第94話 魔王の記憶 ー女神エスター
——あれは、数百年前。
「エスタ様? エスタ様!?」
「ん? あ、あぁすまない。少し考えごとをしていた」
「もう! せっかく我がエルフェリアの大発見をお伝えしておりましたのに!」
「すまぬ。私も民を束ねることに苦心しているのでな」
「我が国エルフェリアも、ハーピオンも、メリーコーブも全てエスタ様がお作りになったもの……エスタ様のお言葉を聞かぬ者など不届き千万です!」
原初に生み出したエルフ、セレスティアは顔を真っ赤にさせながら地団駄を踏んだ。初めて作ったエルフだったからなのか、彼女は背が低く、齢300歳にして今だに人間の子供と見分けが付かない。
そんな彼女が怒る姿はなんとも愛らしいく見える。
……当人は本気で怒っているとは思うのだが。
「そこは皆意思を持って生きているわけであるし、私はそこまで強制するつもりは……」
「いいえ! その者達は母なるエスタ様に甘えているのです。創造主たるエスタ様に逆らうなどと……」
「そ、そう怒るでない。それで、話の内容はなんだったかな?」
「大発見」の話をふると、セレスティアは誇らしげに語り出した。
「そうそう! ついに多元世界を発見したのです! それは混沌世界の奥の奥……召喚魔法混沌の使者の眠る先に存在していました!」
「多元世界? なんだそれは?」
「エスタ様が作られたこの世界とは異なる世界……つまり『異世界』です。そこにはエスタ様が最初に作られたヒューメニアの民、人間と同じ姿の人々が暮らしていたのです!」
「他の世界にも人がいるのか」
「そう! 我々は孤独では無かったのです!」
嬉しそうに語るセレスティアは急に何かを思い出したかのようにカバンを漁り出した。
「それでですね〜今、その異世界への交信方法を模索中なのです! 恐らく混沌世界から異世界へと繋ぐには強い想像力が必要なんです! この前の実験でこの世界のイメージを異世界人に送り込むことに成功しまして……」
これは……長くなるぞ。前回混沌世界について語った時は日が暮れるまで話続けたしな……。
「も、もうよい」
「え〜!? まだお話したいことが山ほどありますのに〜」
「何が其方をそこまで駆り立てるのだ……」
「それはもちろん! 異世界人を招いてエスタ様のお友達となってもらう為ですよ!」
「はぁ? 友だと?」
「だって、エスタ様にとって私達は子供や弟や妹のようなもの。お友達にはなれないのです」
セレスティアが悲しそうな顔をする。
むむ。確かに……この子達に接するとき、私は我が子や家族と思って接していた。この子なりに私を心配してくれていたという訳か。
「すまなかったな。其方の心遣い、嬉しく思う」
「本当ですか!?」
セレスティアがパッと顔を明るくさせ、その尖った耳が赤くなる。
「それじゃ楽しみにしてて下さい! 私達エルフは皆エスタ様のことを想っていますから!」
セレスティアは頭を下げると勢いよく扉から出て行った。
「ふふ。初めの頃は長寿のエルフ達をまとめることに随分苦労していたが、上手くやっているようだな」
私がこの世界を創造し、最初に作り上げたのが私の姿を模した人間。その後、様々な生物を生み出しながら、その進化の先にあたる海竜人やハーピー、獣人を作り出した。それに伴い各種族の住まう場所……国を建てた。
なぜか私が望まぬ魔物も生まれはしたが、皆上手くやっているな。
不満を持つ者もいるが……。
「王! ヒューメニア王!」
突然、レオンハルトが王座の間に飛び込んで来た。
「やめぬかレオンハルト。私をヒューメニア王と呼ぶのは」
「神であろうと王は王です。それよりも……」
レオンハルトが眉間に皺を寄せる。
「ハーピオンとメリーコーブの争いへ介入したのは本当ですか?」
ハーピーの国ハーピオンと海竜人の国メリーコーブは近年ぶつかり合うことが多い。どちらも誇り高い者達……引けぬ一線はあるのだろう。
「ああそのことか。あのまま行けば多くの血が流れる所であったからな。私の名において協議の場を設けた」
「……神である前に我が国の王なのですよ? その自覚を持って頂きたい!」
「何を怒っているのだ? 争いなど起こらぬ方が良いではないか」
「私が言っているのはその方法です。ヒューメニアとして取り持っての調停ならまだしも、御身の名を使うなど……周辺諸国に我が国の統治力を見せ付けるべきでしょう!」
「……前にも言ったであろう? 其方達人間とこの国ヒューメニアは最初に作ったものではあるが、他の民達と優劣は無い。国を分けたのはあくまで諍を防ぐ為であるぞ」
「……ですが、納得がいきません! 我らは神と同じ姿で生まれました。それが……鳥や竜などと同じとは……私達の尊厳はどうお考えなのですか!?」
「う、ううん……」
私にとっては皆同様に愛しい子達なのだが……レオンハルトはどうも特別でありたがる。幼き頃は私を家族のように慕ってくれていたのだが、年々この子の想いは強くなって来ている。
戦士としての才に恵まれ、政治にも通じている。だからこそいずれ王座を譲ろうと思っているのだが、このままではな……。
その時。王座の間へ移動魔法の魔法陣が浮かび上がった。
「客か。この話はまた今度にせぬか?」
「……もういいです」
レオンハルトは、唇を噛み締めると出て行ってしまった。
「あ、おい!」
呼び止めようとした時、魔法陣からハーピオンの長、ライズロットが現れる。
「エスタさま〜。暴れていたダロスレヴォルフなのですが手懐けたので討伐しなくていいですか?」
ボロボロの姿のライズロットが。
「其方……また討伐しなかったのか?」
「だって、可哀想だったのですよ〜ってあれ? お顔が優れないですね。どうかされたのですか?」
「いや、なんでもない……」
……。
その日々は、問題はありながらも我にとって幸せなものであった。
しかし。あの日、その全てが裏切られた。
魔神竜が現れ、討伐に向かったあの日に。





