『あんなモーション知らんぞ!』
◁
「俺があいつの攻撃を決死の覚悟で受け止めてやるから、ラーザも攻勢に出ろ。 一撃なら死にはしねえだろ」
サラーマさんがスカした顔でそんな作戦を考案してきた。
確かに、メメジェットさんの推しへの狂愛でステータスが大幅に上がったラーザさんが攻撃に参加してくれれば、一気にこの状況を押し返せるかもしれない。
刺突攻撃は非常に強力だが、爪の攻撃ならラーザさんは受け流してそのまま懐に入り込めるだろう。 しかし間違いなくサラーマさんは耐えきれない。
サラーマさんのレベルはまだ十六だ。 このダンジョンでほとんど戦いに参加していなかったせいで経験値が全然割り振られなかったのだろう。 現在レベル十四の俺とのレベル差はほとんどない。
何度も言うが今のこの世界はゲームだった頃と勝手が違う可能性がある。 もしサラーマさんを犠牲にして勝利したとしても、生き返らせることができないかもしれない。
それは完全に放送事故である。
「サラーマさん、もしかしてあなた。 仲間の屍を超えて行け的なノリでカッコつけてます?」
「みなまで言うんじゃねえ。 この戦いにおいて一番役に立てなそうなのは俺だ。 だったらせめて、少しでも役に立たないとな」
「なんて美しくない作戦なのでしょう」
「そんなスプラッタな絵面映して視聴者減っちゃったらどうするんですか」
「作戦に美しいもクソもあるか! っつーかナイル、視聴者って言ったか? もしかして誰かがこの状況見てんのか?」
というわけでメメジェットさんと俺の一言でこの肉壁作戦は強制的に却下。
サラーマさんが意味深なこと言ってるがかまっている余裕はない。 今はシカトだシカト!
ラーザさんも必死に刺突攻撃を防ぎながら文句を言っている。 満場一致で却下である。
サラーマさんは苦虫を噛み潰したような顔をしているが、刺突攻撃はサラーマさんの絶妙なサポートがなければラーザさん一人じゃ防げないし、サラーマさん一人になったとしてもすぐに前線が崩壊して戦えなくなる。
俺のステータスがもう少し高くて、敏捷がもっと高ければ撹乱とかできたかもしれないのに。 こんなことならもっとレベルを上げていればよかった! なんて思ったが、
「……あ、レベル上げなくてもどうにかなるくさくね?」
「どうしたんだにゃ? ナイルくんなにか閃いたかにゃ?」
どうやら俺は、難しく考えすぎていたようだ。 俺には、俺にしかできない特権がある。
その特権は、俺が異世界転生作品で最も渇望していたチート能力。
無駄にスマートな作戦を立てて、かっこよく勝とうと謎の意地を張っていたせいで肝心なことを忘れていた。
「ふはは、俺は一人でこのゲームに挑んでいるわけではない!」
さて、ここからは頭の悪い作戦としゃれこもうではないか!
「視聴者の皆さん! 突然ですがこれからチャレンジ企画を開催します!」
「にゃにゃ? 突然何を言っているのにゃ?」
「おいおいまさか! いつの間にか混乱状態にでもなってたか?」
「黒湖さん? まさかのゴリ押し作戦ですか?」
俺が突然こんなことを言い出すものだから、サナさんやサラーマさんは戸惑っている。 それも当然、俺の狙いに気がついたのはこの中でメメジェットさんくらいしかいないのだから。
「名付けて下剋上チャレンジ! レベル十四の俺が、チートスキルを駆使してレベル六十のボスモンスター討伐に挑みます! 絶望的なレベル差を覆すには、視聴者の皆様の助けが必要になるわけでして、いまこの生配信をご覧の視聴者様全員のお力をお借りしたいのです!」
きちんと視聴者の皆さんに聞き取りやすいよう、ハキハキと元気のいい声で、ワントーン上げたよく通る声で企画を説明していく。
より面白みのある企画を提示して視聴者を増やし、今この生配信を見ている視聴者たちがこの企画を全国に拡散したくなるような絵面を作り出す。
「俺のチートスキルは同接数に応じてステータスがアップするというもの! 今の同接数は大人の四捨五入で約五万! あのボスを倒すためには、俺の適当な脳内計算に基づくと十万は必要です。 というわけで、これから無茶な特攻を仕掛けながら、視聴者の皆さんに楽しんでいただけるよう尽くしますので、乞うご期待!」
ニュースキャスターのようにハキハキと、見ててワクワクするよう堂々と、この世界で唯一生配信という特殊環境下にいる俺の特権を活用する。
突然一人で話し始めた俺を見て呆気にとられるサラーマさんたちだったが、俺はこの一か八かの賭けに全ベットで挑む。 よくよく考えれば強敵相手にノーリスクで挑むなど見ていて面白くもなんともない。
いままでこのイレギュラーな状況を前にして慎重になり過ぎていた。 要はビビったら負けなのだ
俺が好きな異世界作品は、そんなバカなと思うほど理不尽な力で敵を圧倒していくご都合設定のものが多かった。 だから俺が生きていくこの異世界も、チートな力をフル活用して暴力で解決するくらいが面白い!
「それでは参ります、動画が面白かったらすごいいね、チャンネル保存をよろしくお願いしまーーーす!」
◁
#拡散希望 #黒湖ナイル下剋上チャレンジ #みんなで黒湖ナイルを応援しよう #黒湖ナイル親衛隊緊急招集 #ヘリオポリス・インカーズ生配信 #異世界転移生配信 #ショタと行く異世界の旅 #視聴者の力でレインボースコーピオンを倒せ!
様々なハッシュタグのもとに、黒湖ナイルの下剋上チャレンジがSNS上に拡散されていく。 たまたまSNSを徘徊していた暇なユーザーたちが、面白半分で急上昇中のワードに興味を示し、軽い感覚でタップをしていく。
『出戻りしてきたどー』
『布教してきました! ナイルくんファイト!』
『ナイルくんがピンチと聞いて』
そして知れ渡っていくバカバカしい企画。 フルダイブゲームプレイ中に異世界転移してしまい、生配信が切れなくなってしまった一人のVtuberの奮闘劇。
これはまだ序章に過ぎない。 これからこの物語を共に応援し、共にこの異世界を冒険していく視聴者たちはうなぎ登りに増えていくのだから。
『初見です』
『異世界転移という話はガチ?』
『これってヤラセじゃない感じ?』
たとえ画面越しにしかメッセージが送れなかったとしても、視聴者たちがその配信を見ているという事実があるだけで、黒湖ナイルのステータスは上昇していく。
信者の声援、共にこの異世界冒険譚を疑似体験するだけで、確実にステータスを上昇させていく固有スキル。
ナイルが見ている景色を視聴者全員が共有することで生まれる一体感、共に冒険しているという高揚感。
わずかな思いが重なり続け、人間の本当の強さを異世界に知らしめていく。 支え合ってこそ人間の強さは本領を発揮するのだ。
この無謀にも思えるチャレンジすら、暴力で解決してしまうほどの力を!
「皆さんご視聴と、ご協力ありがとうございます! 思ったよりも強くなりすぎてしまいました、黒湖ナイルです。 これより俺の超本気、お見せしたいと思います」
◁
俺は今、圧倒的全能感に苛まれている。
「みるみるとステータスが上がっていく!」
同接数は見間違えるほどに上昇し、今や五万人いかないくらいだった同接数が十万を飛んで十三万。
「なんて無茶苦茶なの? レベル十四のくせに、今やステータスだけで見れば職業レベルオール六〇相当にまで上がってるなんて!」
逃げ腰だった立ち回りを封印し、ダメージ覚悟で前へ前へと進んでいく。 飛んでくる爪の攻撃は避けるのではなく剣で受け流し、懐に入っては渾身の一撃を加える。
俺の斬撃によって仰け反り続けるレインボースコーピオンは、いつの間にか広間の端の方へ追いやられていた。
「お前やっぱすげえぞナイル! そのまま押し切れ!」
「まさか、貴様の実力がここまでものすごかったとは……さすがは私が認めたライバル!」
刺突攻撃を受けながらも称賛を送ってくれるラーザさんとサラーマさん。 このまま押し切れば勝てるかもしれない。
もはやなぜレインボースコーピオンが異常なほどに強くなったかを考察する視聴者もいなくなり、コメント欄は一丸となって俺の背中を押してくれている。
『もっと早く! もっと……早く!』
『さすがナイル! おれたちにできないことを平然とやってのけるッ』
『そこにシビれる、あこがれるゥ!』
背中を押すと言うか茶々を入れると言うか……さておき。
「にゃにゃ! とうとう爪を破壊したにゃ!」
「嘘でしょ? 部位破壊なんてシステム、このゲームには無かったはずよ?」
爪の攻撃を剣で受け続けていたことで耐久値が下がったのだろう。 巨大なレインボースコーピオンの爪が砕け、甲高い悲鳴が広間内にこだまする。
すると、爪を破壊されて怒りだしたレインボースコーピオンが、回転しながら尾を鞭のようにしならせ、打ち付けてきた。
『あんなモーション知らんぞ!』
『何だ今の攻撃!』
『ここ異世界だから! ゲームじゃないから!』
まさかの行動に一瞬驚いてしまったせいで、もろに直撃して広間の端まで吹き飛ばされる。
壁に激突してしまい、衝撃で壁が崩壊。 背中には鈍い痛みが走った。
「大丈夫かナイル!」
「黒湖ナイル! 無事か!」
「大変だにゃ! ナイルくんやられたら勝てないにゃ!」
「治療します、援護を!」
黙々と上がる土煙のせいで視界が遮られ、ボーッとした頭に仲間たちの叫び声が響いてくる。 しかし意識はまだちゃんとあったため、立ち上がろうとするのだが異変に気がついた。
(これは、混乱状態になっちまったか)
俺に直撃したのは尾先についている針ではなく中心部の装甲だった。 だと言うのに尾で攻撃を受けた判定を喰らったのかなんだか知らないが、状態異常になっている。
なんでこういうどうでもいいところはゲームっぽいんだ。
感覚から察するに混乱、裂傷、劣化の三種類。 劣化状態だと全ステータスが三割低下する。
割と厄介なデバフだ。 更に厄介なのは裂傷と混乱のダブルパンチ。
立ち上がろうと足に力を入れた瞬間腕が変な動き方をしてしまった。 その瞬間、尾が直撃した側腹部に鈍痛が走り、HPが一割減る。
信者の声援のお陰で防御力が上昇していたからダメージ的にはHPの半分が削られた程度。 しかし裂傷によって動くたびにHPがどんどん削られれば、ゲームオーバー。
調子に乗ったツケが回ったか。 そんな事思いながらもなんとか立ち上がろうとするのだが、うまく体が動かない。
(右足のときは左腕、指先の感覚まで手にいってるな。 という事は左足だと右腕か? しくったな……また裂傷でダメージが)
どこを動かせばどう動くのかを検証したいが、それをしようとすると裂傷によるダメージが入る。 これでは満足に体を動かせない。
裂傷のダメージが後三回入ればおそらくHPが尽きてくたばる。 だというのに厄介なタイミングで土煙が晴れていく。
そして目に映るのは残酷すぎる光景。
「行かせるものか! っぐあぁぁぁ!」
「クソッ、これは……間に合わねぇ!」
俺がふっとばされた方に、全力でダッシュしてきたメメジェットさん。 それを阻止するため突進してくるレインボースコーピオン。
サラーマさんやラーザさんがそれをさせまいと攻撃を仕掛けたが、見たところ突進攻撃の判定だったのだろうか? レインボースコーピオンに触れた瞬間車に跳ねられたようにぶっ飛ばされている。
メメジェットさんはこっちに全速力で向かってきているせいか、背後から突進してくるレインボースコーピオンの反応に遅れた。
サナさんが最後の抵抗とばかりにサーベルキャットに救出させようとしたみたいだが、残っていたもう片方の爪攻撃の餌食になって失敗する。
『え? これは流石にやばくね?』
『ナイルくん動いて! メメジェット氏が死んじゃうよ!』
『いやいや無茶でしょ、ナイル氏は混乱と裂傷になってるんだから動けねえよ』
このままだとメメジェットさんが串刺しになるだろう。 刹那、レインボースコーピオンの尾先がメメジェットさんに向けられるのが見えた。
この場にいた全員が、この後起きるであろう光景を予期して、悔しげな表情で目をそらした。
……俺以外は、
「動けねぇとは……言ってねぇだろぉぉぉぉぉがぁぁぁぁぁ!」
ただの勘だった。
右足を動かそうとした時の感覚を頼りに、今まで他のゲームで培った混乱状態の感覚を頼りに、さっきまで二層でやっていた投擲技術を活かす。
確かに混乱状態は気持ち悪いから嫌いだ。
けれど、嫌いだけどまったく対応できないなんて一言も言っていない!
盛大に振りかぶった右腕を全力で振り抜き、装備していた鉄の剣を投擲した。 感覚的にサッカーのフリーキックみたいなもんだ。
メメジェットさんを狙っていたレインボースコーピオンの尾をめがけ、あのモンスターの最も厄介な部位に向け。 鉄の剣をぶん投げる。
投擲した鉄の剣はプロペラのように回転しながら、目標めがけて一直線に飛んでいく。
俺が投げた鉄の剣は、見事にレインボースコーピオンの尾を根本から切断した。
そして裂傷によるダメージが苦痛となって襲いかかる。 HPバーは一気に削れ、残りHPが一割を切った。
視界が真っ赤に染まる、側腹部には槍で串刺しにされたような激痛。
そうしていつの間にか、意識が地の底に引き寄せられるような感覚を感じ、視界が暗転した。




