【番外編】クリスマス・アット・エキシビジョン
小泉工作とレイラさんが、第二部の5話~9話を振り返ります。
12月24日(金)午後10時50分。人々は華やかなクリスマスイブの雰囲気を楽しみ、聖なる夜を家族や、恋人達と和やかに過ごしている。
そんな中一人、全身の血液が鉛に代わってしまったかのように、仕事で疲労困憊な体を引きずって、煌びやかな町中を歩く小泉工作の姿があった。
「疲れた……本当に疲れた……一秒でも早く部屋にもどってコーヒーでも飲みたい……熱々で甘々なカフェオレを……」
「そこのお兄さん! 仕事帰りですかぁ? どうです? ウチに寄りませんかぁ? 良い娘が揃ってるよぉ! 」
「……なんですか……嘘くさそうなキャバクラの客引きみたいじゃないですか? それにその格好は? 」
「へへ、お疲れさま! 先生! 」
工作の前に現れたのはサンタクロースの仮装をしたレイラだった。彼女は彼の腕を無理矢理引き、もう店じまいになっているはずの喫茶店「展覧会の絵」の中へと連れ込んた。
「パパに鍵を借りたの、今日は私達で貸し切り! 」
カウンターにて得意げな顔で工作を特別客として招き入れるレイラ。今日は彼女がこの店のマスターということらしい。
「ご注文をどうぞ、先生」
「……それじゃあ、カフェオレを一ついただけますでしょうか? 」
「OK! 」とサムズアップで注文を承ったレイラ。手慣れた様子でコーヒー豆をザッセンハウスのクラシカルなミルでガリガリと挽き始める。
「それにしても……レイラさんがマスターと親子だっただなんて、全然気が付きませんでしたよ……おまけにマスターが僕のサインを欲しいが為に君を利用していただなんて。まぁ、おかげで君と出会えたんですから……今はそれに感謝してますよ」
「へへ、私もパパに感謝かな? でもね、私はとっくにパパと親子だってことを先生は気が付いてたと思ってた。先生、そういうところは鈍いんだなぁ」
「同じコト、君のお父さんに言われたよ……」
「やっぱり親子で思考が似るのかな? 先生と楓恋は兄妹なのに全然似てないけど」
「はは、アイツは誰に似たんですかね……初めはレイラさんには怖い目に遭わせちゃって申し訳ないです。まさか包丁を持って現れるだなんて」
「あれは怖かったなぁ……でも、それがキッカケで楓恋と知り合えて良かったよ」
「君達、仲いいですよね……」
「楓恋と一緒にいるとホントに楽しいんだもん。先生の知らないコトを色々教えてくれたりね。まさか先生がアイドルに夢中になっていただなんてねぇ……」
「いいじゃないですか、僕がアイドル好きでも! 神田麻鈴ちゃんは今でも心のアイドルなんです! 」
「あらら、ムキになっちゃってぇ」
レイラは粉状にしたコーヒー豆を、紙フィルターに流し入れ、それを銅製で三角錐の形をしたドリッパーにセット。これをガラス製サーバーの上に備え付け、コーヒーポットからゆっくりと熱湯を注ぎ込んだ。鼻孔をくすぐる香りが工作達を包み込んだ。
「先生」
「何ですか? レイラさん」
「昨日は本当に……なんて言うか、人生であんな出来事に遭遇するだなんて夢のそのまた夢にも思わなかったなぁ……今でも思い出すとドキドキする……」
「それは僕も同じですよ。だって、遊園地で誰かが仕掛けた時限爆弾を見つけて、さらにそれを自分達で処理したんですから……本当にイチかバチかの賭けでしたからね……我ながらよくもあんな行動に移れたもんだと……」
「先生のおかげで大勢の人が助かったんだよ。スゴいよ先生」
「いや、レイラさんの協力もなければ、下手をすれば僕も爆発に巻き込まれていたかもしれません……僕だけの手柄じゃありません」
「そう言ってくれると嬉しいな……」
レイラが一滴一滴抽出した、濃いキャラメル色のコーヒー液に温めたミルクを混ぜ合わせ、iittalaのマグカップに注ぎ入れ、彼女特製のカフェオレが完成した。
「お待たせしました。お好みで砂糖を入れてお楽しみください」
「ありがとう、レイラさん」
工作はザラメ糖をたっぷりと加え、カフェオレを口内に流し込む。広がる香りと苦さ、芳醇なミルクの味わい。いつもとは少し違う味わいのコーヒーを、彼は存分に堪能した。
「美味しいです! さすがですレイラさん! 」
「どういたしまして! 虹野ムラサキ先生」」
「レ、レイラさん……僕がエロ小説家だった時の名前で呼ばないでくださいよ……というより、そろそろ返してくれますか……僕のデビュー作が詰まった秘密のバッグを……」
「ホーマン学園Xときめき☆バイタリティーズの? 」
「ためらいなく、その恥ずかしいタイトルを言わないでください」
「そういえば先生さ、あの時、私に言ったコト……覚えてる? 」
「あの時って……」
「爆弾を空に打ち上げる前に私に言った言葉」
「あ、あれは……その……」
「君と一緒に過ごした時間は、いつだって最高でした。ありがとう! 大好きです! って」
「……あの……その……」
工作の顔はレイラが着込んだサンタクロースの衣装のように、真っ赤に染まっていた。
「そういえばレイラさん……コーヒーがオレンジジュースに変わったコトは、まだ教えてくれないんですか? 」
「ちょっと先生! 誤魔化さないでよ! 」
「何というかその……」
「もう知らない! 絶対教えないからね! 」
「ちょっと待ってください! レイラさぁぁぁぁん」
幻想的な月の光が六夏の町を包み込むクリスマスイブの夜。喫茶店「展覧会の絵」からは、閉店後にも関わらず、窓からカーテン越しに薄い光がいつまでも店内に灯っていたという。
第三部はレイラさんがメインになる予定です。




