氷河期の食卓と、ふしぎなキャンディ
「……ごちそうさま」
カチャッとフォークを置く小さな音が、静かなダイニングに響きました。
街の警備隊長をしている夫のレオンは、立ち上がって無言のままコートを羽織ります。
「あなた、今日のお帰りは……」
「遅くなる。戸締まりをして、先に寝ていてくれ」
妻のエレナが最後まで言い終わる前に、レオンはそっけなく答え、足早に玄関を出て行ってしまいました。
バタン、と冷たいドアの音が残ります。
残されたエレナは、大きくため息をつきました。
(また、今日も目も合わせてくれなかった……)
結婚したばかりの頃は、あんなに優しくて、たくさんおしゃべりをしてくれたのに。
今の二人の間には、まるで氷河期のように冷たい空気が流れています。
毎日、家事と子育て、そして生活の足しにするための魔法薬作りの内職でクタクタなエレナ。
夫にはその苦労をわかってもらえず、会話すらない毎日に、エレナの頭には「離婚」という二文字が何度も浮かんでいました。
「ママ、パパもう行っちゃったの?」
パタパタと足音を立てて起きてきたのは、8歳になる娘のリリィです。
「ええ、お仕事に出かけたわよ」
エレナが無理をして笑顔を作ると、リリィは少しだけ悲しそうな顔をしました。
リリィは気づいていたのです。
最近、大好きなパパとママが、全然仲良しじゃないことに。
お昼休み。リリィはお小遣いを握りしめて、街の路地裏にある、ちょっと怪しい魔法の雑貨屋さんへと向かいました。
店内には、キラキラ光る石や、ピョンピョン跳ねるカエルのおもちゃなど、不思議なものがたくさん並んでいます。
「おじさん、これください!」
リリィがレジに持っていったのは、ピンクと水色のマーブル模様をした、まあるいキャンディでした。
包み紙には『ふたりで半分こ! なかよしになれる魔法のキャンディ』と書かれています。
(これを食べたら、きっとパパとママも、また仲良しになれるはず!)
リリィは嬉しそうにキャンディをポケットにしまいました。
そして、午後3時のおやつタイム。
「ママ! 今日は私のおごりだよ。いっしょにキャンディ食べよう!」
「あら、ありがとう。パパの分じゃなくていいの?」
「うん! まずはママといっしょに食べるの!」
リリィがキャンディをパチンと半分に割って、エレナに手渡しました。
「それじゃあ、いただきます」
パクッ。
口に入れた瞬間、イチゴのような甘い味と、サイダーのようなシュワシュワした泡が口の中いっぱいに広がりました。
「なんだか、ふしぎな味のキャンディね……あれ?」
その時です。
ポンッ!!!
突然、目の前が真っ白な煙に包まれました。
「けほっ、けほっ! 何、今の煙……リリィ、大丈夫?」
煙が晴れた後、エレナは目をパチパチさせました。
目の前には、自分と同じエプロンを着た「大人の女性」が座って、驚いた顔でこちらを見ています。
「えっ……? ママが、あっちにいる?」
エレナは慌てて自分の手を見下ろしました。
いつもは手荒れしているはずの指先が、白くて、プニプニしていて、とっても小さな「子どもの手」になっています。
「うそ……」
向かいに座っている「ママの姿をした誰か」が、口に手を当てて叫びました。
「ええええええ!? 私、ママになっちゃったの!?」
その声はまぎれもなく、8歳の娘、リリィの口調でした。
ふしぎなキャンディの力で、なんとママと娘の中身(魂)が、すっかり入れ替わってしまったのです!




