第75話 ホークウッド村のバジンガル ーヴィダルー
魔神竜を倒してから数日後。
——魔王国。王宮。
部屋で書類に目を通していると、戸を叩く音がした。
「誰だ?」
「ヴィダル様。入ってもよろしいかな?」
元バイス王国主席顧問のエルドリッジの声がした。入室を許可すると、書類を携えた老人が顔を覗かせた。
「ヴィダル様のご指示通り、民への税を落とし、代わりに経済活動への税を新たに導入致しました」
「民の反応は?」
「直接摂取されていた税が減ったことにより、皆喜んでおります」
「そうか」
総合的な税率は以前とさほど変わらぬのだがな。やはり直接接収が与える重圧は大きいようだ。
「いや、その手腕に感服致しました。税収はむしろ上がるほど。しかし、明らかに国の雰囲気は明るくなっております」
「世辞は良い。デモニカ様への支持は?」
「頑なであった民も心を開いて来ております。私自身も驚いております。敵であった私を取り立てて下さるとは」
「有能な者を使うというのは俺の主義だ。デモニカ様も賛同下さっている」
「では、ヴィダル様に感謝ですな。このご恩、必ずや働きにてお返し致します」
「それでいい。ギビングはどうだ?」
「ナルガイン様の部隊で活躍を見せております。彼も使命感の強い男。アルトより民を託されたと全力を尽くしております」
「そうか」
作戦立案ができる者が加わったことでナルガインの部隊は広範囲での独自行動ができるようになった。これで複数箇所での動きもやりやすくなったな。
エルドリッジが書類へ目を通す。
「ところで、我が国の歴史学者と密偵に調べさせておりました残りの聖剣……神殺しの武器について新たな情報がございました」
「どのような情報だ?」
「大剣グラムが安置された場所です」
聖大剣グラム……聖剣シリーズの中でも最大威力を誇る一振り。レオリアの持つクラウソラスのスペックを考えれば、一振りで中規模部隊なら壊滅させられる威力を持つだろう。
「場所は?」
「ホークウッド村です。何でもあそこのバードマンの一族は剣の守り手だとか」
「守り手? 何か伝説でもあるのか?」
「数百年前の大剣グラムの使い手はハーピーだったとのこと。彼女は仲間と共に聖剣の力で魔神竜を封じた後、その供養と称して村を作った。そして、そこに守り手のバードマン達を住まわせたと」
供養……か。まさか魔神竜の供養という訳でもないだろう。何かありそうだな。
「分かった。俺はレオリアと共に村へと向かう。留守中の雑務は頼むぞ」
「承知致しました」
エルドリッジを残し、扉に手をかける。
「ヴィダル様」
「何だ?」
「私は……初めて人として、誰かに必要とされた気が致しました。侵略を受けた身であるはずですのに、不思議な感覚が致します」
「……俺達は力で全てを捩じ伏せた。お前達の道理もな。だから感謝などいらん。必要な者は必要。俺達の民は守らねばならん。それだけだ」
扉を閉めた後、中からエルドリッジの独り言が聞こえた。
「不思議なお方達だ。本当に……」
◇◇◇
レオリアと2人ホークウッド村へと向かう。
途中、ホークウッドの近くを通るという馬車に乗せて貰うよう頼んだ。馬車の荷台には他にも数人の旅人が乗車していた。
「ホークウッドってヴィダル知ってる?」
「俺が知っているのは場所だけだ。確か渓谷近くの地名だったはず」
俺の知っているのは過去に起きた魔神竜出現までの時代。その先の未来がこの異世界ということになる。ホークウッドは魔神竜が封印された後にできた村……俺が知らないのも当然か。
「ヴィダルが知らないなんてよっぽどヘンピな所なんだねぇ」
「こら! ヘンピとは何だ!? ヘンピとは!」
突然、荷台に乗っていた壮年のバードマンが声を上げた。
「なんだ? ホークウッドの者か?」
「ああ! ワシはバジンガル。ホークウッドの出身の商人だよ」
「商人? その割に馬車も何もないが?」
「う、うるさいな! ワシはホークウッドで作られる品を売って旅しとるのだ! 馬車などいらん!」
「ふぅん。ホークウッドの名産って何なのおじさん?」
「おや、お嬢さんは興味がおありかな。これさ」
バジンガルは背負っていた川袋から小さなナイフを取り出した。
「ホークウッドの者は皆鍛治に長けているんだ。だから料理包丁からナイフまで、実用的な刃物を作っているのさ」
「実用的な刃物か。武器類は作らないのか?」
「作らん」
「なぜだ?」
「我が村の言い伝えでな。武器を作ることは禁じられている。何でも村の創設者のハーピーは人を殺めたことを随分悔やんだそうでな。それが発端だと言う」
言い伝え? 聖大剣グラムと関係がありそうだな。
「まぁ良い。お主らはホークウッドに用か?」
「調べたいことがあってな。村に向かっていた途中だ」
「なら、ワシの家に来ると良い。孫達も喜ぶだろうからな!」
バジンガルが豪快に笑う。
「いや、俺達は別に……」
「このペースならホークウッドに着くのは明日の夕方。泊まる所はどうするのだ? 我が家は狭いが皆親切! がはははは! 息子の嫁なんて器量が良くてな。村1番の美人と名高く……」
このままいくと延々と家族の自慢をされそうだな……。
「分かった。一晩だけやっかいにならせて貰う」
「おお! ぜひぜひそうしてくれ!」
喜ぶバジンガルを見てレオリアが耳打ちしてくる。
「良かったのヴィダル?」
「まぁいい。聖大剣についても話が聞けるかもしれないしな」
「何をコソコソ話をしておる! 孫達はもう可愛くてなぁ〜! 三ヶ月ぶりの再会なのだ! 皆ワシの帰りを楽しみにらしておるぞ〜!」
結局、バジンガルの家族自慢はその日1日続いた。





