第175話 『 彼の誕生日プレゼント 』
【 sideアリシア 】
―― 5 ――
――昼食後。
「いやぁ。わざわざ車まで出してもらって、本当に申し訳ないです」
「いいのよ。私がしたくてやってることだし。気にしないで」
午後はスーパーへ、今晩の献立の食材を買いに行く予定だったのだが、みつ姉が「一緒に行くわ」と車を出してくれたのだ。
みつ姉の提案に甘えて少し離れたスーパーに赴けば、アリシアはカゴを持ってみつ姉と共に買い物の最中だった。
「みつ姉さん、夕飯も食べていきますか?」
「えぇ。お昼もお邪魔しちゃったのに、夕飯までご馳走されちゃっていいの?」
少しだけ引け目を感じているみつ姉に、アリシアはゆるゆると首を振った。
「お昼はみつ姉さんが持ってきてくれたおかずが殆どでしたから。代わりに夕飯、ごちそうしますよ」
「あら嬉しい。それなら、お言葉に甘えようかしら。ちなみに、今日の夕飯の予定は?」
うーん、とアリシアは暫く考えて、
「それなら、今日はお鍋にしましょう。丁度、このスーパーは今日、お肉が安いですし、お野菜はゲンさんからお裾分けしてもらった大根や白菜があるので」
「ゲンさん……アーちゃんにメロメロねぇ」
「あはは。ソウタさんは食費が浮くからラッキーって言ってますけどね」
宮地家の坂の下に八百屋。そこを営むゲンさんは、顔を合わせると時々野菜をくれるのだ。いつも貰い過ぎだから、と遠慮しても「美味しい野菜食って元気な笑顔見せてくれ!」と強引に渡されてしまうのだ。ソウタの言う通り家系的には助かるが、いつかアリシアなりに恩を返したいと思っている。
そんな事を思いながら、アリシアはみつ姉に今日の夕飯について確認する。
「みつ姉さんは、お鍋で問題ありませんか?」
「いいわよ。むしろ夕飯ご馳走なるのに文句なんて言えないわよ」
「最近は少しずつですが献立のレパートリーも増やせているので、意見があれば作れると思いますよ」
「……いいカノジョ捕まえたわね、ソウちゃん」
と感慨深そうに吐息するみつ姉に、アリシアはいえ、と首を横に振った。
「料理が出来るようになった、と言っても、その殆どがソウタさん直伝なので。そういう意味では私のほうこそ、素晴らしい恋人と出会うことができました」
「素晴らしいって、大袈裟よ。確かにソウちゃん、大抵のことはこなせる天才気質の子だけど、その反面なまけ者よ。今はアーちゃんと暮らしてるから真面目にやってるけど、一人で住んでた時期は酷かったんだから。掃除はしない。ご飯は適当。お昼まで寝てる……控えめに言ってダメ人間だったわ」
それは祖父が他界したことも大きく関わっているからだろうが、ソウタのダメな点を列挙したみつ姉にアリシアは苦笑をこぼす。
「でも、私と過ごし始めてからのソウタさんは頑張ってくれていましたから」
料理ができない自分に料理を教えてくれて、掃除や勉強――ソウタはアリシアになんでも教えてくれて、見本として立ってくれていた。
その恩は一生のものであり、大切な思い出だ。
ソウタへの感謝の気持ちを吐露すれば、弟を溺愛する心配性な姉は嬉しさ半分、褒めちぎられて恥ずかしさ半分といった顔をした。
「こんなに溺愛されている私の弟が羨ましいわ」
「みつ姉さんも大好きですよ」
「ああやだッ! 本当に力づくで私の妹にしちゃいたくなる⁉」
何かが我慢しきれず爆発したように、みつ姉は周囲の視線も気に留めずに抱きついてきた。カゴの中身が揺れるほどには抱きしめられて、アリシアは「うわっぷ」と呻き声をもらず。
ソウタといい、みつ姉といい、この姉弟は感情が昂るとアリシアを抱擁する。ソウタはウミワタリの一日目、神輿担ぎで人目も憚らず抱きしめたし、みつ姉に限っては所構わず抱きしめてくる。
嬉しいかそうではないかと言われれば当然前者だが、できればもう少し人目を気にしてほしい所だ。
「嬉しいのは分かりましたから、一旦離れてください。ここ、スーパーです」
「こんな可愛い子を抱きしめられる姉としての特権を魅せつけられる絶好の場所じゃない」
「時と場所を選びましょうよ⁉」
むしろ周囲に魅せつけがあるみつ姉をどうにか引き剥せば、アリシアは少し荒くなった息継ぎをして、
「みつ姉さん。暫く、私に抱きつくの禁止です」
「えぇー。それじゃあ日々の仕事の疲れをどうやって解消しろって言うのよ」
「ハルヒコさんに甘えればいいじゃないですか。恋人なんですから」
「流石に大人ともなると相手に甘えるのに勇気がいるのよねぇ。私たちはアーちゃんとソウちゃんみたくスキンシップ多い方じゃないから」
「うぐっ」
ふふ、と邪な笑みを浮かべるみつ姉に、アリシアは恥ずかしさで顔を朱に染めた。
自分たちのスキンシップが多いことは、なんとなく勘付いていた。アリシアが寂しい、と言えばソウタが全力で抱擁してくれるし、口づけする回数もここ数週間は以前の倍以上に増えた。それに、先週は一緒の布団でも寝た。
恋人であれば普通だとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。
「ま、いいんじゃないかしら。ソウちゃんが誰かに甘えるなんてアリシア以外には絶対ないし、むしろ私としては、アーちゃんにはソウちゃんを骨抜きにするまで甘えさせてあげてほしいわ」
それは、みつ姉――姉としての懇願も込められているのだろう。
アリシアはこくりと頷くと、
「私も、みつ姉さんと同じくらい、ソウタさんを甘えさせたいと思います」
「私はべつに、あの子を甘えさせた覚えはないんだけど」
「私から見れば十分、みつ姉さんはソウタさんを溺愛してますよ」
そう言うと、みつ姉は面食らったように目を瞬かせた。
それから、ふふ、淑やかに笑えば、
「まあね。なんせあの子は、私の自慢の弟ですから」
と自分を誇るように言ったのだった。
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「それにしても、アーちゃんもすっかり主婦ね。野菜を見比べるのに年季が感じられるわ」
「そうですかね? 私としては、普通に買い物してるだけなんですけど」
よく分からないと苦笑すれば、みつ姉は首を横に振った。
「アーちゃんくらいの女の子は、にんじんと睨めっこなんかしないわよ。私がそうだったもの」
「まぁ、ミチカちゃんやトモエさんには驚かれましたけどね」
「でしょうね」
この生活が当たり前のアリシアにとっては、学校でお洒落の話題で盛り上がるミチカたちの方が羨ましかったりする。アリシアも可愛いものは好きだが、それよりも大切な人が健康でいてほしい、という意思のが強いため、ついついお洒落よりもご飯の事を優先に考えてしまう。それに、ご飯は美味しい。
ただ最近は、そんな大切な人から素敵な贈り物をもらったので。
その贈り物を首もとに飾るアリシアを、みつ姉の黒瞳をにんまりと細くさせて言った。
「よく似合ってるわよ、そのネックレス」
「え、えへへ」
指摘されて、アリシアは不覚にも照れてしまう。
首もとにキラリと光る、ハート型のネックレス。それはソウタからの愛情の証として贈られたものであり、こうして外に出れば付けるくらいには相当気に入っている。
「そうやって大事に付けられると、送った方も、見てる側もほっこりするわねぇ」
「大切ですからね。何より、これを付けていると、ソウタさんに守られている気がするんです」
「尊いわ……っ」
ふわりとネックレスを手に持てば、しゃらんと音を鳴らす。それがまるでアリシアの想いにソウタが呼応してくれたようで、胸がぽかぽかと温かくなる。
こんな素敵なプレゼントを持ったのだ。ならば、
「私も、ソウタさんの誕生日は何かあげたいんですが……」
にんじんをカゴに入れながらそう呟けば、みつ姉が唇に手を当てた。
「アーちゃんは、ソウちゃんに何をあげたいの?」
「それが全く思い浮かばないんですよね。ソウタさん、物欲少ないし」
「あの子は物欲が少ない、というよりかは何が欲しいのか自分でもよく分からないのよ。知ってるでしょ、ソウちゃんの子どもの頃」
わずかに声音を落としたみつ姉に、アリシアは「はい」と短く頷く。
ソウタの幼少期は、父と母に育児放棄に近い環境で過ごしていた。それを祖父の勝也が見かねて、ソウタを引き取ったのが潮風町で暮らしている経緯だ。
「ソウちゃんのお爺さんもね、それで苦労してたの。引き取った最初の頃は、欲しい物とかやりたいことを全然言わずに、ただ走れる場所があればいい、って。それで苦労してたみたいなの。私が遊びに連れ出したり、お爺さんが釣りに付き合わせたりして、小学4年生くらいかな、ようやく、お爺さんに欲しい物を言ったらしいのよ」
「ええと、確かそれって、釣り竿でしたっけ」
「そうよ」
ソウタと以前、釣りに赴いた際にお気に入りの竿の話をしてくれたのを思い出した。
ソウタが釣りに行けば必ず持っていく釣り竿は、潮風と使用頻度の多さで随分と年季が入っている。ただ、大切なものだから使いたいと、そう言ってソウタは今もなお愛用している。
「それから、毎年誕生日や、大会で結果を出した時には、あの子にプレゼントをあげたの。ゲーム機や漫画本……ソウちゃんの部屋に殆どは、お爺さんが可愛い孫の為にって買ったものなのよ」
「そうだったんですね」
みつ姉から思い出話を聞いて、アリシアは微笑した。
どうりで、中々部屋にある物を捨てないわけだ。散々、もう少し部屋を片付けてはどうか、と意見していたが、そのどれもが祖父との思い出の品であれば捨てるのにも抵抗があるはずだ。ソウタが大のお爺ちゃん子であるのは既に周知の事実であるため、少し申し訳ないことをしてしまったと反省する。
そして、みつ姉は続けた。
「高校生くらいから、自分の趣味を見つけてたまに買い物に付き合ってたんだけど、でも両親とお爺さんが亡くなってから、また前のソウちゃんに戻っちゃって……たぶん、今もあまり物を買ってないんじゃないかしら」
「そうですね。ソウタさん。私には色々とプレゼントをくれるんですが、自分のものを買っているのを見た事はない、ですね。部屋の物も、半年前と殆ど変わりませんし」
一応、参考書や専門書、本なんかは増えたりはいるが、雑貨やゲーム機といった娯楽品が増えている気配はない。
「だから、私も毎年苦労するのよねぇ。ソウちゃんへの誕生日プレゼント」
「ちなみに、みつ姉さんは毎年何を送られてるんですか?」
参考にするにはうってつけの人物だ。
「私はもう悩むのが大変過ぎていつも聞いてるわ。でも、何が欲しいか聞いても、中々答えてくれないから、それで毎年苦労させられるのよ」
深い溜息と肩を落とすみつ姉に、彼女の徒労感がひしひしと伝わってくる。
アリシアは苦笑しながら、
「結局、ソウタさんはなんて答えてくれるんですか?」
「大抵は釣り道具よ。ルアーとか針とか」
「え、それって1000円くらいで買えますよね」
「えぇ。針なんて絶対ストック切らしたから丁度いいや感覚でお願いしたんだと思うわ。あの時はイラッとしたわね」
「私もそう言われたら困りますね」
流石のアリシアも、誕生日プレゼントに釣り針はどうかと思う。
それから、アリシアはお肉コーナーに寄ると、丁度タイム―セルに突入して安くなったお肉を吟味しながらカゴに入れていく。
その間も、相談は続く。
「うーん。なら、釣り竿はどうでしょうか」
「もう沢山持ってるから困るだけだと思うわ」
「ですよねぇ」
既に持っているものをプレゼントしても新鮮味がないし、サプライズ感もない。やむなく却下されて、アリシアはならばと次の案を捻り出そうとするも、どれも名案とはいかず喉に詰まってしまう。
「う~ん。プレゼント、どうしようかなぁ」
「そんなに考え込まなくてもいんじゃないかしら」
「どうしてですか?」
アリシアはみつ姉の言葉に怪訝に眉をひそめた。
そして、みつ姉はそれが当たり前かのように言った。
「あの子なら、貴方の送り物ならなんでも喜ぶと思うわ」
「――――」
それは、アリシア自身もすでに思っていたことだ。
自分も、ソウタからの送り物は手放しに喜べる。だって、その全部に想いが込められているから。きっと、ソウタも同じだと思うのは、それだけ彼を知って、それだけ彼の表情を見てきた、からなのだろう。
だからこそ、
「それじゃあ、ダメなんです」
ちゃんと、妥協も手抜きもせずに、最愛の人には最高のプレゼントを贈りたい。だって、アリシアはソウタの恋人だからだ。
恋人として、
「私が、初めてあげるソウタさんへの誕生日プレゼント。それは絶対、適当に選んじゃいけません。全力で、心の底から喜んでくれるようなプレゼントを、送りたいんです」
ふん、と強く鼻息を吐きながら、アリシアは意気込む。
恋人の為に奮闘することを決めた天使に、みつ姉は柔らかい笑みを浮かべた。
「アリシアちゃんらしいし、貴方たちらしいわね」
―― Fin ――




