第四話 衝立の中の女
今は昔
男がいました。男はある国の領主でした。
あるとき、美しい女の描かれた衝立が彼のもとに献上されました。彼はその衝立が気に入り、暇があればあきもせず、眺めているのでした。
それから、しばらくした、夜のことです。彼が寝入っていると、女があらわれ、できる限りのみだらな行為をして去っていくのでした。そして、それは何日も続くのでした。その女は衝立の中の女によくにていました。
彼は衝立の前で語りかけます。
「いつも、私のもとにくるのはお前なのか」
衝立の中の女は何も答えません。
領主は、日に日にやつれていきました。
心配した、家臣たちは高僧を招くことにしました。
領主から話をきいた高僧は衝立を眺めてみましたが、別に変わったところもなく、ただの衝立にみえました。ですが、領主のやつれ方はただごとではないと思いました。そこで、高僧は領主が寝ているそばで寝ずの番をすることにしました。
領主が眠ってしまうと何かの気配がしましたが姿は見えません。ただ、沈丁花の香りがしました。領主はというと、幸せな顔をして寝ているのです。
高僧は沈丁花の香りを追っていきました。そこは領主の妻たちの局どころでした。領主は身分上、政略により、何人かの妻を娶っていました。
高僧は局どころに入るわけにはいかないので、領主にその旨をつげました。
領主は訝しみました。沈丁花の香りといえば、正室のものと思い当たりましたが、彼女は慎み深く、あのときでさえ、声を殺しているような女だったからです。
領主は正室を領主の私室に呼び出しました。しばらく、正室の元には足が遠のいていた領主は久々にみた正室に息をのみました。
この女はこんなに美しい女だったろうか。それになんだかあの衝立の中の女に似ているような気もする。
「そなた、私に隠していることはないか」
正室はうろたえました。ですが、領主の眼差しにみつめられ、隠しておけないと悟りました。
「も、申し訳ありません。私・・・夢の中で・・・その・・・貴方様にみだらなことを・・・」
「夢ではない。夜毎、私のもとに来ていたのはそなただったのだな」
「そ・・そんな・・・まさか・・」
「どうやら、私は思い違いをしていたようだ。そなたを美しいだけのつまらない女だと」
そこへ、高僧が口をはさみました。
「おそらく、領主様のもとに参っていたのは、正室様の生き霊でしょう。思いが強いとそのようなことがあるのです」
「ははは・・」
領主は笑いました。
「これからは生き霊になどならずともよい。現身で私に会いにくるがよい。いや、私がそなたのもとにいこう」
高僧はやれやれとためいきをつきました。
それから、領主は正室を深く寵愛し、仲睦まじくくらしていきました。
高僧が領主たちに労われながら、帰ろうとすると例の衝立の女が目にはいりました。
「やれやれ、お前さんも濡れ衣を着せられて災難だったな」
高僧はそう呟いて、帰っていきました。
あとに残された衝立の中の中の女が微笑んだのを、誰も気づきませんでした。
この話はここでおわりですが、また、別の話が続きます。
衝立の中の女を追い出してください。追い出してくれたら、私が捕まえてみせます。という話も入れたかったのですが、断念しました。
次回は仮面の姫です。