『メメジェット氏のあの冷たい目つき、たまらんな』
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いざレインボースコーピオンとの決戦が始まった。 部屋に入ると同時にラーザさんとサラーマさんがレインボースコーピオンに突撃していく。
ボス部屋は学校の体育館くらい大きく、走り回るのには申し分ない。 レインボースコーピオンから大きく距離を取って後衛にメメジェットさんとサナさんが布陣する。
メメジェットさんは血まみれになっていたシーツを被り直しており、いつもどおりのシーツさんに戻っていた。 せっかく可愛いのにもったいないだなんて思ってないんだからね。
俺は前衛で、攻撃を引き付けるラーザさんやサラーマさんと連携しながら遊撃するのが仕事だ。 サナさんが召喚したサーベルキャットも同様。
とは言ったものの、いざ戦闘が始まってみればレインボースコーピオンの攻撃速度に度肝を抜かれてしまう。
「うわ、なんだありゃ! ラーザさんよくガードできますね!」
「私を甘く見るなよ黒湖ナイル、この程度ならまだ平気だ。 しかし妙だ、想定よりも威力が高いせいで力を分散できん!」
尾による刺突は弾丸並みの速度で飛んでくるため、正面であれを受けるのは相当な慣れが必要だろう。 間合いによっては俺ですら避けるのは難しいかもしれない。
刺突が直撃した床がいとも簡単に砕けている。 床はもちろん石より頑丈だ、まさか破壊できるとは思わなかった。
ゲームの中とは言っても、刺突攻撃は軌道が読みづらい上に俺は普通の人間だから銃弾を避けるほどの反射神経は持ち合わせていない。
ラーザさんはその点反射神経が化け物級に高いのだろう。 見事に刺突攻撃を盾で防いでいる。
防げてはいるのだが少々問題も発生している訳だが。
『ノックバックってことはラーザさんの防御力並に攻撃力があるってことだね』
『ラーザさんのステはメメジェット氏のお陰で化け物級だったよな』
『それでノックバックはちょっと異常なんじゃないか?』
一撃受けるたびに数歩のけぞってしまい、サラーマさんがサポートに入らないと攻撃を受けきれないのだ。 一番厄介な刺突攻撃を二人がかりで対応してくれているのは助かるが、そうなると他の攻撃の対応のために前衛に出ていたサラーマさんの手が回らなくなる。
なので、側面から奇襲を仕掛けようとした俺に爪の攻撃が飛んできてしまうのだ。
「っぶねぇ! って、左腕が動かなくなったが?」
「かすっちゃってるにゃ! 不全状態になったから傷周辺の筋肉が弛緩しちゃってるにゃ!」
「下がって下さい黒湖さん! 治療します!」
爪による攻撃ももちろん早い。 面倒なのは尾による攻撃と爪による攻撃が独立して動いていることだ。 爪は近づく敵を優先し、尾は正面の敵を優先して迎撃してくる。 おかげさまで一切近づけない。
爪の攻撃は不全という状態異常を確定付与してくるため、かすったのが腕でなくて足だったらぶっちゃけ詰んでいた。
死んだ場合ヘリポリなら教会で復活できるようだが、転生してリアルな世界として生きているここで、ゲーム感覚で死んでしまった場合生き返れるかは未だにわからない。
つまり、いつもの実況企画通り死んだら終わりだと思って行動したほうが安全だろう。
メメジェットさんに傷と状態異常を回復してもらいながら対抗策を考える。
「コメントだとここ難易度は中くらいって話しでしたよね? あいつめちゃくちゃ強えやん」
「確かに、本来ならあんな機敏な動きはしてこなかったはずですし、刺突攻撃さえタンクが引き付ければ側面から楽に攻撃できてました」
「その口ぶりですと、メメジェットさんって結構やり込んでたんですか?」
「ええ、ラーザ様をハイパーキャリーするという非常に効率の悪いプレースタイルでね」
「なるほど変態ですね」
「あなたほど変態ではありませんよ」
数分前の出来事を盛り返してくるメメジェットさん。 俺はバツが悪い顔で傷を癒やし、前線に戻る。
サナさんが召喚したサーベルキャットが左側面から奇襲、俺が右側面から奇襲、正面でラーザさんサラーマさん二人がかりの布陣でしばらく立ち回っているが、一向に解決策が浮かばない。
サナさんの狙撃でチクチク攻撃を与えているが、これでは討伐に何時間かかるかわからない。 勝ち筋はおれかサーベルキャットのどちらかが尾を切断して畳み掛ける。
メメジェットさんが言っていた通り本来ならその立ち回りで楽勝に勝てるはずだった。
なのに、視聴者たちの情報よりもレインボースコーピオンが強すぎる。
「なんなんだよマジで。 まあおれもこのゲームはじめたばっかりだし、単純に下手くそなだけか」
「いやいや、それはないですよ。 このダンジョンでの立ち回りを最初の方は見てましたし、サンドウルフ討伐の時も観察してましたが……黒湖さんは普通にトップランカー顔負けの立ち回りしてましたよ?」
「いいやぁ、それほどでもぉ」
「……その顔、なんかむかつきますね。 溺死です」
『メメジェット氏のあの冷たい目つき、たまらんな』
『おまわりさん呼んだほうがいい?』
『それにしてもあの強さは異常じゃないか?』
いつの間にか視聴者たちの中でメメジェットさん推しの人が増えているのは気にしないようにして、問題はレインボースコーピオンに隙を作らせる具体的な策が必要なことだ。
「ちなみにラーザさん! あいつのステ看破できますか?」
「レベル六十だ!」
「六十? めちゃめちゃ強えやん!」
「間違いないぞ! 二度確認したからな!」
ラーザさんは刺突の対応で手一杯のため早口に返事してくれる。 おかしい、俺達のレベルは平均で十五程度。 平均レベルから考えて四倍の数値。
このゲームはオープンワールドゲームという話だった。 攻略するダンジョンに決まった順序がないため、ダンジョンに入った際のレベルに応じて相手の強さも変動するはず。
しかし六十は流石に強すぎはしないか?
『考えられるのは転生者全体の平均レベ参照?』
『それはない、おそらくダンジョン入ったメンバーの数とステ参照』
『ちょっといい? 多分それだと一、二層目のモンスター弱すぎたから説明つかない』
『そもそもゲームだった時の設定を基準に考えないほうがいいんじゃない?』
『雑魚とボスでステ振り違うとか?』
『メメちゃんとナイルくんでステ盛りすぎたからじゃん?』
攻略班の皆さんが本気で考察し始めた。 おかげで俺も思考が回る。
「全員一旦間合いの外に! 攻撃範囲から離れたらメメジェットさんは狂愛を切って!」
狂愛とはメメジェットさんの固有スキル【推しへの狂愛】の略称だ。
「無茶言うんじゃねえ! 離れたとしても数秒しか持たねえぞ?」
「一瞬でいいっすよ、あいつの異常な強さはこっちが固有スキルでバフ盛りすぎてたからかもしれないんで、それを確かめたいだけっす!」
険しそうな顔をしながらも期を見て一気にバックステップするラーザさんとサラーマさん。 ラーザさんがメメジェットさんにアイコンタクトを送った瞬間、メメジェットさんが祈るように組み合わせていた両手を解く。
追撃してくるレインボースコーピオンからなおも距離を取りながらラーザさんは相手の様子をじっと伺うが……
「残念ながらハズレだ! 未だにレベルは六十、ステータスも変動がない!」
そう告げると同時にメメジェットさんが再度祈り始めた。 また刺突の嵐がラーザさんたちに降りかかる。
『まじかよ、ってことはやっぱ転生者のレベル参照?』
『ボスだけ強化されてるってのが引っかかる』
『何者かの陰謀説』
まずい、ガチで勝ち筋が見えない。 なにか尾か爪のどちらか一方だけでも食い止めることさえできればいいのだが、その具体案が浮かばない。
このままでは刺突を受け続けているラーザさんかサラーマさんのどちらかにボロが出てしまう可能性がある。 それ以外にも俺かサーベルキャットが倒されれば一気に体制が崩れるし。 現状誰一人として欠けるわけにはいかないが、みんな紙一重の攻防を強いられている。
このままでは、集中力が切れたら本気で終わる。
視聴者たちも今回ばかりはふざけ成分少なめでああでもないこうでもないと考察やら作戦考案やらを立ててくれているが、これだという策が出てこない。
おそらく全員、俺と同じように焦燥を感じているのだろう。 表情に余裕が一切なくなってきている。
おそらくそれが原因なのか、サラーマさんが腹をくくるように盛大なため息を付きながら声を上げた。
「しかたがねえ。 本当はこういうの嫌なんだが、俺に策がある」




