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第9話 冷静なる守護者

 私は魔将軍ゾルトを配下に加え、次の都市ノヴァレインを目指して進軍している。

 出発にあたり、ゾルトが精鋭兵20名と輸送用の馬車を2台用意してくれたおかげで、旅路は幾分か快適なものとなった。


 しかし、魔界の自然は容赦がない。

 見渡す限りの赤茶けた荒野。吹き荒れる風は熱を帯び、肌を刺すような瘴気を含んでいる。

 せっかくマジェスティアで湯浴みをしたというのに、髪も肌もすぐに砂埃にまみれてしまう。

 私は母の形見である着物を汚さぬよう、ルナティカを出発した際の旅装に着替え直していた。


「荒野が多いということは、それだけ食糧生産に向かない地域が広がっていることを意味します。魔界特有の瘴気は、植物の育成を阻害する要因となりますので」


 私が砂埃への愚痴をこぼしていると、スカーレットが教科書を読むような口調で解説を始めた。

 普通の女子なら、「大変ですね」とか「お肌が荒れちゃいますね」とか、共感してくれるものではないだろうか……。


 スカーレットは誰もが振り返るほどの美女だが、いわゆる女子力というものは皆無に等しい。

 常に冷静沈着で、綺麗な服や甘いスイーツにも興味を示さない。彼女の関心事は、常に任務の遂行と効率化にあるようだ。


「ですから、即位後は大規模な土壌改良と農地改革を行い、食料自給率を抜本的に改善する必要があり……」


 あ、まだ続くのか。この講義、あとどれくらい続くのだろう……。

 正直、耳が痛い話ではあるが、ゾルトが語っていたように大飢饉が戦争の引き金になったのだとすれば、食料問題の解決は避けて通れない最重要課題だ。


「殿下、前方に人影があります」


 ノヴァレインへの道程も半ばを過ぎた頃、先頭を進んでいたゾルトが鋭い声で警告した。

 目を凝らすと、岩陰で休憩をとっている一団が見える。

 近づいてみると、そこには見知った顔があった。叔父のテオドールだ。

 彼らもまた、王都エルシリウムを目指しているのだろうか。


「おお、グロリアではないか! 見違えたぞ。以前会ったときはまだ幼かったというのに、子どもの成長とは早いものだな」


「お久しぶりでございます、叔父上。ご息災でなによりです。叔父上も王都へ?」


「そうだ、我々も王都へ向かっている。……私が王に即位するためにな!」


 叔父上は獰猛な笑みを浮かべると、電光石火の早業で剣を抜き放った。

 切っ先が私に向けられ、殺意を帯びてギラリと光る。


「殿下!」


 ゾルトが瞬時に反応し、私と叔父上の間に割って入ろうとする。

 だが、その行く手を阻むように、フードを目深に被った巨漢が立ちはだかった。


「邪魔だ! どけっ!」


「久しぶりだな、ゾルト……」


「その声は……ヴァルゴンか!」


 ヴァルゴン! 四天王筆頭にして最強の武人。父上から長兄マシューの守護を命じられていたはずだが、生きていたのか!

 いかに豪傑ゾルトといえども、四天王筆頭のヴァルゴン相手では、分が悪い。


「殿下、お逃げください! ヴァルゴンは拙者がなんとか食い止めます!」


「ほほう、ゾルト。少しは腕を上げたようだが……その程度で俺を止められると思うなよ!」


「ヴァルゴン、貴様なぜここにいる! マシュー殿下を守る命令はどうした!」


「貴様は相変わらず融通が利かんな。マシュー殿下は勝手に兵を挙げ、勝手に死んでいったわ。今はテオドール殿下を即位させるべく動いている。貴様も負け犬に付くより、こちら側に来い!」


 ゾルトとヴァルゴンが激しく剣を交える中、私は必死に馬を走らせた。

 だが、叔父上が執拗に追いかけてくる。

 背後から迫る殺気。

 体中から冷や汗が噴き出し、心臓が破裂しそうだ。


「逃がさんぞ、グロリア! 死ねぇ!」


 叔父上が剣を振り上げ、私に斬りかかろうとした、その瞬間。


 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!


 空気を切り裂く鋭い音が響き渡り、上空に無数の魔力の矢が出現した。

 それはまるで流星群のように、一斉に叔父上へと降り注いだ。


「ぐあぁぁぁっ!」


 さらに新たな矢が次々と生成され、敵兵たちを正確無比に貫いていく。


「殿下、ご無事ですか!」


 スカーレットが涼しい顔で駆け寄ってきた。

 この圧倒的な魔法の行使者は、彼女だったのだ。

 叔父上は全身を矢に貫かれ、物言わぬ骸となって崩れ落ちていた。


「なんと、テオドール殿下が……。チッ、ゾルト、勝負は預けたぞ!」


 主君の死を悟ったヴァルゴンは、舌打ちを一つ残し、生き残った兵と共に砂塵の中へと消えていった。

 こちらの兵も疲弊しており、深追いは危険と判断し、追撃は見送った。


「殿下、お守りできず申し訳ございません。拙者の力不足ゆえ、ヴァルゴンを抑えるだけで精一杯でした」


 ゾルトが悔しげに唇を噛む。


「ゾルト、謝る必要はない。お前がいなければ、私はヴァルゴンに殺されていたかもしれない。あの怪物を一人で抑えきったのだ、胸を張れ」


「ありがたきお言葉……。それにしても、スカーレット殿の魔法……見事でございました」


「テオドール様は、殿下がゾルト殿を配下に加えた情報を掴んでおり、ゾルト殿への対抗策としてヴァルゴンを用意したのでしょう。ですが、私の存在は計算外だったようですね。ヴァルゴンという最強のカードを持っていたことで、慢心が生じたのかもしれません」


 スカーレットは感情の読めない瞳で、淡々と分析した。

 私は額の汗を拭いながら、どんな極限状況でも冷静さを失わない彼女の姿に、畏怖にも似た頼もしさを感じていた。

 この二人がいれば、王都への道も決して不可能ではない。そう確信した。

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