第十ニ話 エドモンド商会
屋台や店先の品の値段をちらりと確認しつつ、アッシュのあとを着いて歩く。向かった先にあったのは、古着屋だった。
「ここなら多分、買い取ってくれるんじゃないかな」
アッシュが良く着ているローブや平民が着る作業着から、貴婦人のドレスまで。随分と幅広く扱っている店のようだった。店舗の間口も広く、多くの客が入っている。
「おう、アッシュじゃないか。街まで出てくるなんて珍しい……え、しかもどうしたんだ、そんなべっぴんさん連れて」
「客を連れてきてあげたんだから感謝して、ラズ。フランチェスカ。こいつはラズ。この辺で一番大きい商会の息子だけど、女癖は良くないから気をつけて」
「おいおいおい、そりゃあないぜ兄弟。お嬢さん、この引きこもりの言うことは鵜呑みにしないでくださいよ。俺はいつだって女性には誠心誠意向き合っていますからねっ」
「初めまして、ラズさん。フランチェスカと申します」
「フランチェスカ嬢! 可愛らしいお名前だ」
古着屋は、エドモンド商会の古着部門だと聞いて、なるほど大きな商会だと納得する。コンステラ帝国でも指折りの商会で、フランチェスカがシトロン公爵家の領経営をになっていた際、何度か取引したこともあった。とは言っても、その時取引したのは魔法道具関連ばかりだったので、古着部門もあったということに驚いたが。
聞けば、エドモンド商会はべべリーの街が出発点であったそうで、今でもこの街に一族の本拠地があるのだとか。ラズはべべリーで各部門を預かっているのだという。せいぜいまだ二十歳くらいにしか見えないが、若いのに大したものだ。
「アッシュのお友達ですか?」
「そーなのよ、俺ってばこれでも数年前まで魔塔に居たんだよね!」
「魔法使いじゃなくて、塔の敷地内で売店やってただけだけどね。あと別に友達じゃない」
「その売店のおかげで大儲けした奴が言う~?」
「ラズが僕のおかげで儲けてたんだろ」
「はっはっは! 否定はしねぇ! お前さんの発明品は飛ぶように売れたからな」
「まぁ。本当に仲が良いのですね」
「別に」
「おう!」
真反対の返事は、見事に被ったタイミングで発せられた。
アッシュは嫌そうな顔をしたが、知り合いの店を紹介してくれたのだ。フランチェスカのドレスが買い叩かれることを懸念して、信用の置ける店につれてきてくれたのだろう。
ありがたく思い、フランチェスカはラズにドレスの買い取りを依頼した。
「こいつぁまた、上等なドレスだ。絹がいいね。ライオネル王国の絹は質がいいからな」
「はい。王国南部ニーア特産の最上位の絹を使っております」
「うん、うん。仕立てもいい。この刺繍の図案は……あの仕立屋か。いいとこで仕立てたな。これならそうだな……こんなもんでどうだい?」
「ねえ、野ウサギの皮つけるからもう一声。フランチェスカ、皮も出して」
「あ、はい」
「え? 皮?」
ドレスとは別に包んでおいた、野ウサギの皮、合計二十羽分を取り出せば、ラズは目を丸くした。
「ええ? どうしたんだ、これ」
「フランチェスカが狩った野ウサギの皮だよ」
「お嬢さん、猟師なの!? 嘘でしょ!?」
てっきりどこぞの貴族だと思ったのに、とラズは驚いた。
それにしても、アッシュのローブを借りているのに、貴族に見えたというのはびっくりだ。持ち込んだドレスのせいかもしれないが。
「この店では皮革の買い取りはやってないんだけど……。まあ、いいか。次からは専門の部門に持ち込んでよ。二つ先のブロックにあるからさ」
毛皮もそれなりに値を付けて貰えたので、あっという間にフランチェスカの懐は潤った。いつまでもアッシュのローブを借りているわけにもいかないので、自分用の普段着と、狩りに行くときに着ていく服を数着、それから靴も見繕う。流石に下着を中古でというのは抵抗があるため、それは真新しいものを購入した。
フランチェスカが買い物をしている間、アッシュを待たせてしまったが、ラズと何やら話し込んでいたので、暇をさせてしまったということはないだろう。
必要な衣類を買い込んでも、金は十分に余った。そこで、アッシュに頼んで連れて行って貰ったのは、武具店だ。
本当はマタギの特有の猟具である山刀が欲しかったが、この世界にまったく同じものがあるはずもない。特注するには金が足りなかったので、もっとも良く似た形状の、片刃のナイフで代用することにした。その他に、槍の穂先と、弓矢を購入する。
「鉄砲はやはり高いのですね……」
「しろびれ?」
「ああ、鉄砲のことですわ」
「ああ……。旧式の銃なら、村長が持ってるよ。熊が出た時用にって。どうせ使ってないんだから、借りたらいいんじゃない?」
「まあ! それができたらどれほど良いでしょう!」
銃がなくても、弓や槍で獲物を仕留める自信はあるが、やはりマタギとしては鉄砲を背負いたいものだ。獲物を分けることで鉄砲を借りられないか、交渉してみる価値はあるだろう。
装飾品を売れば鉄砲も買えたかもしれないが、定期的に弾丸を購入せねばならないことを考えるなら、もう少し自力で金を蓄えてからにしたかった。幸い、この世界では毛皮はなかなか高値で売れるのだ。いざというときの備えに手を出さずとも、遠からず自力で入手することも夢ではない。
ドレスと野ウサギの毛皮を売った金は、まだそこそこ残っていたので、その金で調味料を購入しようと市場へと向かう。折角なので、食材も買い足したかった。
べべリーの台所と地元の人々に親しまれている市場は、生鮮食品や加工食品はじめ、いろんなものが売っている。
ラズの店で買い込んだ衣料品や日用品は、風呂敷に包んでアッシュが背負ってくれていたので、香辛料や調味料はフランチェスカが持った。身体強化を使えば重い物も持てるので、案外自分の力も便利なのではないかと思えてくる。記憶を思い出す前は、何の役にも立たない力だと思って卑下していたのが嘘のようだ。
つい干し果物やハーブなども手にとってしまったが、ふと、フランチェスカは見覚えのある穀物を発見して目を疑った。
「こ、これは……! お米ではありませんか!?」
そこは市場の端で、異国から輸入したという珍しい香辛料や調味料を売っている店だった。麻袋一杯の米。その奥には、瓶がいくつか並んでいた。米粒は、ピラフなどでよく使われるインディカ米よりも、ジャポニカ米に似た形をしている。
「おや、よくご存知で。うちは遠くセキヒ国とも取引してましてね。これはあちらの国で主食とされている穀物なんですよ」
店主に聞けば、セキヒというのは、遙か東にある国だとかで、話を聞く限り、日本とよく似た食文化の国であるようだった。その証に、セキヒの主要な調味料として、味噌と醤油まで売っていた。少し味見させてもらったが、少々クセがあって故郷の物とは風味がことなるが、それでも味噌に醤油だ。米で作った酒もあるというので、残った金を全て使い切るつもりで、フランチェスカはそれらを購入した。
「セキヒの調味料なんてどうするの?」
「ふふふ、お任せください! これでとても美味しい料理がつくれますわ」
「……まあ、君のお金なんだから好きにしたらいいと思うけど」
胡椒や砂糖、野菜類はアッシュが購入した。フランチェスカも払いたかったが、もう残金はない。互いに食べるものは出し合うと考えればいいと言われたので、ありがたく頷くことにした。
そうして大量の荷物を抱え、ひっそりと路地裏に入り込み――アッシュの転移魔法で一瞬にして帰宅したのは、すっかり日も暮れかけた頃のことだった。




