第93話 勇者と魔王 ーヴィダルー
「貴様の正体を知りたい所ではあるが……生憎私は忙しいのでな。早々にケリを着けさせて貰う」
レオンハルトが聖剣フレイブランドを構える。その姿からは圧倒的なまでのレベル差を感じる。
デモニカにも引けを取らぬほどのプレッシャー……ヤツが勇者というのは本当らしいな。技も特性も未知数。俺1人では到底勝てぬだろう。
だが。歴戦の戦士だからこそ弱点は、ある。
周囲に意識を向ける。
狭い通路、囚人達。レオンハルトの後方には部下が数人……ここでヤツが放つとすれば、この状況を利用した中範囲攻撃技。
そして、ヤツがここにいる兵力を「失いたくない」と考えているのならば……。
瞳をレオンハルトの後方へと向ける。
「精神拘束」
瞳から伸びた光の鎖がレオンハルトへと走っていく。
「その鎖ごと焼き尽くしてやろう!」
炎の剣を大地へと振り下ろし、技名を叫んだ。
「獄炎斬撃破!」
石造りの通路を焼き尽くすかの如く、その炎の刃が放たれる。
「歴戦の戦士ほど合理的な戦闘判断を下す。だが、それは行動が読みやすいという弱点でもある」
片手を伸ばし放った鎖を操り、ヤツの横をすり抜けさせ、部下達を貫いた。
「ぐ、うぅぅ……」
「な、なんだ……頭が……」
「兵士達よ。レオンハルトから俺を守れ」
命令を告げる光が輝いた直後、男が炎の斬撃へと駆け出し、身を盾に斬撃を受け止めた。
「あ、あ"あ"ああああ!!」
焼き尽くされる絶叫と共に、男の体が消し炭となる。
「……舐めたマネをしてくれるな」
ヤツの顔に怒りが浮かんだ直後。
「レオンハルトさまぁぁぁぁ!!」
兵士達が一斉に主人へと攻撃を開始する。
「……くっ!?」
「申し訳ありません! 私の意思ではありません! どうかお許しをぉぉ!!」
その意思に反して兵士達が剣を振り回す。
フレイブランドで攻撃をいなしながらレオンハルトが俺を睨み付けた。
「貴様ぁ!!」
……これで隙は作り出せた。
レオンハルトが部下の攻撃を防いでいる間に出口へと走る。
階段を駆け上り、擬態魔法のかけられた壁を通り抜け、地下施設から脱出した。
ヤツの狙いは兵力の増強。ここで行われていることはヒューメニア内でも極秘事項のはず。そう簡単にこの人体改造を行う部下を殺すことなど……。
「獄炎斬撃破!」
技名が聞こえた瞬間その場から飛び退く。大地を転げながらなんとか体勢を立て直した。
「これは……勇者殿が仲間殺しの業を背負うとは」
「貴様の術にかかるような脆弱な者など私の部下ではない」
レオンハルトが眉間にシワを寄せる。
「私の計画に水を差した者は万死に値する。勇者の名において貴様は——」
突如、ヤツの言葉を遮るように女が大地へと着地する。
「我が部下をどうするというのだ?」
長い髪を揺らした彼女は、俺を庇うようにその黒い翼を広げた。
我が主、魔王デモニカが。
「デモニカ? なぜこんな所に?」
「其方の単独潜入を許可した後、海竜人ブランドールから使い魔があったのだ。『メリーコーブが落ちた』と」
メリーコーブが? あそこには他の密偵も忍ばせていたはず……ヒューメニアに殺されたのか。
デモニカがその手に青い火を灯す。
「そして、それを指揮していたのがレオンハルト・ベリル・アドラー……貴様だと知った。道連れにしたつもりだったのだが?」
デモニカの顔……それはバイス王国へと攻め入った時と同じ表情をしていた。憎しみに満ちた顔を。
レオンハルトは己に向けられた憎悪に気付き、彼女の顔を見つめた。
「ふふ。俺がこの世界へと転生した限り、貴様も必ず蘇ると思っていたぞ」
レオンハルトがフレイブランドを構える。
「だがその姿……魔王を名乗るとはな。女神エスタは魔神に取り込まれ魂まで穢れたようだ」
「己が欲望に取り憑かれた貴様に言われる筋合いは無い」
女神エスタ……? その名は……。
「ヴィダル。事情は後で話そう。ここは一旦引くぞ」
「……分かった」
デモニカは俺の手を取ると、レオンハルトへと魔法を放つ。
「地獄炎」
放たれた青い炎が真っ直ぐにレオンハルトへと向かう。
「お得意の炎魔法に禍々しいオーラ。私の知っている頃とは威力は段違いだな。しかし……無駄だ」
地獄火がレオンハルトを捉えた瞬間、ヤツが聖剣を炎へと向ける。
「食え。フレイブランド」
聖剣フレイブランドがデモニカの炎を吸収し、その刀身が纏う炎が青くなった。
「デモニカの炎を吸収するだと?」
その光景を見ただけで理解する。
あのレオンハルトという男……この世界で唯一魔王デモニカの対となる存在だと。
「移動魔法を発動するぞ」
デモニカにより発動された移動魔法が視界を目まぐるしく変化させていく。
横目で見たデモニカは冷静な顔で一点を見つめる。その表情から心中を察することはできない。
しかし……。
ほんの一瞬だが、その手に力が込められた気がした。
◇◇◇
デモニカの移動魔法によって古代遺跡、魔王の間へと転移する。
先ほどまでの緊張感は拭い去られ、静寂だけが空間を支配した。
「聞いてもいいか? あの男とデモニカの関係を。それにあの男が呼んだ女神エスタ……それは『エリュシア・サーガ』で語られる伝説の『創世の神』の名だ」
「……」
デモニカがその緋色の瞳を俺へと向ける。漆黒の中に輝く2つの光。それは俺の知る絶対たる王者の眼光ではなく、憂いを帯びたものに感じた。
「許せ。我に絶対の忠誠を誓ってくれた其方に対し、最後の一線を引いてしまっていたのかもしれぬ」
「……今話してくれるのならそれでいい」
「其方に、伝えよう。我が何者で何があったのかを」
デモニカはその両眼を閉じ、ゆっくりと話し始めた。





