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お転婆とじゃじゃ馬


「よう、そこの間抜け面したお前」


 教室の最前列、黒板が一番見やすそうな席に向かい、そこに腰を下ろしたところだった。いつの間にか近くにまで寄ってきていた他の生徒に声を掛けられたのは。

 その声音は決して友好的じゃあない。言葉遣いも丁寧とは言い難い。俺はそのことを頭で理解しつつ、ゆっくりとそちらに目を向けた。視界に写ったのは、かなり態度のデカい男子生徒だ。


「そう、お前だ。自分のことを良く分かっているじゃあないか。ところで、そんなお前に一つ質問があるんだが、答えてくれるよな?」

「……お宅の態度と内容しだいだな、それは」


 一応、面倒なことになった時のために手を打っておこう。


「なるほど、なるほど。なら、姿勢を正して質問するとしよう」


 そう言うと、男子生徒はわざとらしく姿勢を正し、こう言った。


「いったいどんな手を使った? 何をどうすれば、あのアルフィードとイーストハルトの令嬢にお近づきになれるんだ?」


 質問の意図を、俺は計りかねていた。此処にはいない二人の名前が、どうして出て来るのか分からない。食堂で一緒に食事をしていた所を見られていたのか。タイミング的に考えれば、それしかないか。

 だが、なぜだ? どうしてそんなことを聞きたがる。


「アルフィードとイーストハルトの令嬢と言えば有名人だ。入学したての新入生だが、知らない奴は学園内にいないほどな。そんな二人とだ、お前はどうして知り合えている? それも今日、急にだ。前代未聞だぜ? 今まで一人たりとも、お前のようなポジションに収まった男はいなかったからな」


 その言葉を聞いて、俺はようやく理解できた。

 この世界の住人と、この世界の住人ではない俺とでは、そもそも価値観が違い過ぎる。俺にとってティフやイーストハルトはただの生徒だ。けれど、こいつ等は違う。この世界の住人にとっての二人は貴族であり、まさに高嶺の花なのだ。

 そんな存在と、俺みたいな凡庸な奴が一緒に食事を取るなど、本来ありえない。それも昨日今日、急に現れたような奴なら尚更だ。だからこそ、聞き出そうとしている。俺がどうやって、そのポジションに嵌まることが出来たのかを。


「黙ってないで答えてくれよ」

「別に、特別なことをした覚えはない。きっと巡り合わせが良かったんだ。偶然と偶然が重なり合って生まれた奇跡みたいなもんさ」

「へぇー、そうなのか」


 そう男子生徒が頷いた直後のことだった。


「惚けてんじゃねーぞッ、このクソ野郎がッ!」


 胸ぐらを掴み上げられ、強制的に起立させられる。吐かれた暴言はクラス中に響き、他の生徒の注目を集めた。どうやら俺が出した答えが気に入らないらしい。片足でイスを踏みつけ、物凄い形相で睨み付けてくる。


「偶然だ? 俺が聞きたいのはそんなことじゃあねぇ。どうやってあの二人に取り入ったのかだ。それ以外の言葉は聞きたくねーし、喋ることも許さねぇ。いいか? 本当のことを話すんだ。鼻と口から血を吐きたくなかったらな」

「宣戦布告」

「あ?」

「これは、宣戦布告と受け取っていいんだな?」


 クラス分けが終わって早々に騒ぎなんて起こしたくなかったが、俺は釈迦でも仏でもない。三度なんて猶予を与えられるほど寛大じゃあないんだ。そんなに喧嘩を売りたいなら買ってやろうじゃあないか。


「……良い度胸だ。お前が次に目覚めるのはベッドの上だッ」


 拳は握り締められ、矢のように放たれる。


「悪いが、そいつは届かない」


 その拳が俺の顔面に到達する前に、イスに足を掛けて前へと蹴り飛ばした。床を滑ったイスが向かうのは奴の脛だ。イスを踏みつけていたから被害は左足にしか及ばないが、それだけでも十分な痛みが走る。


「いッ!?」


 脛を強打したことにより、また踏みつけていたイスが勢いよくスライドしたことによって、態度のデカい男子生徒は一気に体勢を崩した。前屈みに倒れ込むようにして崩れる様は隙だらけだ。すぐにでも追撃を打ち込める。だが、俺はそうはせずに、その身体をあえて支えてやった。


「テメェッ! なにしや――」

「随分と騒がしいですね、何事ですか?」


 理由は一つ、この教室に先生が近付いていたからだ。


「いえ、なんでもありませんよ。この人が躓いて倒れそうになっていたので、それを支えて上げてたんです。そうだよな? えーっと、名前なんだっけ?」

「……お前っ」


 同意せざるを得ないだろう。いくら喧嘩っ早くても、今此処でこの話に乗らない手はないと理解できるはず。入学してまだ日も浅いうちから、先生に目を付けられたくないのは俺も同じだ。


「そうなのですか?」

「……はい」

「ふむ、そうですか。元気が有り余っているのは良い事ですが、もっと周りに注意することですね」


 俺達の話に余計な口を挟む生徒もおらず、騙された先生は教卓へと移動する。


「分かっていたのか? こうなることが」

「さーてね。なんのことやら」


 実はさっき教室の端で死んでいた蜘蛛を蘇らせていた。操った死体が見たものは、感覚的に俺も理解できる。この態度のデカい生徒が話しかけてきた時、蜘蛛に廊下を見張らせていた。

 クラス分けをして初めて授業を行う日だ。先生は早い時間帯に教室を訪れると予想はついていた。後は先生が現れるまでの時間稼ぎをすればいい。結果、俺は無傷で奴の脛に一撃を加えられた。上手くいって正直ほっとしている。


「クソッ、惚けやがって……覚えてやがれ、この借りは必ず返す」

「覚えるも何も、俺はお宅の名前を知らない」

「ウィル・ウィーストリアだ。忘れるなッ」


 ウィーストリアと名乗った態度のデカい生徒は、すぐに離れていった。まだ俺の名前も告げていないのに気の早い奴だ。まぁ、別に名乗らなくてもいいか。同じクラスなんだ、名前くらい嫌でも耳に入る。

 そんなことがありつつ、しばらく時間が経つと教室内のすべてのイスが埋まる。鐘の音も響き渡り、いよいよ学園の予定が動き始めた。



「意味不明」


 魔法学園の授業内容は、その一言に尽きた。


「あははっ、そう言うと思ったよー、あたしは」

「んー、やるなら基礎の基礎からってことね」


 時は流れ、今現在は放課後だ。今日の予定や授業をすべて終えた俺は二人と合流し、一日の感想を述べていた。感想というか、ほぼ悲鳴のようなものだったけれど。


「だってさ、俺がまともに出来るのは数学だけだぜ? 化学は魔法化学とかいう得体の知れない物に変わってるし、歴史とか地理とか分かんねーよ。この世界に住んでなかったんだからさ!」

「分かった、分かったから少し落ち着きなさい」

「あははー!」


 イーストハルトは笑ってばかりだ。


「それで? 勉強会はどこでするんだ? やっぱりこう言うときは図書室か?」

「うーん、そう言えば場所は決めてなかったわね。図書室か。でも、たぶん無理ね。放課後は上級生達で溢れかえっているわ。それもスペードの人達がね」

「公共の場所はほぼ全滅してる。本腰を入れて勉強するなら、学園の外にいくか。自分達の部屋でってことになるねー」


 学園の外か。意外と面倒臭いな。


「でも、学園の外にいくのは面倒だよねー。だから、ラクドくんの部屋に行こうよ」

「は?」

「そうね、それが良いわ。移動時間を短縮できるし、自分の部屋ならラクドも落ち着けるでしょ?」

「落ち着けるわけねーだろ!? 気が休まらねーよ、女二人も連れ込んだら!」


 何を言い出すんだ、この二人は。


「だいたい、男子寮の部屋に女子が入っていいのかよ。たしか玄関までなら良いんだっけ? ほら、やっぱりダメじゃあないか。規則だの、校則だのが黙ってねーぞ」

「バレなきゃ何も言われないわ」

「そうそう。規則破って男の子の部屋に行くとか、スリルがあってわくわくする。私達、一度はこう言うことやってみたかったんだよねー。ほら、夜の学園に忍び込むみたいでさー」

「お宅ら本当に貴族の令嬢か?」


 令嬢という言葉の響きは、お淑やかで嫋やかな印象を覚えるけれど。たった今、この二人からそれを感じなくなった。この二人は決して大人しい娘じゃあない、かなりのお転婆で、じゃじゃ馬だ。

 好奇心旺盛というか、なんというかだ。そう言えばティフに限って言えば、俺をネクロマンサーだと見破ったその日のうちに声を掛けているんだよな。そう言う意味では、かなり行動力がある。その友人ともなれば、負けず劣らずだろう。


「ちょっとは身の危険を感じたらどうだ? 今から行こうとしている所は、他に誰もいない密室なんだぞ」

「その辺の心配はしてないわ。私達なら返り討ちに出来るもの」

「あぁ……そうか、そうだよな。スペードだもんな、二人とも」


 この危機感の無さはそれ故か。まぁ、たしかにクラブの俺がスペードの二人を相手にして何が出来ようかという話だ。実力的にも、数の上でも敵わない。特別なにか邪なことをしようとしていた訳じゃあないが、そう考えると一応は安全なのか。

 随分と不名誉な安全だが。


「分かったよ。観念しました。勉強を教えてくれるんだもんな、場所の提供ぐらいするよ。でも、くれぐれも他の生徒や先生に見付からないでくれよ? 後々、面倒なことになりそうだから」

「分かってるって、それじゃあレッツゴー!」


 意気揚々とピクニックにでも出掛けるように、二人は男子寮へと向かう。俺はその後ろ姿を見つめながら、重い足取りでそれを追いかけていった。

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