『ナイル氏が悪いんだよ』
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第二層の二部屋目に到着した。 相変わらずぶんぶんと耳障りな音を響かせながら頭上を右往左往するソナーバットとパライズビー。
隣で盾と剣を構えているラーザさんはガルルとモンスターたちを威嚇している。 騎士道精神だかなんだか知らないが、挑発スキルを使えば楽勝に終わるのに、それを使おうとはしない。
まあ、挑発スキルを使ってくれれば楽に立ち回れるのはラーザさんではなく俺だ。 彼女はそれが分かっているから意地でも使わないのだろう。
だが、俺はこれ以上一部屋の攻略に時間をかけるほどアホではない。 それに、さっきの部屋みたいにじれったい戦いをしてしまえば、視聴者さんたちのフラストレーションも溜まってしまう。
なので、俺は初期装備の傭兵の片手剣を逆手に握り、それをふりかぶりながら体重を乗せ、バランスを取るために動足を高々と掲げた。
野球の投球フォームのような俺の予備動作を横目に見たラーザさんは、あんぐりと口を開けながら固まった。
「お、おい黒湖ナイル! それは流石に無理があるんじゃないか?」
「やってみなきゃあわからんでしょう——がっ!」
近くを飛んでいたパライズビーめがけて傭兵の片手剣をぶん投げる。 さすがに鉄の剣は重いし刃渡りが結構長い。 それに、刃がかけたりしたら嫌だから少し軽く作られている傭兵の片手剣を投げた。
普通かなりの重量がある片手剣を投げナイフ感覚で投擲すのは困難だが、そこは信者の声援でステータスアップした俺ならどうとでもできる。 当たるまで何度も試行錯誤すれば最終的には上達するだろう。
俺の上達が先か、剣が壊れるのが先か。
ところがどっこい、投げた片手剣は奇跡的にパライズビーの腹部にぶっ刺さり、思わぬ攻撃に対応できなかったパライズビーがゆらゆらと落下してくる。 腹部には深々と傭兵の片手剣が刺さっていたため、すぐさまパライズビーの死体にダッシュして刺さっていた剣を引き抜く。
「オラオラー! じゃんじゃん行くぜぇ!」
「な、待て黒湖ナイル! 剣を投げるなど卑怯だぞ!」
「ハッハッハ! 卑怯上等ですよラーザさん! あなたに勝つためなら——ね!」
二投目はソナーバットの翼をかすめるだけだったが、片方の羽を切り裂かれたソナーバットはくるくると旋回しながら落ちてきた。 あの高さならジャンプすれば届くかもしれない。
「今この位置、このタイミング、この角度で! ドン、ピシャ!」
助走とともに高々と飛び上がって、バレーのスパイクよろしく叩き落とした。
『持ってこーい!』
『マイナステンポだw』
『早く剣を拾いにいけw』
叩き落としたソナーバットが地面で潰れて飛び散った。 すこしグロテスクな光景だったため、サナさんの顔がめちゃくちゃ引きつっていたのが視界の端に映ったが……
「おっしゃこれで二体目! 差がどんどん広がりますよ! ラーザさん!」
「ど、どうしようメメジェット! 私、剣なんて投げたことないのだぁ」
涙目であたふたし始めてしまうラーザさん。 助けを求められているメメジェットさんは、泡を食っているラーザさんを目にした瞬間、吐血したかのようにシーツを真っ赤に染めた。
「いいぞ黒湖さん、あなたは天才だ! その調子でラーザ様をもっと困らせろ! もっと涙目にさせて、あの尊いご尊顔を拝ませろぉぉぉぉぉ!」
「メメジェット? 貴様私を裏切るのか!」
ラーザさんはメメジェットさんにトドメを刺したかったのだろうか? メメジェットさんの肩をおさえてゆっさゆっさと揺らし始めた。
しかしメメジェットさんは目をハートマークに変え、綿が抜かれたぬいぐるみのようにふにゃふにゃになってしまっている。 もうやめてあげた方がいい、メメジェットさんのライフポイントはゼロだ。
『メメジェット氏、燃え尽きちまったみたいだw』
『ラーザ様の涙目が可愛いんだよ、困ったときにわなわなさせるあの口元が可愛いんだよ』
『ニキが急に語りだしたw』
そこから数秒も待たず、焦りに焦ったラーザさんは挑発スキルをとうとう使い出した。 しかしそれこそ俺の狙い。
不規則に頭上を飛んでいくモンスターにピンポイントで剣を投擲するのは少々難易度が高かったが、ラーザさんにたかっていく場合なら飛行の軌道は予測できる。
よって剣を投擲してから、バックにしまっていた鉄の剣を取り出して低空飛行していたモンスターをジャンプ斬り。
バッタバッタとモンスターを斬り伏せていく俺に対し、ラーザさんは、
「私が引き寄せたモンスターに攻撃しちゃダメなんだぞ! 団長に言いつけてやるんだからな!」
と、今日最大の涙目で野次を飛ばしてきた。 悔しいが子供みたいで可愛い。
この表情を目に焼き付けるや否や、コメント欄に出没するラーザさん信者の視聴者たちも最高に盛り上がり始め、
『ナイル神は最&高!』
『いいぞもっとやれ! そして気絶してるメメジェット氏はドンマイ!』
『血も涙もないやつだ、だがそれがいい!』
という称賛の嵐だった。 今はもう幸せそうに気絶しているメメジェットさんにも、あの顔を見せてあげたかった。
結局のところ、俺はこの部屋だけでラーザさんに圧倒的な差をつけてリードをしてしまった。 そして、戦いが終わった瞬間泣きべそかきながらおれの背中をポコポコ叩いてくるラーザさん。
「ひどいぞ、こんなのあんまりだ! でも勘違いするなよ! これは三回勝負だから、次のダンジョンに行くまで勝敗はわかんないんだからな!」
「うわ、まさかとは思ったけどこの人ほんとに三回勝負とか言い出したよw 勝負する前に後からそういうルール付け足すの無しにして下さいって言ったんですけど?」
「うるさいうるさーい! このダンジョンはパラディンの私とは相性が悪いんだもん! 三回勝負じゃないと負けを認めないんだもん!」
なるほど、この大部屋を攻略した際のご褒美はこれだったか。 凛々しい見た目に似合わず脳内は幼児だったらしい。
だが、それがいい。
「あーあ、やっぱりめんどうなことになったな」
「ラーザさん、喧嘩売る相手間違えてるにゃ」
「ナイルのやつは動きからして只者じゃねーからな」
ラーザさんにポコポコされている風景を遠目に見ながらメメジェットさんの鼻血を処置し始めているサラーマさんたち。 メメジェットさんは幸せそうな顔をあらわにして横たわっており……って、え?
「メメジェットさんのシーツが!」倒れた彼女の隣できれいに畳まれていた。
「こいつ急に気絶しちまってよ。 たぶんソナーバットの超音波で混乱して、自滅したんだろうな」
「鼻血やばかったから処置してあげてたにゃ。 そんなわけで、申し訳ないけどナイルくんが何体討伐したかとか数えてなかったにゃ」
「ああわりぃラーザ。 俺も数えてなかったわ」
おいおい貴様ら、そんなこと言ったらラーザさんはまた調子に乗ってしまうではないか。 そう思いながらラーザさんを横目に伺うと、案の定心から嬉しそうな顔で瞳をキラキラさせていた。
「ふはは、数えていなかったのなら仕方がないな! この部屋での戦いは無かったことになってしまう。 しょうがないから今のは練習ってことにして、本番は次の部屋だ!」
さっきまでの泣きべそはどこへやら、ぬふふん♪ とでも言いそうな笑顔でそんなことを言っている。
「まあ、どちらにせよ勝つのは俺ですから、心の広い俺はその提案を飲んであげましょうか」
「き、貴様! 一度勝ったからって調子に乗りおって! 今に見ていろよ!」
「おんや〜? その口ぶりだと、さっきは俺に負けたのを認めてたんですね〜」
「なっ、違っ、おまっ……ぐぬぬぬぬ! これで勝ったと思うでないぞぉぉぉ!」
俺の煽りに言い返せなくなり、伝説の名言(に似たセリフ)を言い捨て、腕で涙を拭いながら次の大部屋へ駆け出してしまったラーザさん。 え、ナニコレ可愛い。
『ナイル氏が悪いんだよ』
『ナイル氏は悪くないよ』
『ナイル氏のこと悪く言うのやめてください』
ここぞとばかりに反応するコメント欄のシンクロ率を横目に、俺は思わず腹筋を崩壊させてしまった。




