟で二つのリモコンを奪い取ることすらほぼ不可能となってしまった。
「さあ、どうする小泉工作? 俺たちはアーティストだ。殺戮趣味は一切ないから安心しろ、これ以上お前を傷つけたりはしない。ただ、自分の恋人が爆発四散して物言わぬ肉片になるまで何も出来ず、無力に慌てふためく姿の一部始終を俺たちに見せてくれればいい……当初のプランとは変わってしまったが、それこそが俺の爆作、最高のエクスプロレーションなのだ」
為す術がなくなった工作をあざ笑う坂上。工作にとってこれほどまでの屈辱を味わうことはなかっただろう。
騙し合いで坂上にその上を行かれ、一度は助けて希望を持たせたハズのレイラに再び絶望させ、彼女が爆死するまでをのうのうと生かされている。
爆発まではあと2分30秒もないだろう。その限られた時間でどうにかこの絶対的ピンチを乗り越える方法などあるだろうか?
「くそっ! 」
打つ手無しの工作は、情けなく悪態をつきながら、坂上と矢加部に背を向けて走り出し、レイラがいる崖の上に向かった。
「ははァッ! こんな状況になっちまえばベストセラー作家もインチキブロガーも変わらねぇな。とりあえず女の側にいて最後のあがきをする気か? 無駄だねぇ、そんなこと」
「小泉工作、一言忠告するぞ。女に着けた首輪はムリヤリ外そうとするとそれだけで爆発する。気をつけるんだな」
矢加部と坂上に罵られながらも、工作は緩やかな崖を息を切らしながら登っていく。
「はぁ……はぁ……」
「先生! 」
崖上で待っていたレイラは彼の登頂を熱烈なハグで迎え入れた。工作の上着は彼女の涙であっという間に湿ってしまった。
「ごめんね先生……本当なら私……すぐに爆発しちゃうからこんなコトしてちゃいけないんだけど……こうやって身体をくっつけなきゃいられないの! 」
「レイラさん……」
嗚咽混じりの大声を上げながら胸に飛び込んできたレイラを、こちらも負けじとばかりにしっかりと腕でつかみ返す工作。
そのまま二人は見つめ合い、ほんの一瞬の間がまるで悠久の時のように感じるほどに圧縮された時間を共有した。
そしてしばらくしてレイラの方から潤いのある唇を工作の顔に近づける。
レイラの額に滲む汗の匂い、髪から漂うシャンプーの香り、彼女が着ている登山用ワンピースに移った木の皮の匂い。
それらの香りが渾然一体となって工作の脳を刺激した。プルースト効果によって彼女と共に過ごしてきた記憶がフラッシュバックする。
展覧会の絵での出会い、樹海での再会、シャワー室でお互いに全身に水を滴らせ、一緒に爆弾を天高く放り投げ……告白、仕事の悩み、失敗、挫折、発起……
レイラとの日々はどんな時であろうと、午前中の太陽のように暖かく輝かしかった。
工作は疲れ果てた魂をそんな思い出の中に避難させていたが、ソレを引き戻すかのようにレイラは彼の耳元でこうつぶやいた。
「先生……私まだ諦めたくない……まだ戦いたい! 」
戦いたい。
時限爆弾付きの首輪により、問答無用に“死”を強制された状態で
あっても、レイラはそう言った。
助けて欲しい。
もう嫌だ。
逃げたい。
あきらめよう。
そんな弱気な感情を露わにしても致し方ないこの状況で、彼女はなお運命に抗おうとしている。
そうだよ。
まだ、本当にわずかだけど、僕達にはまだ時間が残されている。
それが尽きるまでは……
まだ僕達は生きている。
まだ戦える!
まだ未来がある!
一緒に生き残れる!!
「レイラさん……一つこの状況を打破する方法があります」
工作は覚悟を決めた。例えその方法に失敗して彼女を無惨な肉ミンチ に変えてしまったとしても、今動かなければ必ず後悔するだろう……そう思った。
「教えて先生……私、なんでもする」
「それじゃあよく聞いて……これからキミにやってもらうコトは、相当な危険と覚悟が必要だからね」
「今更だよ……私と一緒に遊園地で爆弾と一緒に空に昇ったことを忘れちゃってる? 」
「そうだったね……説明するよ」
そう。自分の書いた小説よりも突飛な状況に陥ったとしても、二人で力を合わせて生き残ってきた。
工作は鋭く真剣な眼差しで、かつレイラの不安を払拭させるような穏やかな笑顔で、この状況を打破するプランを彼女に伝えた。
[ライター&アクター(Aパート)] 終わり
→次回[ライター&アクター(Bパート)]へと続く。
今回は長いので三分割です。
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