統合魔法都市アステル その1
統合魔法都市アステル、その駅に降り立ち俺は見上げた。
車窓から見えていた尖塔は、近くで見るとより大きく高かった。そして連立している塔の先は、光の線のような物で繋がり合っている。何の役割があるのかと考えるだけで結構ワクワクする。
「優真!」
「あっねえエレリ、あの塔って何なのか分かる?」
「今後あんた一人で絶対行動させないから、いいわね?」
え?と小さく疑問を呈すると、エレリにギロッと睨まれた。
「え?じゃない!いらない怪我してきて!殴られる必要なかったでしょ!?」
怒っているのはシェドの件か、俺は狼狽えながら言い訳をする。
「いやでもさ、早くシェドのお母さんを探したかったし、あのおじさん怒ったら止まらなそうだったから」
「それでもあんたが傷つくのは違うでしょ!?」
「でも殴られて痛いのは一時的なものだからさ、おじさんだって俺殴ったら満足したんだから…」
それでよくないかと言おうとした時、底しれぬ恐怖を背筋に感じた。ビクッと体が反応し、思わずエレリの後ろに隠れてしまった。このプレッシャーは、本気で打ち合った時のソルダさんより重たい。
「優真様?」
「は、はいぃ…」
「困っている方を見つけ即行動に移されるそのお優しさ、勇者様として大変立派でございます」
「ひ、ひぃぃ…」
笑顔だが笑っていない、リヴィアが怒る時はいつも笑顔なのが逆に怖い。段々顔を近づけてきて圧がかかるのもまた怖い。しかしそんな俺の考えとは別に、ふっとリヴィアの表情が悲しそうに変わった。
「あまり無茶が過ぎると心配です…」
手を取られギュッと握られる。心の底から心配しているのが伝わってきて、俺もようやく申し訳ない気持ちになってきた。
「ご、ごめんリヴィア。もうなるべくやらないから…」
「なるべく?」
「ひっ!」
また笑顔で怒るので悲鳴を上げてしまった。それを見ていたエレリがため息をついて俺に言った。
「こうやってまた怒られたくなかったら私達の目の届く範囲にいなさい?」
「わ、分かりました…」
怖かった。まさかこんな些細な事で怒られるとは思わなかった。殴られたって死ぬ訳でもないし、あのおじさんに人を殺せるような度胸もないのは見れば分かった。だから俺は大丈夫だと確信があったのだが、こんなに怒られるなら今度はもっと分かりにくいようにやろうと思った。
気を取り直して統合魔法都市アステルだ。駅から出ると多くの人が行き交っていて活気があった。
「すごい人の多さだなあ」
「アステルはどんな国のどんな人種でも別け隔てなくすべて受け入れるのが特徴なの。必要な素養は、魔法に対する向学心と探究心。逆に言うとそれがないとここには居られなくなるわ」
それはいっそ清々しい程だな、差別はなくとも強烈な区別がある訳だ。学ぶ者とそれ以外、分かりやすいが住みにくそうだ。
「ここにいる人達が皆学者とか研究員って事?」
「いいえ、恐らくは最先端の魔法道具等を取引に来ている商人や、観光客の方でしょう。優真様の仰るような方は、基本外に出ませんので」
「えっ?外にも?」
「外に出て人と話をしている暇があったら、研究塔で一冊でも多くの魔導書を読んだり、自分の研究している魔法について実験したかったりする人ばかりだからね」
それはまた徹底している。都市としての機能はそれで維持出来るのだろうか、何だか不安になる。
「ええとそれで、何処へ向かえばいいんだっけ?」
「アステル代表オルド様の所です。私達は何度かお会いした事がありますので、早速向かいましょうか」
「はぐれないようにね優真」
確かにこの人混みであればすぐにはぐれてしまいそうだ。色々と気になる所はあるけれど、俺は兎に角二人を見失わない事だけを意識して歩き始めた。
数多く立ち並ぶ尖塔の内、都市のほぼ中央に存在し、一際大きな塔が代表がいる場所だそうだ。高さも驚きだが、入り口でも驚きの連続だった。
扉らしきものがなく、塔には薄いレンズみたいな膜のような物しか見当たらない。その向こうに人が透けて見えるので、入れる場所がある筈なのだが。
俺が戸惑っていると、二人がその膜の前に立った。すると薄い膜が左右に裂けて開いた。恐る恐る後ろに続いて中に入ると、今度はその扉が何事もなかったかのように再生した。つなぎ目も何もない、そこが扉であるとは知らない人は気がつけないだろうと思った。
入り口だけでこれだけの不思議まみれなのに、塔の上に登る方法も驚かずにいられなかった。
透明な筒のような所に泡のようなものがぽこぽこと浮いている、その前に立つと、入り口と同じように膜が裂けて、入るとまた閉じた。そしてエレベーターのように泡が上にあがっていく、およそ人を乗せて上がれると思えないので、乗っていても頭が混乱してしまいそうだった。
「これも全部魔法なの?」
「そう聞いていますが、私もあまり詳しい仕組みは知らないんです。アステルはアステル独自の魔法があって、理解が追いつかないと言いますか…」
「前にどうなってるか聞いた事あるけど、絶対にやめた方がいいわよ。訳の分からない地獄の解説が延々と続くわ…」
エレリの絶望しきった顔を見て、絶対に口を滑らせないようにしようと心に決めた。オルドという人はどんな人だろうか、話を聞いていると緊張してきてしまった。
俺たちを運んできた泡は自然と弾け、目的の場所で降りることが出来た。そこは広い部屋で、内装も豪華、如何にも権力者がいるような所だった。
しかし部屋の中央に大きな机と椅子があっても、そこには誰もいなかった。積み上がった本や紙束だけが残されている。
「留守かな?」
俺がそうリヴィアに聞くと、彼女は少し嫌そうな顔をして言った。
「いえ、確かに居ますよ。私達が来る事も把握していると思います。恐らくは…」
懐からスッと杖を取り出すと、リヴィアは杖の先を背後の床に向けた。
“放たれよ 魔弾”
魔力の塊をぶつける初歩的な魔法を唱えて床に撃ち込んだ。突然の事に驚いていると、リヴィアは杖を向けた先から「ぎゃふん」と言う声が聞こえてまた驚いた。
「いてて、もうちょっと手加減してくれないとリヴィアちゃん。僕が受け止めなかったら床に穴が開く所だったよ?」
「床ではなくあなたの体に穴を開けるつもりで撃ちましたので。また透明化の魔法を使ってスカートの中を覗こうとしましたね」
「うげっ!今日はそこにいたの!?」
リヴィアもエレリも、嫌悪感を露わにした表情を隠さず、床に這いつくばっている老人を見下した。しかし老人はそんな二人の態度など気にすることなく、寧ろ嬉しそうな顔をして言った。
「いやあその表情ぞくぞくするねえ、やっぱりやめられないね」
はっはっはと呑気な笑い声を上げて床から立ち上がり、体についた埃を叩いて払っている。何だこの人と俺はエレリに耳打ちをして聞いた。
「ちょっと、この人誰なの?」
「非常に残念な事に、この人が統合魔法都市代表のオルド・マジェイア様よ」
嘘だろと更に目を丸くして驚いた。床に這いつくばってリヴィアのスカートの中を覗こうとしたこの老年の男性が話に聞いていたオルドという人か、信じられないという考えが頭の中を支配した。
白髪の髪の毛と髭をきっちりと整え、年齢を感じさせない若々しい顔つき、長い手足に高い身長、外見だけなら本当にかっこいいし威厳ある見た目だ。
そんな人がまさかスカートの中を覗こうとして、床に這いつくばっていたなんてと思うと言葉を失ってしまった。この建物の仕組みで驚いた事の印象が薄れる程だ。
「やあやあ、しかし二人共久しぶりだねえ。シュリシャは元気?ドウェインのアホはくたばった?」
「握手は止めてください、不快なので」
リヴィアはばっさりとそう言い捨てて、エレリは姉の背に隠れた。オルド様はがくっと肩を落として落ち込む仕草をすると、今度は俺に向き直った。
「二人との絆を深めるのは後にして、君が選ばれた勇者様だね。やはりもう勇者様の選定は済んでいたようだ」
「どうしてそれを?」
俺はここに来てから自分の事を何一つ話していない、ただセクハラが失敗に終わるのを黙って見ていただけだった。
「王女である彼女達が、護衛も付けずに出歩くなんてありえない。巫女である彼女達が、同行者である君に敬意を払っている。そして各地で発生しつつある魔物の活性化を鑑みるに、勇者様が選ばれて、魔王が復活した事は予想から確信に変わった。それだけの事さ」
さっきまで床に這いつくばっていた人とは思えないような話しぶりだ。本当に何なんだこの人は。
「では自己紹介といこう。僕は統合魔法都市代表であり、全研究施設における責任者でもあるオルド・マジェイアだ。アステルにようこそ勇者様」
二人は拒否したけれど、俺はオルド様に圧倒されるままにその手を取って握手を交わした。個性的とは一言で片付けられないインパクトの人の登場に、これからどんな話を聞かされるのかとドキドキしていた。




