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小泉工作とレイラさん  作者: 大塚めいと
第三章 レイラさんの秘密
14/31

第10話 レディオ・ヒューマン

【前回のあらすじ】



 小泉工作(こいずみこうさく)は自身の「秘密」が詰まったバッグを書斎に隠していた。しかしある日、妹の的場楓恋(まとばカレン)がそれを自分のバックと勘違いして持って行き、山梨のテーマパーク「FUJIオーサムランド」へとバスで向かってしまった。





 秘密がバレてしまうのではないか? と焦る工作。そんな彼に功刀(くぬぎ)レイラが協力を申し出る。彼女の運転ですぐさま山梨に向かい、楓恋の姿を探すが一向に見つけることが出来ない2人。諦めかけたその時、オーサムランド内のベンチ下に放置されていた工作のバッグを発見する。





 喜び勇んでそのバッグの中身を確認するが、中身はなんと時限爆弾! なんと、何者かが偶然にも工作が使っていた物と、全く同じバックに爆弾を仕掛けていたのだ。

 工作は焦りながらも、この爆弾をどうにか処理しようと考え、パーク内のアトラクション「ヘブン&アース」を利用することを閃いた。そのアトラクションは、時速60km以上の速度でリフトを高速上昇させるというタワー型の施設であり、その上に上がる力で爆弾を天高く放り投げてしまおうと考えたのだ。





 一か八かの賭けにレイラも協力することになり、2人の力を合わせて爆弾を遥か上空へと投げ捨てることに成功。時限式の爆弾は空中で爆発を起こし、怪我人を一人も出すことなく、落着した。





 事件後、楓恋と合流した工作は秘密のバッグを無事手中に収めたが、彼は自身の秘密を明かすことを決意。その内容は、過去に「虹野(にじの)ムラサキ」という名でエロ小説を書いていたというモノ。バッグの中身はその時に出版された小説と、その資料の山だった。




 そして、事件によって自身の名前と顔がニュースで晒されてしまったことにより、今まで以上に注目を浴びることになってしまった工作。彼の平穏はより一層遠いモノになっていくのであった。










【登場人物紹介】



・小泉工作(こいずみこうさく)[34歳 独身]

 サスペンス・ミステリー作品をメインとする小説家。現在原心社出版「月刊エクリプス」にて「痛みの要求」という作品を連載中。新作の長編小説「樹海のコクシム」の売れ行きも好調である。尊敬する小説家は大沢在昌。





・功刀(くぬぎ)レイラ[1?歳]

 褐色の肌にウェーブが掛かった黒髪が特徴。喫茶店「展覧会の絵」のマスターである功刀透とは親子関係である。最近普通免許を所得(MT)した。趣味は仮装。工作以外で好きな小説家はアルトゥーロ ペレス・レベルテ。





・功刀透(くぬぎとおる)[50代後半?]

 喫茶店「展覧会の絵」のマスター。チャップリンのような口髭がチャームポイント。小泉工作の大ファンだったことが発覚。無口だが酔っぱらうと非常に饒舌になる。愛車はプジョー208Gti。工作以外で好きな小説家は赤川次郎。





・的場楓恋(まとばカレン)[30歳]

 旧姓「小泉」。工作の妹でつい最近「的場彰(まとばアキラ)」という男性と結婚。美人で聡明な印象を抱かせる風貌だが、少し抜けた性格で怒ると何をするか分からない。漫画が大好き。レイラとは仲が良く、彼女の私生活については工作以上に詳しい。好きな小説家はダレン・シャン。






挿絵(By みてみん)





『今月23日、FUJIオーサムランドにて時限爆弾を用いた無差別爆破未遂事件ですが、防犯カメラに映った真犯人と思われる男性が、先月の肥日を爆破予告した人物と同一犯である可能性が高いと山梨県警は発表しました。映された映像を元に、近日容疑者を全国的に指名手配することが決定し、事件に関する有力情報を求めています』





 テレビに映されたキャスターが、真剣な面持ちでニュース原稿を読み上げる姿をじっと見つめる一人の男の姿があった。カーテンで光を遮断した部屋で一人、人差し指のさかむけを唇に当て、その感触を楽しみながら映像に食い入っている。





『小説家である小泉工作氏の機転により、最悪の事態は免れたものの、一部では手の込んだ売名行為だったのでは? との疑いが上がっています。しかし本人は「そんなコトは猫がコサックダンスを踊るくらいにあり得ないコトです」とキッパリと否定しており……』





 「小泉工作」その言葉を耳に入れた瞬間、男はささくれた皮膚を次々と噛みむしって過剰な反応を見せる。





「こいずみ……こうさく……!! 」





 男の名は「坂上伊志男(さかじょういしお)」





 インターネットの掲示板にて虚偽の爆破予告をし、FUJIオーサムランドに時限式の爆弾を仕掛けた張本人である。










 ■ ■ ■ ■ ■





挿絵(By みてみん)










 FUJIオーサムランドの一件から時は経ち、新たな年を迎えた1月15日の午後。小説家・小泉工作は、人類全ての絶望を背負ったかのようにうなだれながら、賑わう肥日の雑踏の中を歩んでいた。





 ああ……どういうことなんだろう……? 





 工作はある大きな悩みを抱えていた。それは爆破事件によって多くの人々に顔が知れてしまい、今までのように顔を隠すことなく外を出歩けなくなってしまったコトではない。それは今の彼にとって、最も重要な問題だった。





 レイラさん……なんで最近姿を現してくれないのですか? 





 工作はクリスマスイブの日以来、彼女に一度も会っていない。喫茶店「展覧会の絵」に何度か出向くも、いつもいるはずのレイラの姿はなく、彼女の父親であるマスターにその理由訪ねるも「最近忙しいらしい」と最低限の情報しか得ることが出来なかった。工作は彼女の電話番号もメールアドレスも未だに知らないので、それらの手段で連絡を取ることも出来ず、彼は申告な「レイラロス」に陥ってしまっていた。





 過去に何度か彼女の連絡先を聞き出そうとするも、いつも「今ケータイを持ってないから」だとか「ちょっと急用を思い出したから待たね」という風にはぐらかされ、彼女の連絡先を知っている妹の楓恋から教えてもらおうともしたが「いつも直接会ってるんだから別に知らなくてもいいじゃん? 」と突っぱねられてしまう始末。最終手段としてマスターから聞き出そうか? と考えるも流石にそれは思いとどまった。






 レイラさん……やっぱりその場の勢いで「大好きです! 」だとか言ってしまったことを気持ち悪がられたのかな……あの時の僕は爆弾を目の前にしてアドレナリンが暴発してしまっていたんだろう……自分でも何故あの時にあんなことを言ったのか分からない……彼女のことはもちろん大好きには違いないけど、それはあくまでも友人としてだ。一緒にいてあんなにも楽しい気分にさせてくれる、無二の親友……決して恋愛対象と言うワケでは……いや……待て、自分の表層で否定しているだけで、実のところ、僕は彼女に本気になっているということなのだろうか? 待て、待て待て! 小泉工作よ、落ち着け! 僕は34歳で、レイラさんは18歳(※多分)。干支一周分以上も歳が離れているじゃないか! 冷静になるんだ! そんなコトをしていいものか…………





「痛てッ! 」「いたっ! 」





 心の中で自問自答して上の空で歩いていた工作は、前方の曲がり角から現れた女性に気が付かずに衝突してしまった。彼は「大丈夫ですか! 」と、目の前で尻もちをついてしまった10代後半と思われる女性に手を差し伸べ、起き上がるのを手伝った。





「いてててて……」





「すみませんでした! 僕がボーっと歩いていたばかりに……お怪我はありませんか!? 」




「だだだ、大丈夫ッス! こっちこそ、急に飛び出して申し訳ないっス! 」





 その女性は、曇り空が一瞬で青空に変わるような清涼な声の持ち主だった。茶髪のショートヘアと、デニムのパンツとスニーカーがよく似合うボーイッシュな顔立ちで、レイラの「文系の明るさ」とは違う「体育会系の明るさ」を発散させている。





「おじさんこそ大丈夫ッスか? メッチャ具合悪そうな顔をしてますけど? 」





 工作は「おじさん」という言葉を聞き流すことが出来ず、思わず「ムッ」と腹の中を幾分煮え立たさざるを得なかったが、それを自分が否定することが出来ないという現実もあり、作り物の笑顔で対応するという大人の手本を取った。





「え、ええ……平気ですよ、大丈夫。この顔は元々そうだからね。君にぶつかったからこうなったワケじゃないですから」





 そう言う工作の顔を、彼女は黙って見つめ続けてきた。まるでいけ好かない人間を睨みつける野良猫のように。





「どうかしましたか? 」





「おじさん……どこかで見たことあるッスね……つい最近テレビに映ってませんでした? 」





「しまった! 」工作はその時初めて気が付いた。自分の素性を隠すために掛けていたサングラスが、激突の衝撃で飛ばされてしまっていたコトに。





「思い出したァ! おじさん、爆弾の人ですよね! 小泉工作さんですよね! 爆弾を投げて爆発させた人ですよね!! 」





「ちょっと待った! そんな大声で人聞きの悪いコトを言わないでくださいよ! それじゃ僕が爆弾魔みたいじゃないですか! 僕は爆弾を安全な場所で爆発させたんですよ! 」





「やっぱりそうなんですね! スゲーッ! ホンモノッス! 生小泉ィ! 」





 僕って若い子にからかわれやすい雰囲気を出してるのかな? と年長者に対して全く敬意の見えない彼女の対応とレイラを重ね合わせ、自身の身の振りを改めようと考える小泉工作だった。





「お願いですから、あまり大きな声で僕の名前を呼ばないでくださいよ! 目立ちたくないんですよ僕は」





 口の前に人差し指を当てて「シィィィィッ! 」のポーズで彼女を黙らせようとするも、思いっきり振って爆発させた炭酸飲料と同じで、止めようにも止まらなかった。





「いやーッ感激ッス! 小説家の先生とこうして出会えるなんて! ワタシ、稲益由香(いなますゆか)って言います! 一緒に写真撮っていいッスか? ブログに上げていいっスか? 」





「だから静かにしてくださいよぉ! ブログは駄目ですけど、一緒に写真撮りますから! 」





 狼狽する工作。通りかかる人々がチラチラとこちらの様子を伺っている視線を感じ取り、もうこうなったら稲益由香と名乗る元気が有り余った女性から逃げてしまおうと考え、彼女に背を向けた。





「由香、何やってるの? 」





 この声は……!? 





 工作は背後から聞こえたその声を聞き逃さなかった。数週間待ちわびた、喋り出しが少し低音になる独特な声を。





「レイレイ! ねぇ、見て見て! この人誰だと思う? 」





「この人って……あ……! 」





 工作は勢い勇んで振り返った! しばらくの間網膜に映すことが出来なかった彼女の姿を拝む為に。





「レイラさん!!! 」





「先生!!? 」





 眼鏡を掛け、ポニーテールに整えた長い髪にニット帽を被せて、いつもと違う印象を抱かせていた彼女だったが、工作は見間違えることなくレイラだと認識した。





「ええっ!? お二人は知り合いなんスか? 」





 口を大きく開いて驚く由香を尻目に工作はレイラの顔に穴が空くかと思うほどに笑顔の視線を送る。





「レイラさん……心配しましたよ。最近はめっきりお店にも来なくて」





 工作は一歩踏み出してレイラの元へと近づく。しかし、その行為を拒むように、レイラは後ずさりして顔を背けてしまった。





「あ……I'm not Leila」





「へ? レイラさん? なんで急にカタコトの英語を……」





「由香、行こう! 」





「ちょっと? レイレイ!? 」






 レイラは由香の手を引いて、逃げるようにしてその場から走り去ってしまった。工作は目の前で起こった出来事を理解することが出来ず、ただただ雑踏の中に消えていくレイラと由香を力なく見送ることしか出来なかった。





「あれ……? 」





 その場に一人残された工作。1月の冷たい空気が彼の全身を圧迫し、傷ついた心に追い打ちをかける。彼は今ハッキリと、レイラに拒絶されたのだった。









 ■ ■ ■ ■ ■





挿絵(By みてみん)









 満月が輝く深夜2時、この時間にしては六夏の街には人通りが多かった。夜型の生活を送る出版関係の人間が数多く生活しているこの街は、深夜から早朝にかけてまで営業している飲食店が数多く存在している。喫茶店、ラーメン屋、カレー屋、食堂、そしてもちろん居酒屋も。





 そして、そんな活気ある夜の繁華街を、前衛的なダンスのような足取りで歩く男の姿があった。





「レイラ……さん……なぜ……なんで……」





 小泉工作は目の前でレイラに逃げられて以来、仕事も手に付かず、夜になってはアパートを抜け出し、孤独に酒を飲み歩くようなことを続けていた。





「そうさ……結局のところ……僕が勝手に……彼女に好かれてると……思い込んでいただけだったんだ……なさけねぇ……34にもなって……」





 工作は本来下戸。そんな彼が酒に溺れてしまっているというのだから、彼にとって先日のレイラの対応がよほどショックだったか、それは他の人間には計り知れないことだった。





「くそう……気持ち悪い……なんか……なんか……コーヒーを飲みたくなってきたぞ」





 コーヒー党の彼が無理をしてアルコールを摂取したことで、慣れ親しんだ飲料を脳が咄嗟に欲したようだ。彼は缶コーヒーでも、コーヒー牛乳でも、とにかくコーヒーと名の付く物を街中を探し彷徨い続けた。※ちなみにアルコールを摂取した状態でカフェインを多く含むコーヒー等を飲むことは、非常にオススメ出来ない。酔っ払った時や二日酔いの時は、シンプルに水を飲むのが一番です。





「おお、いいところに……コーヒーショップが……あるじゃないの……」





 定まらない視線で見つけたのは、全国的にチェーン展開されているコーヒーショップの緑色をした看板だった。この店舗は深夜遅くまで営業しているらしい、その窓からは夜の闇を優しく照らす光がこぼれ、静かな休息を求める者を誘い込むような神秘さもあった。




 入店し、あまり慣れないチェーン店での注文に戸惑いつつも、どうにか冷たいコーヒーとカスタードプリンを手にした工作は窓際の二人掛けテーブルに腰を掛けた。店内は深夜にも関わらず大勢の客で賑わっている。残業中に抜け出して休憩している会社員と思しき者、音楽を聴きながらレポートを手掛けている大学生と思しき者。多種多様な人々がそれぞれの理由でこのコーヒーショップでの時間を過ごしている。





 展覧会の絵の渋い雰囲気もいいけど、たまにはこういうカジュアルな雰囲気の店もいいな……。





 工作はアルコールで火照った体を冷やそうと、ストローから一口キンキンに冷えたコーヒーを流し込む。食道を通る冷たい液体の確かな感触と共に、彼は昼間に起こった出来事を思い返していた。





 あの稲益由香って子……レイラさんの友達なんだろうな、多分。あの反応から察するに、彼女はレイラさんと僕が知り合いだってことを知らなかったみたいだ。となると多分、レイラさんは僕とのコトを誰にも喋っていないのかも知れない。そのこと自体は、目立つのが嫌いな僕にとって助かるんだけど……どうして黙っているんだろう? 





 元々謎の多いレイラ。近頃はフルネームやマスターとの親子関係等、少しずつその素性が分かってきたものの、由香との接触で更に別の謎が増えてしまう。並んで歩いていたと思えば、目を離した隙に遥か前方を歩かれているような感覚に、工作は悔しさにも似た感情を抱いていた。





 それにしても、レイラさん「レイレイ」って呼ばれてたなぁ……僕もいつか仇名で呼んでみたいなぁ……って思ったり。





「……レイレイ……可愛いなぁ」





 思わず心の声が口に出てしまった工作。誰かに聞かれていないか? と周囲を見渡すも、その一声は店内に流れるオルゴールのBGMと雑音にかし消されたようだった。すぐ隣に座っている客も、テーブルにうつ伏せて眠ってしまっているようだった。





 あぶない、あぶない……。





 気を取り直してコーヒーを味わおうとする工作。しかし、たった今目に入れた情報が心の深層を無意識に刺激したようだった。彼はもう一度隣で寝ている客を凝視する。





 右手にはペンが握られ、伏せっている顔の下には何か文章が印刷された本が開きっぱなしになっている。耳にはイヤホン、そのジャックはテーブル上の小型ラジオに繋がれている。そして目深に被ったニット帽からはみ出した真っ黒でウェーブの掛かった髪に褐色の肌……これはもう間違いない。





 レ……レイラさん!!? 





 彼女の様子から察するに、この店でラジオを聴きながら、何らかの勉強をしているうちに寝てしまったのだろう。そこに偶然工作が居合わせた。





 予期せぬ再会に歓喜する工作だったが、相当疲労が溜まっているように見える彼女の眠りを起こすことは良心が許さなかった。彼はレイラを起こさぬよう、ジッと耐えてその寝姿を観察することだけに留めようと決めた。





 こんな時間にこんな場所で……一体何を勉強をしていたんだろう? 気になるなぁ……。





 彼女を起こして話しかけたい欲求をグッと抑えつつ、彼はカスタードプリンを口に運んだ。口の中の温度でとろけ、柔らかな甘みが広がる感触を楽しむ。その想像以上の美味しさに深く感動した工作は、これはレイラさんにも食べさせてあげたい味だな。などと思いながら次々噛みしめた。





『んんッ……ふぁ、あうん……』





「え!? 」





 工作は驚いて声を上げ、再び周囲を見渡した。その行動から近くの客数人から奇異なものを見る視線を送られてしまった。彼は「はは、すみません」と軽く会釈をして場を沈めてから、アイスコーヒーを多めにストローから吸い込んで気を落ち着かせようとした。





 今のは空耳か? いや……違う、ハッキリと聞こえた! 





 工作を驚かせたその「声」は、鼓膜を介さず脳内の音を処理する機関に直行する、直接頭の中に響いているような「声」だった。





 そしてその「声」は、妙に艶のあるニュアンスがこもった女性の声で、このコーヒーショップには場違いなほどに官能的だった。





 まさか? と思いつつ隣で寝ているレイラの方へと目を向けるも、彼女は先ほどまでと同じくグッスリと眠っている。





 やっぱり気のせいか? と自分の中で決着を付けようとして、再びカスタードプリンを食すことを再開させた。





『……はぁっ……ああっ……ううん』





 いや違う! 確かに聞こえる! 





 工作は確信した。周囲には聞こえず、自分だけにしか聞こえない淫らな音声が確かにあることを。彼は欲求不満で幻聴でも聞こえるようにまで陥ってしまったのか? と自身の精神状態をまず疑い、しばらくそのまま何もしないで再びその声が聞こえるまで待機するも、今度は一向に聞こえてくる気配がない。彼は冷静に考えて艶めかしい声が聞こえたタイミングを思い出してみた。





 そういえば、2回とも僕がプリンを食べていた時に聞こえてきた気がする……。





 その分析の元、彼はプリンを再度口に運んで噛みしめ、実験を試みた。





『んむっ……んっ……あ、あん! 』





 考察は正しかった。この艶声は何かを噛んでいる時にのみ、頭の中に鳴り響いた。そして工作はこのコトから一つの可能性を導き出した。





 ひょっとしてコレは……「人体ラジオ化現象」か!? 





 「人体ラジオ化現象」それは、ある条件が整えば人体がラジオの電波を受信し、その音を頭の中で響かせることが出来るという現象のコトを言う。そして工作はそれを元にした、とあるミステリー小説の内容を思い出していた。





 小泉工作はゆっくりと思い返す。





 ■ ■ ■ ■ ■





 古代エジプトの石像や棺、その他諸々の発掘物を展示する博物館があった。その中でも目玉の展示物「神官のミイラ」は特に注目されていて、それを目当てに来館する考古学マニアは多く、連日盛況の賑わいを見せいていた。





 しかしそんなある日のこと、突然大きな爆発音と共に博物館が崩れ落ちてしまう事故が起こってしまう。原因はガス管の漏れによる爆発。展示物も何点か破損してしまい、博物館は多大な被害を被った。





 しかしこれは、ただの爆発事故に留まらず、ある不可解な謎も残していた。





 一人の男が、展示されていたレプリカの短剣で胸を刺されて死んでいたのだ。





 その男は事故当時、瓦礫に四方を囲まれて閉じ込められ、展示されていたミイラと共に隔離されていたされていたらしい。現場はいわば密室で殺人は考えられない。となれば自殺だが、危機的状況とはいえ、自殺を図るには少し突飛過ぎる。となるとミイラが殺したとでも言うのか? 





 そして警察の調査により、短剣には被害者の男の指紋しか検出されなかったこと、男の奥歯の上下に、噛み合わさるようにして虫歯の治療に使われる金属の詰め物がされていることから、ある一つの信じ難い仮説を見いだした。





 それは、男がミイラの呪いの声を聞いて自殺をしてしまったのではないか? 





 詳細はこうだ。まず、上下の歯に金属の詰め物をしている人間は、それを噛み合わせた時に、ごくまれにラジオの電波を受信してその音声を聞き取ることが出来るのだと言う。これを「人体ラジオ化現象」と呼ぶ。怪奇現象等で不気味な音や声を聞いた。という事例はこの現象が及ぼしていることが多い。





 そして、男が死亡した時刻には、とある局でラジオ小説を放送されていたのだ。その小説ではこんな台詞が流されていた。





『我が怒りに触れた愚かな者共は、業火に焼かれ、苦しみ、もがき、そして命を落とすだろう』





 男はその時の爆発がガス爆発が原因だとは知らなかった上、ミイラと共に密室に閉じこめられてパニックに陥ったことだろう。そして追い打ちにそんな台詞が脳内に流れたとすれば、ミイラの呪いが自分の身に襲いかかったと勘違いしてもおかしくはない。





 さらに言えば、男はこのミイラを発掘するチームの一員だった。長い眠りから目覚めさせてしまった神官の呪いが、今自分に襲いかかっている。そう思った男は、呪いで苦しむより、自分で命を絶った方がマシだと考え、短剣による自殺を試みたのだ。





 ■ ■ ■ ■ ■





 間違いない、今僕は「ラジオ人間」になっているんだ! 





 工作はそのことをふまえ、まず今の時間帯にこの地域で放送されているラジオ番組を携帯電話を使って調べることにした。





 しかし、ネットに記載されている情報からはそれらしき番組は放送されていなかった。となると可能性として、この近辺だけに限定して流されている音声を受信していると考えられる。





 例えば、主にカーオーディオで使われる「FMトランスミッター」だ。これは手持ちの音楽プレイヤーに繋げることで特定のFM電波を発信し、それをラジオで受信すればイヤホンジャックが無くとも音楽が楽しめるという便利アイテムなのだが、時折同じ周波数を使っている車同士がすれ違う際にお互いの電波を拾ってしまうコトがある。





 つまり、工作は今どこかで誰かがFM電波で飛ばされている、イヤらしい音声を人体で直接受信しているというコトだ。





 誰だ!? 一体どこの誰なんだ? こんな猥褻なテロじみた行為をしている輩は! ラジオ電波を使ってけしからん映像でも見て楽しんでいるのか? 全く最近はおかしなコトをする奴らが多くて……。





 工作は隣で寝ているレイラを視界に入れ、思わず脳内に沸き上がった「一つの可能性」を押さえ込んでしまった。しかし、もはやこれは疑いようのない事実でもあることを認めなければならなかった。





 レイラが使っている携帯ラジオが示す周波数が「89.5MHz」だったのだ。これはFMトランスミッターでよく使われる周波数で、この地域でのラジオ放送でこの電波は使われていない。つまりは、ほぼ間違いなく、この卑猥な音声の発信源はレイラなのだ。





 全てつじつまが合ってしまう……何故彼女が直接音楽プレイヤーからイヤホンを繋がずに、わざわざラジオを介して音を聴いているかと言えば、それは周りに悟られたくないような音を聴いているというコト。たまたま知り合いに会ってしまった時に「何聴いてるの? ちょっと私にも聴かせて? 」なんてシチュエーションもあるだろう。そんな時、あくまでもラジオを聴いているというい体にしておけば色々と誤魔化しやすい。





 でも、何故だ? なんで彼女はこんな男の劣情を引き出させるような音声を聴いているんだ? 一体どういう理由があるというのだ? ひょっとして、これが僕を避けている理由とでも言うのか……いや、待てよ……僕は知っているぞ……過去に見たことがある。レイラさんと同じようなことをしていた女性を……。





「……先生……!? 」





 目を伏せてレイラの考察にふけっていた工作の心に突き刺すような声だった。





「……レイラ……さん? 」





 彼女は睡眠から覚め、気だるそうなブラウンの瞳を工作へと向けた。驚いているようでもあり、安心しているような表情だった。





「先生……何でここに……? 」





 起きあがろうとするレイラ。しかし、彼女は寝ぼけていたのだろう、自分の耳にイヤホンが繋がれていることをすっかり忘れていたようだ。勢いよく立ち上がろうとしたせいで、その音源を繋ぐジャックがスポン! と抜けてしまったのだ。





 ヤバい! 





 瞬時の判断だった。このままではラジオから官能的な喘ぎ声を周囲にまき散らしてしまう。そうなってはレイラさんの立場が危うい! 工作は立ち上がり迷い無く、一つの策を決行した。





「うわああああああああああああっ! 頭がああああ! 頭が痛いいいいいいいいいいっ! うぉぉぉおおおっ! 」





 工作はなりふり構わず店内に反響するほどの大声をまき散らして、ラジオの音声をかし消した! 静まる店内、店員も会社員も大学生も、誰も彼もが工作の姿に、まるで場違いなフラッシュモブを見るような視線を送った。





 そして、工作は叫びを上げるのと同時に、ラジオの電源をそっと消してレイラの体面を守ることに成功した。





「…………あ、あれぇ? ……おかしいなぁ、急に頭が痛くなったと思ったら……はは……もう治ったみたいで……いや、すみませんでした……どうも……はは」





 周囲の痛くなるような視線を浴びつつ、工作は再び着席し、何事もなかったかのように振る舞い、アイスコーヒーのストローをくわえた。





「先生……」





「レイラさん、ごめん。急に大声出しちゃって……驚かせてしまいましたね」





「……もしかして……バレちゃったかな……? 」





 今にも眠ってしまいそうなレイラ。はにかんだ顔を工作に向け、彼に近寄ろうとした、その直後だった。





「レイラさん? 」





 彼女は突然膝から崩れ落ちるようにして床に倒れてしまったのだ。





「レイラァァァァァァァァ! 」





 ■ ■ ■ ■ ■





挿絵(By みてみん)










 彼女は、高熱にうなされていたようだった。





 彼女が倒れた直後、工作が呼んだ救急車にて病院へ搬送され。医師に風邪をこじらせて、高熱を発し、その疲労で倒れたという診断がなされた。




「すみません……功刀さんの、付き添いの方でしょうか? 」





 看護師が待合室のソファに座り込んでいる工作に話しかけた。





「はい、そうですが……? 」





「功刀さん、今は個室で点滴を打って休んでいるのですが、どうもあなたと話をしたいとのコトなんですが……」





「僕に? ですか? 」





 工作は看護師にレイラが休んでいる病室へ案内され、ベッドに横たわり、腕にチューブを繋がれた彼女と再会を果たした。





 周りはカーテンに仕切られ、個室状態。このように二人っきりで会うことは久しぶりだった。





「……やぁ、先生。お仕事頑張ってますか? 」





 つらい状況にも関わらず、必死に明るく振る舞おうとしている彼女の姿が少し痛々しくも感じた。





「レイラさん、具合はどうですか? 」





「ちょっと疲れただけだよ……ごめんね……心配かけて」





「君は謝らなくていいんです。もうすぐマスターも来ますから、安心してください」





 レイラは、真っ白な歯がのぞく笑顔で「ありがとう」と伝えると、顔を工作から背け、数秒躊躇した後、覚悟を決めたかのように重い口を開いた。




「先生には……もうバレちゃったんだね……私の秘密……」





「はい……まだ予想の範疇ですけど……」





「……多分それで合ってるよ……だって先生だもん……」





 工作は、これまで彼女と接してきた中での言動や行動を照らし合わせ、そして今日、コーヒーショップでの一件が確信となり、レイラが一体何者なのかに一つの答えを導き出していた。





『……私の声ってさ……どう思う? 』





 彼女が以前問いかけたこの言葉に、なぜもっと素直な感想を伝えられなかったのか、工作に後悔の念が募る。









「レイラさん……君、声優なんだね? 」









[レディオ・ヒューマン] 終わり


   →次回[アイアム・ストラットン]へと続く。

人体ラジオ化現象。実際ごく稀に起きる現象らしいですが、確かAM電波限定だった気もしないでもないです……




■■■■最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

感想・コメント等、お気軽にどうぞ(^ω^)■■■■

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