第171話 『 端的に言って〝暇〟なんです 』
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【 sideアリシア 】
―― 1 ――
「むぅあああ。ソウタさあぁぁぁん」
ぐったりとテーブルに頬を擦りつけて、アリシアは最愛の人の名前を呼んだ。
地球での生活も早半年が過ぎて、最近は慣れたおかげか家事が午前中で終わってしまう。それは成長しているという意味では非常に喜ばしい事実ではあるが、端的に言えばやる事がなくなってしまって暇なのだ。
「お昼までまだ時間があるし、買い物に行くと中途半端になっちゃうからなぁ」
時刻は午前11時。ソウタは今頃、4時間目の授業を受けている頃だろうか。
彼を思うときゅ、と胸が切なくなるが、それだけ彼が好き、ということなのだろう。
一昨日はとびきり甘えたが、しかしソウタ成分を年中不足しているアリシアにとっては、やはりソウタとはずっと一緒にいたい。というかくっ付ていたい。
気温が低くなったからだろうか。最近はソウタの温もりがいつにも増して恋しい。
「やる気が、出ないぃ」
勉強しようと思っても捗らず、頭をぐりぐり擦り続ける時間が無限に続く。
おかしい。普段は真面目に書物に向かえているのに、今日はなぜだかやる気が出ない。いや、思い返してみると、今月に入った辺りから無性に眠気に誘われるのだ。
自分は、天界では真面目な天使だったはずだ。一秒も努力を欠かさず、リジェムや他の天使、神様の期待に応えようとした、純大天使・アリシアではないのか。
地球に来ても、その姿勢は少し変われど根幹は変わっていないはずで。
「何かにやる気を吸われている気がする……」
むむむ、と唸りながら口元に手を置いて思案した。
今月初め。何か、自分の中で変化が起こっただろうか。
「……特にないな」
先月が濃厚過ぎて、実のところその前後の思い出がすぐ思い出せない。
つまりは、自分には突出した変化がなかった、ということだろう。そう納得して、アリシアはまた眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、この部屋か、自分の部屋かなぁ」
ソウタがアリシアの為にと季節感を楽しんでもらおうと、リビングや自部屋には様々な工夫が施されていた。その一つが、部屋の模様替えだった。
「自分の部屋は、お布団がふかふかになったのと、カーテンの色が暖色系に変わったなぁ」
取り付けはソウタがやってくれた。自分でもやってみたが、上手くラックに掛けられず苦戦したことはよく覚えている。身長は腕を伸ばせば用意に届くが、顔を上げながらの作業が意外に大変だった。
自部屋の変化はそれくらいか。
あとは、このリビングだが、
「うーん。このリビングは、ぱっと見あんまり変わってないような……」
夏は縁側に風鈴が飾られていて、秋は模造品ではあるがハロウィンのかぼちゃが飾られていた。冬はというとちっちゃな雪だるまが隅っこに置かれている。
「ソウタさん。お人形集めが好きなんだよね」
それがアリシアの為というのを、本人は気付いていなかった。
隅っこに置かれている雪だるまを眺めながら、アリシアはテーブルに備えられたみかんを手に取って皮を剥き始める。
「お昼前にみかん……でも、お腹いっぱいにはならないからいいかな」
少しだけ罪悪感を覚えながらも、この足元の温もりとみかんの誘惑には天使も抗えない。
鼻歌を歌いながら皮を剥いていくアリシア……ふとその手が止まった。
それからぷるぷると体が震えはじめて、目をカッと見開くと、
「私をダメにするのは貴方ですか――ッ⁉」
アリシアをダメ人間にしようとした犯人を見つけて、一人で叫んだ。
天使を堕落させようとする犯人。それは足元のこの温もり――コタツだ。
みかんをテーブルに置けば、アリシアは慌ててコタツから飛び出た。
「そうだ! 今月初め、ソウタさんがコタツ出したんだ⁉」
初めてコタツの温もりを知って以来、アリシアは虜になっていたのを思い出す。
――炬燵に入ってると、勉強する気がなくなるんだよなぁ。
「そういえばソウタさんもそう言ってた⁉」
その時自分がちゃんとしなさい、と叱責したことまで思い出して、アリシアは羞恥で真っ赤になった顔を手で覆った。
叱っておいて、気がついたら自分もコタツの毒牙に掛かっていたとはなんたる恥辱か。自分への不甲斐なさにアリシアは壁に頭を打ち付けつつ、コタツを睨んだ。
「この私を篭絡させるとは……やりますね、コタツさん」
とりあえず、当面の間はコタツと距離を取る事にした。
天使からやる気を奪う人間が生み出した魔の存在に戦々恐々としつつ、アリシアは代わりにブランケットを手に取ってダイニングテーブルに腰を掛けた。
「……寒い」
ブランケットを太ももに被せれば、その心もとなさに思わず本音が零れてしまった。
「ダメだ。天使として、ちゃんと自律しないとっ」
ソウタも学校で頑張っているから、と自分を奮い立たせて、アリシアはかぶりを振った。
この寒さに打ち勝ってこそ一人前。と己に言い聞かせながら勉強に戻ろうとすれば――ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
「もしかして……」
手に持った鉛筆をテーブルに戻して、アリシアは椅子を引いて立ち上がる。
今日はミチカも普通に学校だし、ソウタからも郵便物が来るとは言われていない。
そうとなると、アリシアの中では候補が一人くらいで、おそらくその人物で間違いはない。
玄関までくれば、曇りガラスの向こう側には人影が扉が開くのを待っているようにそわそわしていた。
よ、とちょうど真下にあったソウタのサンダルを履けば、アリシアは扉を引く。
ガラガラ、と音を立てて引いた扉の先に待っていたのは、やはり彼女だった。
「やっほー。アーちゃん。今日、一緒にお昼食べましょ」
とみつ姉がおかずの入った袋をひっさげながら挨拶したのだった。
―― Fin ――
今話から第三部第三章【聖なる夜に温もりを】のスタートです! なるべく短くできるように努力します。
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