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三人の勉強会


「二つの世界はコインの表と裏のように表裏一体。完全に分け隔てられていて、互いの環境や気候に及ぼす影響は皆無に等しいわ。一部、表裏が混ざった場所もあるけれど、それは世にも珍しい例外って奴ね」


 そう語るティフは、歴史の教科書の一点を指している。

 勉強会は寮にある俺の部屋にて、無事に三人で開かれた。いま目の前にはティフとイーストハルトがいる。二人は難なく成功させてみせたのだ、男子寮にあるこの部屋への侵入を。それはもう、身軽な動きだった。


「俺がこの世界に来たのは、その表裏が混ざった場所ってのが関係しているのか?」

「違うよー。あれは特別な魔道具に魔力を流して、二つの世界を行き来しているだけ。簡単に言えば、局地的に世界をひっくり返したって感じかなー」


 ひっくり返す、か。たしかにそんな感じだった。

 孤児院からこの世界に来た時のあの感覚は、まさしくそれだ。ぐるりと天地をひっくり返されたかのようだった。話に出た魔道具とやらがあれば、世界を行き来することが可能らしい。便利な道具もあったものだ。


「でも別の世界かー、一度くらい行ってみたいよね? ティフ」

「そうね。写真でしか見たことのない風景を、一度は自分の目で見てみたいものよね」

「俺が住んでいた世界のこと。結構、知っているんだな。俺はつい最近まで、この世界のことなんて何も知らなかったのに」


 自分の能力を魔法みたいだと思ってはいた。だが、本当に魔法使いがいるとは思わなかったし、こう言った世界があることも知らなかった。きっと、あの無精髭の男が現れなかったら、ずっと知らないままだっただろう。


「知っていると言っても情報や知識としてだけどね。ラクドの世界で言えば、御伽噺みたいな感じよ。毎年、何人かが実際にこの世界に来ているから、現実味が増しているけれど」

「あたし達、ちっちゃい頃は信じてなかったよねー。別の世界があるなんてさ」


 御伽噺が実際に起こっていた事実だった。例えば俺が住んでいた世界の住人に、そう言っても大半の人間は信じない。だが、実際に魔法使いの存在を見ていれば、その認識も多少変わっていたのだろうか。

 超能力や心霊現象がオカルトとされる現代で? ちょっと想像が付かないな。


「でも大変だね、ほんとに。世界の垣根を越えて一人暮らしとか、遠出ってレベルじゃないよー。……あっ! あぁー、ちょっと嫌なこと思い出しちゃった」

「なによ、唐突に」

「遠征訓練のこと。今朝ぎょっとして今まで忘れてたのにぃ……」

「ケイト……よくも思い出させてくれたわね。見なかったことにしてたのに、私も思い出して憂鬱になってきたでしょうが」


 なぜだか二人の気分が地に落ちた。すごくどんよりしていて、何かを憂いているみたいだ。随分と急に落ち込み始めたけれど、何が原因だ? これは。さっき話に出ていた遠征訓練とやらか?


「その遠征訓練ってのは、いったいなんなんだ?」

「ラクド。貴方、予定表にまるで目を通してないわね? ほら、貸しなさい。今日、配られた筈でしょ」

「ん? あぁ、そう言えばそんなのも貰ったっけ」


 今朝のウィーストリアの件があった後、何枚かのプリントを先生から渡されていた。それらを詰め込んだ鞄を探り、数枚重なった紙の中から予定表を見付ける。それをテーブルの上に置くと、ティフは迷いなくある一点を指さした。


「此処を見て。今日からちょうど一週間後の所に、遠征訓練って書いてあるでしょう? それも二日に渡ってね」

「どれどれ……本当だな。この遠征訓練ってのは、何をする行事なんだ?」

「簡単に言えば遠足。詳しく言えば、魔物が跳梁跋扈する森の中を通り抜けよう大作戦」

「は?」


 ちょっと理解が追いつかない。

 えーっと、魔物って言うのはさっき二人に教えて貰った奴だよな? 普通の動物とは違う、凶暴で獰猛な化物だったはず。そいつ等が蔓延る森の中を通り抜けるだって? 入学して一週間くらいで? 冗談だろ?


「冗談だろって顔してるね、ラクドくん。ところがどっこい冗談じゃあないんだなー、これが。……だから、あたし達いま憂鬱なの」


 その表情を見れば察しが付く。

 本当にそんな命懸けの危険な行事を、学園側は決行する気らしい。


「なんだってそんなことを……」

「ラクドは知らないでしょうけれど。この世界の魔法使いは、この世界の市民を護る義務がある。これはその能力を磨く一環よ。魔物との実戦を早期に経験して、今後の成長を促すこと。それがこの遠征訓練の目的なのよ」


 魔法使いは市民を護らなくてはならない。この世界に於ける魔法使いとは、そう言う存在意義がある。なんのために魔法学園というものがあり、生徒はなぜ魔法を学ぶのか。その答えが、そこにはあった。

 そして違う世界で育った俺には、とてもじゃあないが急には受け入れきれないことでもある。


「今から途轍もなく失礼なことを言うかも知れないが、よくそんな危険なことしてまで魔法を磨こうって気になるな。この学園の生徒は」

「まぁ……そうね、受け入れがたいことかも知れないわね。けれど、そんなに不思議なことでもないと思うわよ。ラクドの世界にだって、警察官や消防士がいるでしょう? 彼等の志と魔法使いの義務は、そう遠い場所にはないと私は確信している」

「んー……そう言われてみると、そっか、なるほどな」


 俺には身体を張って犯罪者を捕まえようとする警察官の気持ちは分からないし。取り残された者のために危険を顧みることなく火の海に飛び込んでいく消防士の気持ちも分からない。正気さえ疑うほどだ。

 だが、もし孤児院にいた子供達や院長が危険な目にあったらと考えると、俺は身体を張ることも、火の海に飛び込むことも躊躇しないと思う。

 この考えだ。この決断の対象が、人よりも格段に広い。それが警察官や消防士の志で、魔法使いの義務。やっぱり俺には少し、受け入れがたい物の考え方だ。けれど、それはとても眩しく思えた。目を逸らしたくなるほどに。


「でも、スペードの二人でも遠征訓練は嫌なんだな。それくらい危険な行事ってことか」

「え? あぁ、違うよー。あたし達が憂鬱なのは、そう言う意味があってのことじゃあない」

「ん? そうなのか? じゃあ、なんでそんなに嫌がるんだよ」

「だって、森にいる間はお風呂に入れないじゃん」

「……あぁ、そう……女の子だもんな。そりゃあ……そうか」


 なんだかとても気が抜ける思いだった。

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