光の聖女と闇の貴族
祝勝会が終わり早一ヶ月。アザレアの願いに反して、王国に平穏は訪れてはいなかった。
主人を失ったことによる暴走か、魔物の被害が各地に広がっていた。
魔王がいた大森林でも魔物の動きが活発化し、アダムとアザレアの結婚式を行う暇もなく、アダム率いる王国軍は出陣を繰り返していた。
「アザレア、僕は前線の指揮に向かう。君は王都の神殿で負傷者の治療をしてくれ」
「……はい、アダム様。どうかお気をつけて」
前線に出たアダムは妙な感覚を覚えた。一個軍を相手にしているような緻密な統率力を魔物の群れが持っているのだ。
王都の現状を聞いて駆けつけたカステルも同じ感想を抱いていた。何か裏で糸引く者がいるかもしれない。嫌な予感はよく当たるカステルであった。
祝勝会から時が進むにつれて、リリアは出会った頃のように弱々しく、食事も喉を通らないようになっていた。
心配になったアザレアが声をかけようとした瞬間、「アザレア、あまり関わるな」と、父親であるウォルター公爵が冷淡に吐き捨てた。
公爵は、すぐ隣で顔を青ざめさせているリリアを、まるでそこに最初から存在していない者のように完全に無視している。カステルもまた、ウォルター公爵とリリアを恐れるように見ない振りをしていた。
誰も、リリアの異常な衰弱を見ようとしていない。
初めてアザレアはこの家族で囲む食事が喉を通らなかった。
アザレアの後ろ姿にカステルは熱を帯びたような目線を送りながら呟いた。
「アザレア……。何も知らなくていいんだ……。僕が絶対に守るから。」
どこか歪んだ誓いは夜風と共に誰の耳にも届くことなく夜の闇に溶けて消えた。
◇
数日後、規模の大きい襲撃の報がアダムのところに届いた。
それを聞いたアザレアは前線に出ることを望み、神官に治療を任せて前線へ急行した。
いつもより統率力の高い魔物の攻撃は王国軍の負傷者の数を着々と増やしていた。
アザレアが前線に着いたとき、魔物の影から一人の男が姿を表した。
ぼろぼろの黒いマントを羽織り、酷く落ち着いた、理知的な佇まいを見せる人の形をした狼の男――シルベスタ。そう名乗った彼は、ただ深く息を吐き、冷徹な視線をアザレアへと注いだ。
「やっと姿を見せたか。聖女アザレア」
「あなたは一体……。 あなたがこの襲撃を指揮しているの!?」
アダムが聖剣を構えて前に出る。シルベスタはその腰に下げた剣に手をかけてはいるが、戦う意志はあまり持っていないようで、アザレアを視界に捉え語りかけてくる。その声は重く低く、周囲に対して上から押しつぶすような圧を感じた。
「戦いたいのならばかなわないが、あいにくそこまで戦う気はない。俺はただ、そこの無垢な聖女に、この国の、その力の真実を教えに来ただけだ……」
「真実……?」
「黙れ、シルベスタ! それ以上喋るな!」
「邪魔をするなカステル。お前を忘れたことは一日たりともない。必ずこの手で地獄にたたき落としてやる。」
同行していたカステルがこれまでにないほど血相を変え、得意としている槍で攻撃を仕掛けようとする。しかし、シルベスタに命中したかと思われた攻撃は空を切っていた。
別の魔物の影から這い出てきたシルベスタはアザレアを見据え、言葉を続けた。
「無知な聖女よ。その人智を超えた力はある者から初代国王が借り受けた力の片側でしかないのだよ。力に目が眩んだ王は力を二つに分け、子孫へ託したのだが……その方の怒りを買ってしまってな。対の力は呪われた力として代々……そう、あなたの養家であるティンタジェル家が背負ってきたのだよ。」
「私の力は片側でしかない……?」
「人を超えた妖精の器を持つ、その二つの力の正統な継承者である我が主……」
「言わせるかァァッッ!!」
カステルの咆哮が響き渡った。怒りに任せて周囲の魔物を屠る凄まじい一撃がシルベスタ本体の胸元を深く切り裂き、その暴露を物理的に中断させた。
「グッ……!?愚かな……。カステルよ。俺の生涯、お前だけは許すことはない……」
シルベスタは傷口を押さえ、魔物の影へ溶けるように消えていった。
アザレアは激しく肩を上下させるカステルの背中を見つめていた。
それからというもの魔物は先ほどまでの統率を失い、押されていた王国軍は魔物を森へ追いやることにどうにか成功した。
聖女と対をなす力の存在、元気のない妹の顔が目に浮かぶ。
公爵家はなぜ聖女を探し、なぜ聖女であるアザレアを育て、なぜこれまでアザレアに公爵家が受け継いできた力の存在を隠してきたのか。あの優しいカステル兄さんやウォルター公爵の態度を思い返すと幼い頃から疑問に思うことはあったはずなのだ。
二つに分たれた力の正統な継承者であの狼魔族シルベスタの主人であり、公爵家の人間。そして魔王討伐の時のニコラスの言葉。
全てのパズルのパーツが埋まっていくと同時に、それを全て否定したいという考えがよぎる。
(私は道具でしかなかったの……?いつかこの力をリリアに継がせるために……)
血の気が引き、呼吸が浅く、膝が震えはじめた。
「アザレア?顔色が悪いぞ?」
「ぁ……アダム様……」
倒れそうなところをアダムに抱き止められた。声が震え、言葉を紡ぐことができない。
リリアが正統な継承者であるのならば自分は?リリアが得るはずだったこの聖女であり王妃である立場。これは長くは続かない偽りの幸せ……?
自分を抱き止めてくれたアダムの温もりは、今のアザレアにはとても痛く、あまりにも残酷で無意識のうちにカステルの方に手を伸ばした。
それに気が付いたのか、カステルは横に置いておいた武器へ手を伸ばし、武器の手入れを始めた。
先ほどから決してアザレアと目を合わせようとしないカステルの横顔は強張り、少女の推測を肯定するかのように隠し事の存在を雄弁に語っていた。
カステルはアザレアを真相から遠ざけようとしていた。どこかに消えて居なくなりそうなアザレアを見て、アダムはアザレアを逃すまいともう一度強く抱きしめた。
「だって……。本当に……?嘘だよね……?リリィ……」




