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小泉工作とレイラさん  作者: 大塚めいと
第三章 レイラさんの秘密
15/31

第11話 アイアム・ストラットン

【前回のあらすじ】



 小泉工作は「稲益由香(いなますゆか)」という名のレイラの友人と偶然出会ったことをキッカケに、レイラが自分を意図的に避けているコトを知り、ショックを受ける。





 傷心した工作は、ふと深夜のコーヒーチェーン店に立ち寄るが、そこで何かの勉強をしながらグッスリ寝てしまっているレイラと再会。工作は彼女を起こさないように努めるが、突如聞こえてきた謎の嬌声により混乱してしまう。それは、ごく稀に起こる不思議な現象「人体ラジオ化現象」に

よるものだった。





 そして工作は、その嬌声の出所が、レイラが使っているFMトランスミッターだというコトを突き止めたが、当の彼女は疲労によって高熱を患っていた。すぐさま病院に連れて行き、事なきを得たが、工作はこの一件によってレイラの正体に見当を付けたようだった。





 それは彼女が声優なのだということ。









【登場人物紹介】



・小泉工作(こいずみこうさく)[34歳 独身]

 サスペンス・ミステリー作品をメインとする小説家。現在原心社出版「月刊エクリプス」にて「痛みの要求」という作品を連載中。新作の長編小説「樹海のコクシム」の売れ行きも好調である。暖房はファンヒーター派。





・功刀(くぬぎ)レイラ[1?歳]

 褐色の肌にウェーブが掛かった黒髪が特徴。喫茶店「展覧会の絵」のマスターである功刀透とは親子関係である。最近普通免許を所得(MT)した。趣味は仮装。暖房は石油ストーブ派。





・功刀透(くぬぎとおる)[50代後半?]

 喫茶店「展覧会の絵」のマスター。チャップリンのような口髭がチャームポイント。小泉工作の大ファンだったことが発覚。無口だが酔っぱらうと非常に饒舌になる。愛車はプジョー208Gti。暖房はコタツ派。





・的場楓恋(まとばカレン)[30歳]

 旧姓「小泉」。工作の妹でつい最近「的場彰(まとばアキラ)」という男性と結婚。美人で聡明な印象を抱かせる風貌だが、少し抜けた性格で怒ると何をするか分からない。漫画が大好き。レイラとは仲が良く、彼女の私生活については工作以上に詳しい。暖房はエアコン派。





・坂上伊志男(さかじょういしお)[21歳]

 FUJIオーサムランドに爆弾を仕掛けた張本人。自身の企みを妨害され、工作を敵視しているようだが……? 


挿絵(By みてみん)





 深夜2時半。店じまいをして誰もいないはずの喫茶店・展覧会の絵に、カーテン越しにじんわりと闇に滲むような光が灯されている。





「レイラは9歳の頃に観た、アメリカのホームドラマがキッカケで、声優の道を選んだんだ」





 展覧会の絵のカウンターテーブルにて、男がショットグラスに注がれたアイリッシュウィスキーを舐めるようにして飲みながら、そう語った。





「それって、母を亡くした三姉妹が二人の居候と一緒に生活するヤツですよね。よく再放送してた」





「それ、私も観たことある。日本語の吹き替えが面白いんだよね」





 オレンジ色の照明がカウンター席を照らし、そこに座る3人の姿を強いコントラストで浮かび上がらせる。一人はこの喫茶店のマスター功刀透(くぬぎとおる)。もう一人はこの店の常連、小説家・小泉工作(こいずみこうさく)。そしてその妹、的場楓恋(まとばカレン)。





 レイラが体調を崩して入院したその晩。工作の強い要望により、この会合が行われることになった。





 彼女がなぜ声優だということを黙っていたのか。その上で、なぜ突然自分を避けるようになったのか。工作はそれらの真相を知りたがった。





「レイラは劇団に入って演技の勉強をしたり、とにかく一人前の声優になるために一所懸命に取り組んでいた。だが、10年以上続けた今でもなかなか大きな仕事に関わることが出来ず、デカい壁にぶち当たっちまってたんだ」





 マスターは飲み干したショットグラスをテーブルに叩きつけるように置き、何か悔しさのこもった表情を作る。楓恋はその理由を察し、言葉を引き継ぐ。





「工作、レイラのお母さん……まぁつまりはマスターの奥さんはブラジルの人なんだ。『サンディ』って名前なんだって」





「レイラさん、ブラジル人とのハーフだったんだ……」





 初耳の情報だったが、南米系の血が混じっているのでは? と予想していた工作にとっては、衝撃的な事実では無かった。





「それで、マスター一家の三人はね、レイラが8歳になるまでブラジルに住んでて、日本に来るまではずっとポルトガル語を使ってたの」





「そうか……ポルトガル語を……」





 工作はここまでの話で、レイラの前に立ちはだかったデカい壁の正体が分かった。それは単純に、彼女の母国語が日本語でないということ。





 日常会話だけでは何の支障も無いが、声を生業とする声優という職業の中においては、細かなイントネーションや言葉の解釈に、大きな差が生まれてしまう。レイラはその点で、他の声優に比べてより多くの鍛錬が必要となってくる。そして、そんな彼女の苦労を知らずに今まで接していたコトに、工作は自分自身を許せない気持ちになった。





「レイラさん、なぜ僕にそのコトを打ち明けてくれなかったんだ……いくらでも力になれたのに。楓恋はこのコト知ってたんだろ? 」





「うん、初めて会ったその時にね。全部聞いた」





「何で……何でお前まで、僕に何も教えてくれなかったんだ? 」





 工作の言葉に、半ば呆れた表情を作る楓恋。





「工作、あんたさ……そろそろ自分の立場ってのをしっかり理解した方がいいよ。レイラはあんたがベストセラー作家の小泉工作だから、自分の素性を明かさなかったんだよ」





「え……、僕が作家だから? 」





 ここまで言ったのにも関わらず、未だによく分かっていない風な兄の表情に、とうとう怒りを込めた口調になった楓恋。





「ここまで言ったら分かれよ! レイラはね、あんたとはあくまで一人の平凡なファンとして接したかったんだよ! あんたに声優として名前を売る為に近寄った風に思われたくなかったんだ! そういうトコはいつまでも鈍感だな! 」





 工作はやっとのことで理解した。彼女が何故最近になってから自分を避けるようになったのか。それは自分が爆発事故の一件以来、全国的に顔が知られるようになった事が原因だった。テレビで大々的に報道され、それに相乗する形で新作小説「樹海のコクシム」の売れ行きも飛躍的に伸びた。そんな中、レイラが工作と一緒にいるところを他の人間に見られてしまったらどうなるだろうか? 





 一躍時の人となった人気小説家と、年の離れた売れない声優。その組み合わせからはどうしても特殊な事情があってのことだと周囲からは見られてしまう。レイラはそれを一番恐れていたのだろう。









「なぁ楓恋。僕、レイラさんに何かしてあげられないかな……」





 展覧会の絵を後にし、工作と楓恋は最小限の明かりで照らされたアパート「メゾンおせっかい」の階段を上っている。





「体調が戻るまでヘタなことしない方がいいよ。それに、あんたはあんたで忙しいでしょ? 」




「確かにそうだけど……今僕が忙しいのも、レイラさんのおかげなんだ。なのに、僕は何一つ彼女の力になれないなんて……」





 工作の言葉に対し、何一つ言葉を返すことなく、楓恋はひたすらに階段を踏み上る。工作もそれとなく前を歩く妹に続いていたが、自分の部屋がある4階を通り過ぎ、どんどん上階へと上っていることに疑問を抱き始めた。





「楓恋、どこに行くんだ? 」





 とうとう最上階の7階をさらに上がり、屋上へとたどり着いてしまった二人。血液を固めてしまうかと思うほどに凍てつく風に体を震わせる工作だったが、ジャガイモの断面のような満月が、息を呑むほど美しく輝いていることに目を奪われた。





「なぁ、工作」





「なんなんだ? こんなトコまで連れてきて」





「あんたさ、爆弾事件の時にレイラに告ったんだろ? 」





 寒さで振動していた体を凍り付いたように静止させた工作。裏腹に彼の体は長湯に浸かったように火照り、顔を真っ赤に染めた。





「そ、それは……あの……何というか。あの時はその……ちょっと変なテンションになっちゃってて……」





 煮え切らない工作の態度にしびれを切らし、彼の胸ぐらに掴みかかった。その迫力は、今にもこの屋上から放り投げる勢いだった。





「あぁぁぁぁ! もう! イラつくなおめえは! ハッキリしろよ! バレバレなんだよ! お前がアイツに惚れてんのは! 私にも、マスターにも! 」





「え! ええっ!? 」





「とにかくお前はそのブラブラになってる気持ちにケジメつけやがれ! レイラに直接気持ちを伝えろよ! それが、お前がアイツに出来る一番のコトなんだよ! 」





「そんな……いきなり言われても……さっきはヘタなことなんてするなって……」





「それとこれとは違うだろ? お前が今抱いている感情は、小説家としてではなく、一個人としての意思だろ? それにお前、これまで何人も付き合ってたじゃねぇか!? しっかり告るコトくらいなんで出来ねぇんだよ! 」





「……なんというか、今までは向こうの方から声を掛けられてたんで……自分から言うのは……苦手なんだ」





「おめえムカツクなホント! 」





 楓恋はふがいない兄の胸ぐらを掴みながら、屋上の端に作られた転落防止用のフェンスまで引きずるように向かっていく。金網に顔を押しつけられた工作は、その隙間から覗き見える地上が遙か真下にあることを確認し、少しだけ足をすくませた。





「工作、ここから飛び降りるコトに比べりゃ、どんなコトだって簡単に出来るもんなんだよ、腹をくくれ! 」





 楓恋の声には鬼気迫るものがあった。屋上という場所が彼女の心を大きく揺り動かしているらしい。そしていつも以上に覇気のこもった彼女の声は、弱気になっていた工作の心を確かに勇気付けてくれた。





「……分かったよ楓恋……」





 覚悟の表情を作った工作の顔を金網に押しつける力を弱め、安堵の表情を作る楓恋。その目にはほんの少しだけ潤いの輝きがあった。





「……楓恋、いつも面倒かけてすまん」





 迷いが吹っ切れた兄の笑顔は、月明かりさえも闇に溶け込むような輝きがあった。これだ、これこそ自分が大好きな兄の顔なのだ。と楓恋は思わず笑みを返した。





「まったく……私の兄貴はいつも世話が掛かって困る」





「ラノベのタイトルっぽいな、その台詞」





 その直後、彼が妹の「バカヤロー! 」の一声と共に、強烈な拳打を肩に喰らったことは言うまでもない。





 ■ ■ ■ ■ ■









 私が声優だということが先生にバレて、もう一週間が経った。あれから先生とは一度も会ってない。楓恋に聞いても、仕事が忙しいという以上の情報は分からなかった。まぁ、当然だろうな……私の方から避けてたんだから……。





「うっ……首痛い……寝違えたかな……」





 けたたましい電子音のアラームで起床。時刻はちょうど正午。昼にも関わらず、窓の隙間から入り込む風が鼻先を突き刺す。そろそろ凍傷にでもなっちゃうんじゃないか? と思う。





「ひぃーっ寒い寒い……」





 1Kの極安物件。折りたたみ式のベッドの周りには、床が見えなくなる程のノートが部屋中に散らばり、壁際には、中古で買った映画やアニメのDVDがピサの斜塔のように危なげに積まれ、枕元にはいつぞやに由香から借りた逆転メガネが放置されている。それが私の部屋。





 小さなファンヒーターの電源を付けて暖を取る。玄関のドアの下には2mmほどの隙間があり、そこから終始風圧カッターの様にするどい冷風が差し込んでいるので、部屋が中々温まらない。





 悴んだ手を擦りあわせて感覚を呼び戻しながら、昨晩ずっと睨めっこしていた仕事の台本を読み返すことにした。





「[淫乱(インラーン)シップ・肉ナビ性活サポート2]……か、改めて見てもスゴいタイトルの仕事がきたもんだなぁ……」





 この一目で公に出せないタイトルが印刷された台本は、いわゆる「エロゲー」におけるキャラクターの台詞が網羅された代物で、その厚さは電話帳にも匹敵する。ここに記された台詞に感情を込めて声にし、キャラクターに命を吹き込む。それが私の仕事だ。





「今日はオフだし……目を通しておかないと……」





 パラパラとページをめくり、昨晩本読みをして重要だと思われた点にマークした箇所を探し当てる。





 ここからやってみるか……。私は全身を包み込むようにして布団を被り、防音空間を作った。そして愛用のボイスレコーダーのスイッチを入れてREC(録音)状態にし、発声のウォームアップを兼ねた練習を開始させた。





「ゴホンッ! あ”ーっ! あ”ーっ!………………」








「せ……せんせぇ、いいよぉ……きてぇ! 」



「私の入り口ぃ、ノックしてぇ! いいよ……」



「あったかい……はぁ、はぁ、せんせぇと私……溶けてくっちゅいちゃったよぉ……」



「いいよいいよォ…………入って来て! どんどん来てぇ! 」



「私の×××にぃ! ×××をもっとぉ! …………」





「×××! ××××! ××××ーーーーッ!!!! …………」





 私が低所得ながら、こんなボロアパートで一人暮らしを強いられている理由がこれだ。一人毛布にくるまってこんな恥ずかしい言葉を連呼している姿を身内に見せられるハズもない。パパやママに無理せず一緒に暮らすことを勧められても、そんなコトはとても怖くて出来っこない。もちろん両親にはエロゲーの仕事をしていることは内緒にしている。





「う~ん、もうちょっと舌に湿り気があった方がいいのか……? 」





 録音した自分の淫語を聞き直すことも、初めは恥ずかしくて全身から火を吹き出しそうになってたけど……もう平気だ。慣れってのは恐ろしいものだなぁ。





「あっつい! 」





 演技に熱が入りすぎたのか、うっすら汗をかいていた。私は着たままだったパジャマを脱ぎ捨てながら、布団と毛布の防音シェルターを取り払った。





 そうだ、シャワー浴びよっと。





 足を伸ばせないほど狭いバスルームへと向かうべく、玄関の方へと私は振り返った。





「え!? 」





 私の視界にあり得ないモノが映し出されていた。あれ? 私は、ひょっとしてまだ風邪が治ってないのかな? おかしいな、高熱を出して幻覚でも見ているの? だって……目の前に……。





「工作先生……? 」





 真っ黒なコートと似合わないハンチング帽を被り、大きく目を見開いている小泉工作先生が……目の前にいる!? 何で? この部屋にアパートに住んでいることは……パパと楓恋以外知らないのに……? 





「……ご、ゴメン、レイラさん……まさか……その……」





 声を震わせた先生は、そのまま回れ右して部屋から出て去ろうとしている。





 まさか! 布団の中にくるまって淫らな声を上げていた姿を見られてしまっていたのか? となると、一般的な考えだと、その光景はあたかも大人の営みの真っ最中だと勘違いされてもおかしくない! これはマズイ! 





「ちょっと待って! 」私は本能的にベッドから飛び起き、先生の腕を掴み捕らえる。





「ゴメン! レイラさん! 『ノックして入ってきていいよ! 』っていうから入ったんです! でも、ごめんなさい! ……まさか[真っ最中]だっただなんて! 」





「違うの! 誤解なの! ノックは比喩なんだって! この部屋のドアじゃなくて何というか下半身のドアのコトで……」





「下半身のドアって……やっぱりそうなんじゃないですかぁ! 」





 しまった! 端折った説明でよけいに誤解の溝を深めちゃうとは! 私は必死で逃げようとする先生の背中にしがみついた。





「先生! 部屋には私しかいないの! 全部演技なんだって! 」





 無駄に体の大きい先生を繋ぎ止めるコトに全力を注いでいたら、うっかり足下に散らばったノートの存在を忘れてしまっていたようだ。私は思いっきりその一冊の上で足を踏ん張ってしまい、バナナの皮で滑るかのように後方へ倒れ込んでしまった。





 オンボロアパートが崩れてしまうかの衝撃音と激しい揺れが起き、部屋中に積み重なったDVDのソフトケースが全て崩れ落ちた。





「レイ……ラ……さん…… 」





 私は両手で先生の腰を思いっきりホールドしたまま転んでしまったので、まるでプロレスにおける「バックドロップ」を掛けるような形で、先生のもじゃもじゃ頭を思いっきり床に叩きつけてしまっていた。 





「先生ごめんない! しっかりして! 」





 急いで先生を抱き起こし、大きな怪我がないかを確認した。幸い外傷は無さそうだったけど、いくら揺り動かしても目を閉じたままでいる。ひょっとして、脳に直接ダメージを与えてしまったのかもしれない! 





「先生! 先生! 目を覚まして! 」





「レイラ……さん」





 ようやく返事が返ってくるも、未だにその瞼(まぶた)は閉じられたままだった。どうしよう……なんで目を開いてくれないの? 





「先生! しっかりして! 目を開けて! 」





「レイラさん、僕は大丈夫です……その……目を開けられないのは、レイラさんが問題なんです」





 先生の言葉に、ハッ!っとなり、私は冷静になって自分の上半身を確かめた。そうだ……私はさっきパジャマを脱ぎ捨てて…………。





「のわああああああああああっ! 」





 私はようやく気が付いた。自分は上半身に下着すら纏わない格好のままだったことに。





 ■ ■ ■ ■ ■





「これで全部埋まったかな……」





 私がバスルームで着替えている間、先生はあらかじめ買っておいてくれた専用のテープを使って、窓やドアの隙間を補修してくれていた。多分楓恋が私がすきま風に悩んでいるコトを先生に伝えておいてくれたんだろう。





「ありがとう、先生」





「どう致しまし……て」





 先生は私の姿を見て一瞬口ごもった。当然だろう、ちょうど部屋着を全て洗濯していたので、唯一残っていた黒猫の着ぐるみ風ルームウェアを着て現れたのだから。





「さすがですねレイラさん……」





 何がさすがなのかはよく分からなかったけど、ここはほめ言葉として受け取ることにした。





「あの……さっきはごめん、急に投げ飛ばしちゃって」





「いや、僕こそ……その」





「いいよ、別に気にしてないから」





 そんなワケはなかった。恥ずかしいアフレコの練習中を見られてしまい、さらに自分のあられもない姿を見られてしまったことで、本当は窓から飛び出して東京湾にダイブしたいほどの恥ずかしさを、私はグッと抑え込んだ。





 私自身、過去に先生の一糸纏わぬ姿を見てしまったことがある上、先生がエロ小説を書いていたことを明かしてくれた事実があるので、ここはイーブンでお互い様というコトにすることにした。





「そういえば先生、どうしてここに? お仕事の方は大丈夫なの? 」





「今日はオフです。それで……実は僕、レイラさんと話がしたくてここに来たんです。……そうだ、レイラさんは今日の予定は? 」





 本当は今日一日、仕事の台本に目を通したかったのだけど「大丈夫」と答えた。先生の方から私に用事があるだなんて、初めてのことだったから、どんなコトよりも優先したかった。





 先生は「ありがとうございます」とおいしいお菓子を頬張る子供のような笑顔を作った。私は先生のその顔を見るたびに「罪な人だな」と心の中で思ってしまう。





 私達はベッドをイス代わりにして並んで腰掛け、先生がお土産に買ってきてくれた大きな紙コップのキャラメルラテを飲みながら、話をすることにした。





「先生、そういえばあの時さ、なんで私が声優だって分かっちゃったの? 」





「そうですね、君はあの時……鞄に入れていた音楽プレイヤーから、ラジオを経由して、自分の声を聞いて修正点がないかチェックしていたんですよね? 実は僕、エロ小説を書いていた時に、原案ゲームの声優の子と話をしたことがあるんです。彼女もレイラさんと同じことをしていたんで、ひょっとしてって思ったんですよ。まぁ、ラジオ経由はしてなかったですけど」





「へぇ~……」





 先生が、私が今属している業界にも少し精通しているコトを改めて実感し、どことなく同胞の絆のような熱い気持ちが込みあがってきた。……いや、でもちょっと待てよ。





「先生、何で私がイヤホンで聞いていた音声を、先生が知っているのかが気になったんだけど……ひょっとして、音が漏れてた? 」





「う~ん」と先生は苦い表情を作りながらも、その経緯を詳しく私に教えてくれた。どうやら、自分の体がラジオと化して、偶然にも私のFMトランスミッターの電波を受信したのだとか……その話を聞いた瞬間、どうやら私の中での「笑いのツボ」を強く刺激したようで……





「あははははははは! ラジオになって、で……電波を受信って! 先生! なんでいつもそんなに面白いコトになっちゃうんですか! 」





「や、やめてくださいよ、そこまで笑われるとは思いませんでしたよ! 」




 たまたま入ったコーヒーショップで遭遇し、そしてたまたま起こった超常的現象が、意図的に先生を避けていた私を半ば強制的に近づけてくれた。そう考えると、私と先生は磁石みたいだと思った。同じ極同士をぶつけて引き離しても、一度違う極同士向き合えばすぐにくっついてしまう。




「やっぱり先生は面白いなぁ、ホントに」





「やめてくださいよ、大人をからかうのは」





 私はその言葉がきっかけになり、初めて先生に会った時のコトを思い出した。





 ■ ■ ■ ■ ■





 パパに先生のサインを貰ってきてくれ! と頼まれて、展覧会の絵に足を運んでみたら、くたびれた表情でチビチビコーヒーを啜っていた先生がいた。その姿は今でも覚えてる。覇気も希望も無いような負の念を背負った先生の第一印象はハッキリ言って最悪だった。




 パパは、こんな人が書いた小説を、どうして好きになったんだろう? とさえ思った。だから、ちょっとだけイジワルな質問をしてみようと思ったんだ。





『小説家さん、面白い話知ってるんでしょ? 何か聞かせて? 』





 ちょっとしたからかい文句のつもりだった。適当に絡んでサインだけ貰ってその場を去ろうとした……でも。





『よし! それじゃあ、話を始めようか』と、突然目の色を変え、迷宮に閉じこめられた男の話を、先生は意気揚々と語り始めた……私はコレまで多くの人と接してきてけど、あの時の先生のようなキラキラと輝く瞳は見たことが無かった。ああ、この人は本当に小説を書くことが大好きなんだ……って……心を突かれてしまった。





 私はその時、声優としてなかなか成果が出せない自分に腹を立てていて、ちょっとだけ荒れていた時期だった。でも、なぜ自分がこの業界に入ったのか、その原点を先生のおかげで思い出すことが出来た。





 英語の分からない人にも「吹き替え」で新たな楽しさを提供させてくれ、ただの動く絵に「命(アニマ)」を吹き込む声優と仕事に心を動かされ、私も声優になって多くの人を感動させ、楽しい気持ちにさせてみたい! そんな一心を背負ってこの業界に入ったコトを……。





 そして、私はどんどん小泉工作という人間に興味を持ち始めていた。





 私が先生に無茶振りをした、雑誌の表紙にデザインされた赤ん坊から連想させて話を作り上げることも、私が声優の養成学校でイマジネーション力を高める課題として出されたモノだった。私はその当時、本当にありきたりな発想しか生み出せなかったのに、先生は即興で一つの悲劇的なシナリオを作り上げてしまった。私はそんな先生に打ちのめされてしまったいて「もっとこの人と一緒にいたい」という感情がどんどん高まっていった。





 そして、樹海で再会した先生の言葉は、私にとっての今後を左右させるようなモノだった。





『レイラさんがくれたこのミートパイ一つにも、これを作り上げる為に様々なドラマがあるハズなんだ。誰がどんな思いを込めて……どんな出来事をキッカケにしてコレを作りあげたのか……そんなコトを想像してそれを文字としてカタチにする。それこそが文字書きの楽しいところであり、根幹なのだと僕は思う』





 私に足りなかったのコレなんだ。そう思った。結局のところ私は、母国が日本語でないとか、そんなコトをいいワケにしてた部分があった。上手くいかないのはきっとそうなのだと。でも……本当は違う。その時の私は、声を吹き込む対象についてのドラマをあまり考えていなかったのだと思う。このキャラクターには、どんな背景を背負っていて、どんな葛藤があるのか……それを表面的なモノとしてしか捕らえていなかった。





 私は、その一件から、日常生活でほんの少しでも気になった点があれば、すぐにノートに書き留め、私がそれに対してどう思ったか? どんな経緯があったのか? 等々を細かく記すことにした。部屋に散らばったノートは、全部それだ。





 極めつけは、先生が過去にエロ小説を書いていたコトを知った時だった。先生は世間的に公言しづらいモノであっても、偏見を持つことなく全力で取り組み、それを誇りにしていた。





 それは、私がアダルト系の仕事に対して、大きな仕事を取るまでの[繋ぎ]としてしか考えていなかったことを気づかせてくれた。与えられた仕事がどんなものであれ、全力で取り組まなければ次に続くことは無い。それを心の芯から理解させてくれた。





 こうやって振り返ってみれば……私がどれだけ[甘ちゃん]だったのかが分かる。先生との出会いが無かったら……今の私はいない。





 そして……もう自分では隠しきれないほどに、先生に対して[特別な感情]を抱いてしまっていることも、事実だった。





 ■ ■ ■ ■ ■ 





「先生」





「どうしました? 」





「ごめんね……ずっとこのことを秘密にしてて……」





「いいんです。それはレイラさんが声優という仕事に対して実直に取り組んでいる証拠ですから! 僕は全然気にしていないです」





 やっぱりだ……先生の目は私にとって、あまりに純粋で、あまりに眩し過ぎる……。





「……先生は私のコトを買いかぶりすぎだよ……私が先生に近付いたのだって……実際、声優として吸収出来るものがないか? っていう下心があったんだから……先生を避けていたのだって、最近エロい仕事が増えたことが恥ずかしかっただけで……それがバレたら嫌だなって思って……それに最近、先生、すごい有名人になっちゃったから……」





 私は着ぐるみの黒猫フードを思い切り被りこんで、顔を隠した。何となく、これ以上先生に顔を見せることが出来なかった。いつも自分勝手に振り回して迷惑をかけて、かと思えば避けて……自分がどれだけ子供で、どれだけ未熟なのか……今の私にそれが分かることが、うれしくもあり、辛かった。





「レイラさん……」





 先生は突然コートのポケットからCDを何枚も収納出来るケースを取り出し、その中身を私に見せてくれた。





「これ……まさか? 」





「そう、声優名・山東恋空(さんどうれいら)さん。声優として君が携わった映画やアニメ、その他諸々の作品群です。見られる限り見ましたよ」





 ホラー映画の脇役、スプラッター映画の悲鳴。モブキャラクターしか携わっていないアニメの数々。米に混ざった麦一粒のような私の声を、先生は捜し当てて聴いてくれていた。





「レイラさん、前に僕に聞きましたよね? 私の声ってどう思う? って」




「それは……! いいの、別に深い意味で言ったんじゃなくて……」





「すみませんでした、その返事をすぐに出来なくて。今ならちゃんと言えますよ」





 先生、もういいよ。私をこれ以上……もう。





「ずっと聴いていたい声だなって思います……僕は」





 私はその言葉を聞いた瞬間、ずっと張りっぱなしだったゴムのチューブがプツン! とちぎれてしまった感覚を覚えた。そして、気が付いたら私は、先生の胸の中で顔中の水分を垂れ流していた。





「ありがとう……先生」





 先生はただ無言で、爆弾事件の時のように力強く体を抱きしめてくれていた。年甲斐もなく泣きわめき、黒猫姿になったこの私を。





「レイラさん、聞いてください」





 私は猫のフードを脱いで、くしゃくしゃになった顔を先生に向けた。するとそこには、どういうワケか、以前装着してセクハラ騒動を巻き起こした逆転メガネを被った先生の姿があった。一体なんで? 理解出来ない状況にうろたえていると、先生はゆっくりと口を開いた。





「その……レイラさん……今から言うことはとても照れくさいので……ちょっとだけ僕、G・M・ストラットン氏の力を借りようかと思っています……僕は、ストラットンです」





 あまりにも唐突な先生の行動だったけど、私にはその意味が理解出来た。大丈夫です、先生。その言葉を聞かせてください。





「僕は……いつも暗くて病的な君を見ることが、嫌で嫌でたまらなかった」



「僕から力を奪い、蹴落とし、どん底に落とす君のせいで……僕は今、とても不幸になっている……」



「本当に迷惑だ……」





 私を抱きしめる先生の手に力が込められた……私もそれに応じて、もっと強く先生を抱きしめた。





「……僕はそんな君が大嫌いだ……二度と僕の目の前に現れないで欲しい……」





 先生の本当の心の声が……私の体を震えさせた……今日という日が、こんなに尊いものになるだなんて……思ってもなかった。





「…………私も先生のコト……嫌いだよ……私も……私もストラットン

だよ……」





「殺したいほど……大嫌い……」









 1月の下旬、その日は強風で目玉が凍るような寒さだったにも関わらず、象のくしゃみで崩れ落ちそうなアパートの一室では、珍妙なゴーグルを付けた黒コートの男と、一匹の黒猫が、いつまでも熱い抱擁を繰り返していたという。





[アイアム・ストラットン] 終わり


   →次回[ステージ・オブ・ザ・キヨミズ]へと続く。

逆転メガネとG・Mストラットンについての詳細は

「第3話 ストラットンゴーグル」にて描かれています。



声優という職業描写に、若干の不安があります……

こんな風に特訓してる人っているのかな……? 



■■■■最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

感想・コメント等、お気軽にどうぞ(^ω^)■■■■

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