プロローグ:すべてはこの夜始まった。
新連載始まりました。
本日は二話、明日から一日一話ずつ更新いたします!
凍えるような夜だった。
夕方から降りだした雪はいつの間にか横殴りの吹雪となってしまって、雪に慣れた村人ほど、こんな日に山になど入ったりはしないだろう。だというのに、真っ白に染まってしまった雪原に、黒い影がもごもごと動いている。
ずぼ、ずぼ、と膝が埋まるほどに積もった雪の中をなんとか歩いているのは、まだ若い少年だ。真っ黒なローブを頭から被っているが、雪山にふさわしい装備を整えているわけではない。靴だって普通の革靴で、ズボンも上着もさほど耐寒性の高いものには見えなかった。
それでも、少年は雪に足を取られながらも、寒さを苦にしている風もない。
今夜はストロベリー・ムーン。
大きく赤い月が煌々と雪原を照らしてこそいるが、慣れないものには暗い夜道に違いないというのに。
「ああ、歩きにくい。吹雪で前が見えないよ」
ぶつぶつと文句を吐き出しはするが、手を伸ばした先すらろくに見えない吹雪の中をさまよっているにしては、悲壮感も何もなかった。
それもそのはず、少年には常人とは異なる寒さへの備えがあったし、いざ迷ったとなれば、ねぐらへすぐさま帰れる手段があるのだから。何せ少年は――これでもそれなりに腕が良いと自負する魔法使いであったので。
「こんな日に外出なんてするもんじゃないな。ああ、でも仕方ない。あんな反応見つけてしまったら、仕方ないじゃないか」
独り言が多いのは、独りでいることが多いからだろうか。
数時間前のことだ。少年は、自室でいつも通り研究にあけくれていたのだが、裏の山奥にとんでもなく巨大な魔力反応を感知した。
もちろんすぐさま探ったけれど、どうやら少年が一度も行ったことのない場所でのことらしく、遠隔で調べることは難しかった。なので、直接探りにいくことにしたのである。
今も相変わらず、とんでもない魔力を感じている。
肌が粟立つような寒気は、この吹雪のせいではない。耐寒魔法を全身にかけている今、気候による寒気は少年を蝕むものではないからだ。
そうして更にどのくらい歩き続けただろうか。ぽっかりと口を開ける岩穴に辿り着いた。暗い穴の奥は見えないが、魔力反応は確かにこの奥に続いている。わずかな明かりでも昼のように見えるように、夜目魔法をかけているとはいえ、光のまるでない場所では何も見えない。
「灯」
小さな呪文とともに、ぽう、と蝶の形をした灯りがあらわれ、少年の行く先を照らす。細長い洞窟は、随分奥へと続いているようだ。
黒いローブに降り積もった雪を払い落としながら、慎重な足取りで先へと進む――つもりだったのだけれど。
――ヒュッ。
鋭く、空気が動く音がした。
岩陰から飛び出した何かが、襲いかかってくる。その瞬間、攻撃に反応して自動展開するよう、あらかじめかけていた防護術式が作動した。しかし……魔力の障壁によって弾かれるはずだった襲撃は、少年の予想を覆した。
最近流行りの新型武器である大口径の銃弾すら余裕で弾くはずの障壁に、刃の切っ先が食い込んでいるではないか!
「うわっ」
驚いて、障壁を強化しようとしたけれど。
――爛々とした金色の眸に息を呑んだ。
「……死ん、で、……るか……!」
絞り出すような声が、静かな洞窟の中に反響する。
障壁がひび割れ、砕け散る。
小さな……本当に細い、護身用の短剣が、白い手からこぼれ落ち、岩に弾かれ転がっていく。
ぐらりと崩れ、倒れかかってくる身体を慌てて抱き留め……ようとして、悲しいかな、腕力が足りずに後ろに尻餅をついてしまった。
「いてて……、何が……」
痛む尻に顔をしかめ、たった今自分を襲ってきた相手を確認する。そうして、少年はますます首を傾げる羽目になった。
それも当然であろう。自分に襲いかかったあげく、気を失った相手が、どう見ても貴族のご令嬢であったのだから。
何故そうと解ったか? 簡単である。ご令嬢は、あまりにも雪山に場違いな――華やかなドレスを身に纏っているのだ。
「……どうしよう?」
途方に暮れた問いに、答えてくれるものがいるわけもなく。
少年は洞窟の奥とご令嬢とを見比べて、深く溜息を吐いたのだった。




