第137話 『 お見舞い 』
今話はイザベラ憑依後の神払聖羅の回です。ではご覧あれぇぇ
【 side颯太 】
―― 6 ――
静謐な空間に、二つの足音が響く。
「俺たちばかりが幸せなのは、神様も許してくれないだろからな」
そう静かに決意を研ぎながら、颯太と、その後ろにいる少女は深呼吸した。
「……行くか」
イザベラの一件は、何もかもが綺麗に片付いた訳ではない。彼女が残した爪痕は、今もなお一人の少女に残り続けている。
真っ白な扉をノックして、颯太は扉越しに問いかけた。
「入るぞ」
一拍間をおいて、
「どうぞ」
と返事がきた。
その返事に促されるように、颯太は扉を静かに開けた。
「久しぶり――神払」
「お久しぶりです――宮地くん」
五日ぶりに顔を見合わせると、少女――神払聖羅は颯太に穏やかな笑みをみせて迎えてくれた。
「今日もお花、持ってきてくれたんですね」
「そりゃな。あと、今日は花だけじゃなくてこれも持ってきてるぞ。はい」
花瓶の水を変えて、花を差し替えてから颯太は持ってきていたお見舞い品である紙袋を聖羅の前にそっと置いた。
「ありがとうございます。中身はなんでしょうか」
「開けていいぞ」
興味津々に聖羅が開けると、目を輝かせた。
「わぁ、お菓子ですね」
「うん。病院食は美味しくないっていうし、そろそろ飽きてくる頃だろうと思ったから、考えた結果お菓子にしてみた。お腹が空いたら食べてくれ」
「ありがとうございます。宮地くん」
「――ッ」
当たり前のように苗字で呼ばれて――それが不覚にも、胸を抉った。
聖羅が颯太を再び名前ではなく苗字で呼ぶようになった理由は、端的に彼女がイザベラではなくなったからだ。その澄んだ声音はもう、颯太を名前では呼んでくれない。
感傷を覚えながらも、颯太は聖羅に訊ねた。
「体の調子どうだ?」
聖羅は小さく笑みを浮かびながら答えた。
「二日後には退院できるみたいです。学校は、水曜日からまた通えると、お医者さんが仰ってました」
「そっか。なら良かった」
聖羅から退院予定を聞いて、颯太はほっと、安堵の息を吐く。
それから、
「記憶、大分落ち着いてきたか?」
「まだ少し、靄が掛かった感じです」
「無理もないよ。だって、イザベラに二カ月も〝体を乗っ取られ〟てたんだから」
イザベラの使った禁術〝憑依〟は、アムネト曰く、対象者の肉体と精神の制御権を奪う危険な術だそうだ。
その反動で聖羅はおよそ3日間昏睡状態が続いていた。そして、目覚めた後の記憶も、殆ど回復していなかった。
「でも、神払は、イザベラに憑依されてた時も、うっすらと意識はあったんだよな」
「はい。本当にごくうっすらとですが。彼女が時々、私に話掛けたりもしてくれました。殆ど一方的で、事が済んだら体の主導権を渡してもらうと、そう言われたのは覚えています」
聖羅の手が震えた。
「大丈夫。もうイザベラは、地球にはいないから。だから、また憑依される、なんて恐ろしいことは起きたりしない」
「そう信じたいですね」
精一杯聖羅を励ませば、彼女は弱々しくも微笑みを浮かべた。
「でも、まだ信じられませんね。天使という存在が、本当に実在するとは」
「聖羅も、視えるようになったから信じてはいるんだろ?」
「えぇ」
この窓から外を覗けば、青い空にポツンと浮かぶ天界が視える。そして、その光景は、聖羅にも視えていた。
「たぶん、イザベラに憑依された影響なんだろうけど……でも、別にあれが視えるからって特別なことは何も起きたりしないから安心していいと思う」
「私としては、宮地くんも視えていることに驚きなのですが」
「俺はほら、天使と一緒にいるから。だから視えてるんだ」
「そういえばそうでしたね」
納得したかは微妙な吐息をして、颯太は苦笑を溢した。
おそらく、地球上で二人しか天界は視えていない。颯太の場合は、アリシアを助けた日、彼女に手を握られた時から天界が視え始めた。けれど、アリシアにはもう何度も触れ合っているみつ姉と朋絵は、やはり天界は視えていないようだった。
どういう原理で天界が視えるようになるかは今も謎のままだが、その不可思議にもついに共感者が現れたのだ。それが、神払聖羅だった。
「俺はアリシアがきっかで……神払はイザベラに憑依されたことがきっかけか。謎は深まるばかりだ」
「でも、視えても生活に影響がないならいいんじゃないですか。まぁ、どうしても気にはなりますけどね、あれ」
「だよな」
初めて出来た人間の共感者に、颯太はつい嬉しくなってしまう。
地球上で二人――厳密にいえば天使であるアリシアも視えているので三人だが、こうして親しい人間にも視えていることにやはり安心感は込み上がるものだった。
「神払も、天使や天界が実在することにだいぶ慣れてくれたみたいだな」
「入院の暇つぶしに天界を眺めていれば、自然とこれが現実なんだと受け入れるられました」
「逞しい限りだよ」
おおよそ受け入れがたい事実を、聖羅も時間を掛けて消化してくれていた。それは彼女の様子を見れば明瞭で、一度お見舞いに来た時よりも顔色が明らかに違った。
颯太が聖羅のお見舞いに来たのは2度目で、一度目は聖羅が目覚めた報告を受けた翌日に会いにいった。聖羅の状態と、状況の説明をするために。
颯太はそこで聖羅がイザベラに憑依されていた最中もわずかに意識があったことを知り、聖羅は颯太から天使が実在する事実を知らされた。
話の終わり際の聖羅の顔は今でもよく覚えている。まるで、死人のように青ざめていた。
だから今回は、聖羅が状況の整理を済んだであろうタイミングを見計らって来訪したわけだ。どうやら、その推測は正しかったようだ。
今の聖羅であれば、きっと本物も受け止められるだろうと、颯太はそう信じた。
前座はこのくらいにして、本題に入ろう。
「今日は神払に、会ってほしい人がいるんだ」
「私に、ですか?」
小首を傾げる聖羅に、颯太はこくりと頷いた。
「いいかな?」
「えぇ。彼女でなければ」
「その心配はないから。じゃあ、ここに呼ぶからちょっと待ってくれ」
聖羅が警戒する人物に苦笑しながら、颯太は一度席を離れた。それから、扉を引けば、
「許可もらったから、入ってきていいよ」
「……はい」
まだ少し、緊張している様子だが、それでも覚悟を決めて一歩踏み出してくれた。
「――貴方は」
颯太の一歩後ろから入室した少女――アリシアに、聖羅は瞠目した。
「たぶん、神払が会うのは初めてになる、かな。ややこしいけど、紹介するよ。俺の恋人で、そして、天使だ」
「――――」
息を呑む聖羅に、アリシアも挨拶と頭を下げた。
「初めまして。カンバラ・セイラさん。改めまして、私はアリシアと申します」
「あ、は、初めまして。神払聖羅と言います……」
数秒遅れて聖羅もアリシアにお辞儀を返して、挨拶も済む。
「あ、あの。どうぞ座ってください」
「ありがとうございます」
「ん」
二人揃って聖羅に椅子に座るよう促され、目配せしてから指示通りに腰を下ろした。
そして、三人の間には案の定気まずい空気が流れる。
「……そうだ。実はそのお見舞いのお菓子。アリシアが買ってくれたんだ」
「そうなんですか?」
どうにかこうにか話題を作ると、アリシアは「は、はい」とカチカチになりながら肯定した。
「昨日、颯太さんにお願いされまして。聖羅さんへのお見舞いの品を買っておいてほしいと……ですので、私なりに、色々と考えた結果〝お菓子〟にしたのですが、どうでしょうか?」
上目遣いに窺うアリシアに、聖羅もまた人形のように首を縦に振った。
「は、はい! 凄く嬉しいです! 病院食は味気ないものが多いので、丁度甘い物を食べたかった所なんです!」
「そうですか! なら良かったぁ」
「私のために、わざわざありがとうございます」
アリシアはいえいえ、と首を横に振った。
わずかに空気も和やかになったか、と思っていると、
「「…………」」
二人、その先の言葉を失ってしまい、また微妙な空気が流れてしまった。
颯太は仕方ない、と咳払いすると、
「本当はもう少し、二人の仲が良くなってから言おうと思ってたんだけど、でも、やっぱり先に言うべきだな」
「……そうですね。そちらの方が、けじめとしては正しいはずです」
「何をですか?」
声音の調子を落とせば、聖羅が怪訝に眉根を寄せた。
そして、姿勢を正した颯太とアリシアは、まだ状況を把握できていない聖羅に向かって――深く、頭を下げた。
「カンバラさん。今回は、天使の問題に巻き込んでしまって本当に申し訳ありませんでした」
「俺からも、ごめん」
頭を下げる二人に、聖羅は慌てた。
「そ、そんな! お二人のせいではないですよ! ですから顔を上げてください!」
そう聖羅に言われても、颯太とアリシアは気が晴れなかった。
「元はといえば、全て私に責任があるんです。イザベラは、私を憎んで消すために地球にまでやって来た。私なら、イザベラがあなたに憑依してるのに気付けたはずなのに、なのに自分のことばかり考えていて、イザベラの存在に気付けなかった」
忸怩に唇を噛むアリシアに、颯太も聖羅に告げた。
「俺も、自分が優柔不断だったせいで、イザベラを好き勝手に暴れさせた。もっと早くあいつから距離を取っていれば、そうすればイザベラは聖羅に憑依することを止めてたかもしれなかった」
イザベラの告白をしっかり断っていれば、その時点でイザベラは颯太とアリシアの絆を引き裂けないと諦観したかもしれなかった。それはただの可能性でしかない。けれど、仮にそうなっていたとしたら、聖羅はもっと早くイザベラの憑依から解放されていたかもしれなかった可能性も十分にあった。
アリシアも颯太も、己の不甲斐なさに顔を上げることができなかった。
悔悟に呑まれる颯太とアリシアに、聖羅は「謝らないで」と言った。
「お二人がもしもの話をするならば、私は、お二人がいなかったら今もあの天使に憑依されたままだったかもしれません。それを助けてくれたのは紛れもない事実です。だからお願いします。どうか、顔を上げてください」
「でも……それで神払が苦しい目にあってたのは事実だろ」
可能性の話、それを同じ言い分で返され、二人は顔を苦渋に顰めながら上げた。
そんな二人に、聖羅はわずかに口角を上げると、言った。
「確かに、自分の体なのに、他の誰かに使われていたことは、もの凄く怖かったです」
彼女がどれほど、心の中で助けと叫んでいただろう。それを思えば、胸が締め付けられた。
それでも、と聖羅は続ける。
「宮地くんが最後まで、イザベラに抵抗を続けていたから、彼女は焦って私から出て行きました。アリシアさんが諦めなかったから、あの天使を撃退することができたんだと思います」
「神払……」「カンバラさん」
「だからどうか、自分たちを責めないでください。ここにいる私は、何も悪いことなんてしてないんですから」
向けられる真摯な瞳に、颯太とアリシアは感嘆とした。
「やっぱり、神払は強いな」
「そ、そんなっ。私は強くありませんよ」
頬をわずかに朱く染める聖羅に、颯太はふ、と穏やかな笑みを浮かべた。
それから、颯太はアリシアに目配せすると、彼女も颯太の意思を理解したように朗らかな笑みを浮かべた。
「神払。本当に、無事に戻ってきてくれてありがとう。――それから、これからも宜しく」
「私の方からも、ありがとうござまいます。あなたのおかげで、イザベラからソウタさんを守ることができました。本当に、ありがとうございます」
「――二人とも」
もう一度、二人は深く頭を下げた。けれど、今回は謝罪ではない。感謝の気持ちを伝えるためだ。
そうすると、何かを声切れなかったような、くすくす、と笑い声が聞こえた。
眉根を寄せながら顔を上げれば、聖羅が口角を上げていて、
「本当に、二人は似た者同士ですね」
と可笑しそうに笑っていた。
―― Fin ――
聖羅が本格的に物語に参加するのはもう少し後です。
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