次なる場所へ 導の願い
メグからの連絡がきた。情報を集めてほしいと伝えてから一日での事だった。あまりの素早さに驚いたが、それを伝えると「そもそも並行して行っている」と呆れられてしまった。
彼女が優秀なのは知っているが、自分の仕事もあるだろうに、俺たちからの協力要請にも応えて、必要な資料があれば揃えて、世界に異変がないか網まで張っているのだからすごい。ただまたあの汚部屋に戻っていないといいがとも思った。リヴィアの鬼の形相が目に浮かぶ。
「大港湾都市マルトア?」
「うん。世界中の商人が集まる経済の大動脈だ。あらゆる金という金がここで大きく動く、大都市で富裕層も多く集まっているな」
「ああマルトアなら拙者知ってますよ!ハンターギルドの本部があるでござる」
話を聞いていたソテツがはいはいと手を上げて割り込んできた。
「じゃあソテツは行った事あるの?」
「一度だけでござる。拙者都会の空気は好かないし肌に合わないでござる。ただあそこはとても美しい街ですよ。開発、研究、発展、揃い踏みでござる」
「ふーん。二人は何か知ってる?」
俺はリヴィアとエレリに話を振ってみるも、二人共首を横に振った。ドウェイン様の育て方は、如何にも箱入り娘という感じだったし、あまり遠出などをしなかったのかもしれない。
「知識としては知っていますが、どんな所かまではちょっと…」
「私も同じかな」
「まあマルトアについては行ってから色々と見て回ってくれ、今はそこで起きている異変についての話だ」
メグに釘を刺されて俺たちは逸れた話を本題に戻す。
「ごめん、それでマルトアで何が起きてる?」
「あそこは情報の宝庫だ、正誤の判断も難しい、だけど見過ごせない事件が頻発しているんだ」
「見過ごせない事件って?」
マグメの姿がメグから変わり、宙にスクリーンのようになって画像を映し出した。それを見た瞬間、俺たちは全員息を飲み込んだ。
言葉で言い表せない程凄惨な遺体、無惨にも引き裂かれ、ぐちゃぐちゃにされ跡形も残っていない肉塊もあった。気分が悪くなる。吐き気が一気に上ってきた。すぐにその画像は消され、マグメはメグの姿に戻った。
「人の殺し方じゃない。獣のものとも思えない。魔物の仕業だ」
「メグ殿、少し聞いてもいいでござるか?」
「勿論」
「ハンターギルドは動いていないのですか?」
ソテツの目は静かに怒りの火を灯していた。眼光するどい表情に息を飲む。
「動いている、が、何も掴めていないようだ。このままでは調査自体を打ち切られる可能性もある」
「成果は上がらず…そういう事ですね?」
「残念ながらな」
それきりソテツは黙り込んでしまった。心中を推し量る事は出来ないが、表情を見るに穏やかではなさそうだ。
「マルトアでは対魔物用の結界が他所より強固だ、場所が場所なだけに安全性の確保というのは絶対的命題なんだ。エタナラニアのどの国よりも厳重になっている。金が大きく動くからな、安全は信用に直結する」
「でもこれマルトアの街中で起こってるんだろ?」
「だから大問題なんだ。このまま放置し続ければ人は死に続けるし、マルトアの根幹が揺らぐ。金と物流の不安定は、世界の不安を刺激して取り返しのつかない事になりかねん」
しかし何故強固な結界があるマルトアに魔物が入り込んだのだろうか、シンラの時と同じ様に忍び込んだのか。それとも別の理由があるのか。
色々疑問は残るが、取り敢えず行って確認してみなければいけない。これ以上犠牲者を出さない為にも、動くべきだろう。
「よしマルトアに向かおう、二人もそれでいい?」
「勿論です」
「分かったわ」
俺がリヴィアとエレリに確認を取ると、二人共迷いなく二つ返事で了承してくれた。
「街についたらまず町長の元を訪ねてくれ、この話、実はマルトアの町長から直々に上がってきた話なんだ。勇者の力を借りたいってな」
「俺たちの事知ってるのか?」
「良くも悪くも活躍が周知されてきているという事だ、アタシと親父やエラフ王の書状で、魔王復活の報せが届いたのも後押ししてな。マルトアに入る時も神獣の紋章を見せればすぐに話はつく」
「分かった。また何かあれば連絡するよ」
俺がそう言うとマグメは元の姿に戻った。シュルシュルと画面の中に戻っていきスポッと収まる。
「次の行き先はマルトアですね、案内はワテクシにお任せあれです」
「頼りにしてるよ」
シンラともそろそろさよならだ、俺たちは旅の準備をするために、それぞれで動いて必要な物を揃える事にした。
優真達との話を終えて、メグは眉間を強く揉んで苦い表情を浮かべていた。
勇者と魔王の存在が周知された事により、各国がそれぞれに防衛や警備の強化に取り組んでいる。長年の平和は崩れ、自らが伝承の中にいることを自覚し始めた。メグはそれを望んでいたが、少々計算外な事もあった。
それは勇者への協力要請が多すぎる事だった。些細な事故や、十分対処可能な魔物でさえ勇者の力を借りたいと言い出す長が続出した。それゆえメグは、本当に優真の力が必要なのかを精査する必要に迫られていた。
勿論全員が困っていて、助けを必要としている事はメグにも分かっていた。そしてそれを伝えたら、優真がどれだけ小さな問題でも向かってしまう事も分かっていた。
メグの理想は危機に際しての対応の、自助と互助の推進だった。
世界は広く、関係の良い国悪い国、種族間での諍い、過去に起きた問題など、それぞれの事情を抱えて折り合いを付けながら安定を求め、妥協点を探っていた。
しかし魔王が出現した以上、これらの問題はすべて些末な事に変わった。人が人と争っていられる平和は終わり、魔王と魔物の脅威に立ち向かわなくてはならない。
だがメグは甘く見ていた。平和が続いた人々に蔓延する、当事者意識の欠如というものを甘く見積もっていたのだ。
魔王との戦いが続いているエタナラニアだが、一度勇者が勝ち取った平穏は長く続き、当時を生きた者は死に、世代交代によって戦いの記憶は薄れていく。戦いの痛みを癒やす為に忘却は必要だが、魔王がいつかまた復活するという事を伝承や伝説にしてはいけなかった。そうメグは思い知った。
一つ一つ要請を精査し、対処方法を教え、戦力が足りない場所へはエラフ王国の騎士団を派遣させた。エラフ王国国王ドウェインと統合魔法都市アステル代表オルドは、協力関係を結び事に当たっていた。
王国騎士団は王家と国を守るだけでなく、勇者が現れた際に手足となり、耳口となり、目鼻になって助ける事を目的として訓練が施されている。鍛え抜かれた精鋭達は、有事の時には世界中に派遣されても任務を遂行できる。
その精鋭を効果的に運用する為にもアステルの情報は欠かせなかった。そしてメグはその中核を担っている。疲れが出ない筈もない。
世界が勇者を必要としていても、優真はまだ弱く、差し伸べられる手は二つだけだ。放っておけば際限なく助けるだろうが、それではいつか救いを求める声に押し潰される。求める心には終わりがない。
メグは自分の判断は間違っていないと願った。優真を必要な所に導き、助けを必要とする者には適切な指示と援助をしていると自分に信じさせた。
今まで自分一人の世界で完結していたメグにとって、人の生き死にが委ねられる判断は重圧であった。しかし、戦っている人達がいると思うとやらずにはいられない、そんな感情がメグの中に芽生えてもいた。
優真は旅を通じて成長を遂げている。それは単純な武力だけではなく、人々の団結を促す力にも現れているとメグは考えていた。
一人でなんでも解決出来る力はないが、自分に出来る事は何かと考えそれに向かって全力で取り組める、その姿勢に人は心動かされるのだ。メグが優真の中に見た勇者の資質がそれだった。
「頼んだぞ優真、お前ならきっと…」
メグはそう一人呟いてフッと笑った。優真に影響を受けているのは自分もかと思い知った。
自分に出来る事をと、メグは書類を手に取り状況を確認する。勇者の導は寝る間も惜しんで働き続けた。




