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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十七章
631/1716

『責任』を持つ自覚

 良いモノが見れた。

 それが、マシディリの素直な感想であった。


 フラシ騎兵による突撃は、失敗に終わる。が、意図的なモノだ。失敗したと見せかけて引いて、引き付けて、第一列による突撃をかます。第二列も位置を整えるように突撃を加える。恐らく、此処はトルペティニエが行ったのだろう。


 そうして、誘導した先はマシディリら第一列が築いていた堀が中心の防御陣地の抜け殻。そこに籠ったジュラメントが、鉄床となり五千を受け止めた。逃げ出そうとするメガロバシラス軍に対しては戻ってきたフラシ騎兵が蓋となる。


 言うのは簡単だ。

 作戦を立てるのも。


 だが、相手も防御陣地の位置を把握している。包囲されないように動いている。例え行軍速度の遅い重装騎兵であり、さらに速度を落とす密集隊形が得意だとしても。


 そんな敵を、軽装騎兵で巧妙に誘い、密集隊形の弱点である右側面を庇うように動かし、左にずれていく習性も利用した攻撃は誠に見事だったのである。見事、と言うよりも平面で見ながら戦場を空から把握しているかのような指揮は、天才的であった。


 これが、イフェメラ・イロリウス。

 そしてイフェメラと共に戦ってきた者達の連携。


 逆らわぬが吉。それどころか、彼の力を積極的に利用することこそアレッシアのためになる。


 そんなことが、赤子にも分かるような用兵だ。


『フデナ様に任せると言う決断は、間違いでは無かった』


 そう結論付けられる結果を得られたのだが、マシディリは隠しきれない不機嫌を演じてディーリーの天幕を訪れた。


 内心は、まったく怒っていない。

 むしろ感心している。


 それでも、体裁と言うモノがある。


「またウェラテヌスか」


 ディーリーが、あからさまに嫌そうなため息を吐いた。

 マシディリも嫌悪を押し殺そうとしているかのような表情のまま、直進する。


 ディーリーが手を置いた。


「今年十八になる軍団長補佐に軍団の方針決定など誰も期待していないと思うが。むしろ期待しているのは学ぶこと。どうやって軍団を動かすのかを実際に体験することじゃないのか? 私の思い違いか、それが分からないのか、それとも期待ゆえか。どれだ」


「人の命がかかっている故に、です」


 言葉を真正面から受けながら直進し、机の真ん前で立ち止まった。

 マシディリが見下ろすような形になる。だからこそ、圧をかけないようには気を付けた。


「自分のか?」

「第一列の兵と、ファリチェ様のです」

「ほお」


 ディーリーが本格的に手を置き、背を反らした。

 マシディリに不躾な視線をぶつけてくる。


「すれ違いや離れていたことによる真意の読み違いを恐れてフデナ様を派遣されたのは理解しております。あれだけの作戦です。あの見事な連携は、確かに互いの信頼が無ければ為しえないモノでしょう。それは、プラントゥム制圧戦から共に戦い続けた皆様だからこそだと私も理解しております。


 そして、準備を続け、見事な連携を為しえたディーリー様だからこそ、軍事命令権保有者から候補者でも無い者への交代を押し付けられた者の気持ちも理解できると信じております。


 能力不足だけならば問題ありません。そうおっしゃってくだされば良いだけの話。


 方向性が違うのであっても問題ありません。父上も、能力を認めつつも自分の下ではうまく発揮させられないという旨を他者に伝えたことがございます。


 しかし、失礼ながらディーリー様には貴族と平民をはっきりと区別される意識がございます。それ故の暴走も、僅か六年前の話。建国五門タルキウスから脅された話も、今もその意識が続いているのではと疑念を抱かせてしまうには十分にございます。


 加えまして、先のフデナ様派遣とフデナ様による指揮は元老院に露見すれば大小はあれども罰せられるような話。しかも、罰せられるのはフデナ様やディーリー様だけでなく、私やファリチェ様も同様です。特にファリチェ様は私を庇うために全ての罪を被る覚悟も決めておられます。


 ファリチェ様は、ディーリー様が意識されている貴族の、それもウェラテヌスの重要な人物。彼を排除できるとなれば他の派閥には非常に大きな戦果となるでしょう。

 私も、まだまだ未熟なれども父上には後継者候補の第一位としていただけております。


 第一列の高官を排除する利益が非常に大きいのは、誰もが分かること。

 例え小さな疑念でも、命を預けることを躊躇わせるには十分なことにございます。正直なことを言わせていただきますと、この先信じて戦えません。皆様を信用したくてもできないのです。


 兵に対しても同じこと。彼らに、どう、命を懸けろと伝えればよろしいのでしょうか。こちらを嵌めようとした疑念が晴れぬ者の手を、どうして掴めましょうか」



「ただの杞憂だ。嵌める意図は無い。少なくとも私にはな」

「他の者がそう判断されるでしょうか」


 互いに、言外に別の人を意識させ。


「私には嵌める意図も無ければ能力不足だという認識も無い。当然、先の行動を罪に問うこともしない」

「罪に問うてしまえば、ディーリー様も無事では済まないからでしょう」


「いつになく強弁だな」


「命がかかっているのです。


 第一列は、ディーリー様の命令を受け、私の指揮のもとで山越えを敢行いたしました。戦闘による死傷者よりも、この気温での山越えによる体調不良者や行動不能者が多くおります。行軍に速度を求められつつ、そのような者達を見捨てずに、山を越えた者たちなのです。


 麓におりてからも敵精鋭と戦い、味方を守り、一人、また一人と隣の者が負傷する中で死者を最低限に抑えておりました。


 それを労うことも無く、あと少しだと励ますことも無く、ただ意思疎通に難があるからと指揮権を奪う。アレッシアの法に触れる行為を行う。


 やり方が、非常にまずかったと申し上げているのです。フデナ様も、一部の者からは炎に対する水のように嫌われてしまいました。


 仮初であったとしても信頼関係が必要な軍団に於いて、少しの配慮が不足したことで致命的な亀裂が産声を上げているのです。


 父上は兵の声をいつでも聴けるように門を開放しておりました。マルテレス様も話を密にされております。理不尽な命令や死を命ずる必要もあるのは仕方の無いこと。その時に、僅かでも受け入れやすくするためにと言う意図もあるのでしょう。


 軍団として命を一緒にする以上、最低限は守らねばなりません。守れないのなら、カルド島のように、ブレエビ様やラシェロ様のように引き離すしかありません。


 このままでは、離れるしか無いでしょう。囮程度にはなりますから」



「敵前逃亡か?」


「そのような言葉を軍事命令権保有者が部下に向けて言うモノではありません。

 ディーリー様には、私を処罰できるだけの権限があります。人によっては恐れ、恨むだけ。関係性によっては破滅に導くだけ。

 せっかくここまで来たのに、それでは勿体ないとは思いませんか?」


 呼吸はしている。

 だが、息は吐かない。

 それはマシディリも、ディーリーも同じことだ。


「そっくりそのまま返そう、マシディリ・ウェラテヌス。強い言葉を極力排除しているようだが、今の言動からはこちらを非難する意図以上のモノは感じられないぞ?」


 互いの瞬きも少ない。


「何が目的だ。どうして欲しい」


 一文一文はっきりと。

 ディーリーが、しっかりと口を動かした。


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