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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1654/1714

休暇前、昼

「ただし、陛下は共通通貨の肖像はマシディリ様であることを強く要求しております。こちら、我ら家臣一同も連判状を記しております旨、ご了承ください」


 上等な絹織物を身に纏った美少年が、ダスハク・アブー・ハバクーヤ、ハバクーヤの父親であるダスハクの声の後にパピルス紙を差し出してきた。


 アルビタがパピルス紙を受け取る。


 ユクルセーダの家臣一同の名前は円形に連なっており、ダスハクであればマルハイマナの言葉、プラントゥム遠征前の使者であり軍配者とおぼしきカチャム・テルジッタはユクルセーダの言葉、バーキリキの甥であるナウムカンダ・テランはアレッシア語で「神に誓って」との一文を付け加えていた。


(ナウムカンダ自身の判断か国王の判断か。それが問題ですが)

 少なくとも、アレッシアと敵対して得られる利益は損益に比べて少なすぎる。

 そう、ユクルセーダ国内でも判断しているのは伝わってきた。


「随分と、私にとって都合の良い要求ですね」

 ユクルセーダの得も理解している。

 その上で、マシディリは微笑んだ。


「両者にとって得になると踏み、持ち込んで参りました」

 ダスハクも要求を付け加えることはしてこない。


 軽々に乗る者では無いからこそ使者に選ばれているはずであると踏んでいたが、どうやらその認識で正しいようだ。


 通貨の肖像。

 それは、権力者の証。どのような人物か分からずとも、通貨を見れば誰が支配者かが分かるのだ。マルハイマナの支配下であったことやエリポスの隣と言う立地上、東方諸部族ではアレッシア語よりもエリポス語の方が根付いている。その中でアレッシアの影響力を高める方法として、通貨の肖像になると言うのは非常に有効な手段と言い切れるモノだ。


 一方で、共通財貨の肖像画をマシディリにすることは、マシディリにとっても害が多い。それでもユクルセーダからの要求で押し通せるのはマシディリの利点でもある。


 そして、ユクルセーダもそうしてまでマシディリの肖像にしたいのだ。


(さて)


「共通の仮想敵はエリポス、と言うことで、良いですか?」

「そこまで仰られるのであれば、エリポスでの商いの中心地を東方、せめてビュザノンテンに移していただきたいのですが、多くは望んではおりません。それよりも重要なことが、ユクルセーダにはございますので」


「ユクルセーダにも軍備は認めていますよ」

「感謝しております」


「カチャム・テルジッタは非常に優秀で、バーキリキ様も才を認めていた、とか。私も、彼には光るモノを感じています」

「お戯れを。個人の資質のみで戦争で決まるのであれば、ボホロスは東方での隆盛を築き、マルハイマナに代わる覇権国家と成りあがっていたことでしょう」


「ふふ。ええ、戯れですよ。私としても、アレッシアの通貨をユクルセーダに置けることは非常に都合が良いですから。ダスハク、貴方は、管理権も欲しいでしょう?」


 打てば響くように開いていたダスハクの口が、一拍だけ遅れる。


「はい」

 ダスハクがにやりと笑いはしたが、次の言葉にも半拍要する。


「横領は死罪で構いませんが、何割かはこちらの判断で動かせる権利があれば、非常に嬉しく思います。その権利に財貨の一枚欠けただけでも死罪と成る条文があっても、なお、私は管理権を欲します」


 演技か、素か。

 いずれにせよ、マシディリと意思は統一されているらしい。


「共通の通貨を使用する、より密接な経済圏は、私も欲しているところです。この点に於いては、私も強力に推進いたしましょう。


 ですが、肖像などの件については今しばらくは明確な回答はできません。すり合わせなければならないこともありますから。

 だと言うのに、私に与えられたのは今日一日で、あとは三日間休養しないといけませんので。困ったものです」


 苦笑し、肩をすくめる。

 マシディリにあわせて帰ってきたラエテルが、「僕なら空いていますよ」とダスハクに言った。ダスハクも膝を曲げないまでも目を閉じ、ラエテルに謝意を伝えている。


「死の予言と言うのも聞いております。休養もまた、あるいは神々の意のために必要なことだと認識しております」


(あるいは、ね)

 きっと、ダスハクはアレッシアの支配構造を理解している。

 だからこそ元老院にではなくマシディリに話を持ってきたのだ。


「これは、不興を買いかねないおせっかいですので、あくまでもこのダスハク・アブー・ハバクーヤの私見だと思っていただきたいのですが、一言、よろしいでしょうか」


「どうぞ」

 カチャムも似たようなことを言っていたな、と思いながら、鷹揚に許可を出す。


「わざわざ海を渡らずとも、旧マルハイマナ支配圏諸都市との関係を深めて行くのも良いのではないでしょうか。それがユクルセーダであれば私は幸いですが、そうでは無いとしても、我らにとっても最悪はマシディリ様が死し、アグニッシモ様がエリポス以東に足を運びにくくなることです」


 ラエテルにも視線をやりながら、ダスハクが迷いなく言い切った。

 ラエテルが首を竦める。


「えと、その場合は一にも二にもアグニッシモの叔父上をイペロス・タラッティアに入れ、ボホロスにいるメクウリオ様をエリポスに呼び出しますよ。あるいは、ボホロスを滅ぼしてからかもしれませんが、私としてもイパリオンの武力とユクルセーダの経済的拠点価値は両輪として行きたいですから、ご安心ください。


 ビュザノンテンにはスペランツァの叔父上を。第三軍団は父上と共に壊滅しているとして、ディファ・マルティーマとカルド島で海上の防衛線を構築し、エリポスを枯らします。


 そのためにはユクルセーダが協力してくれることが、何よりも嬉しいですね」


 遠慮がちに、しかし大輪の笑みとも言える表情をラエテルが浮かべた。

 あるいはその方が都合が良い。ダスハクの頭の中で、決して表に出せない計算結果が導き出されたかもしれない。


「私が死んだ方が、都合が良いのではありませんか?」

 くすり、とマシディリは笑う。愛息とは違う質の笑みだ。


「お戯れを」

 真っ先に、ダスハクの膝が曲がる。


「カチャム様などにとってはバーキリキ様の仇討ちが大事でしょうが、私にとっては今の方が家のためになる状況。恨みはさほどありません。陛下も、何より大事にしているのはユクルセーダの影響下にある民のこと。


 民から四割以上のモノを奪うとなれば抵抗いたしますが、民の得たモノの六割以上が民のために残るのであれば、マシディリ様やマシディリ様の跡を継ぐ方々について行った方がユクルセーダの民を守れるのだと信じております。


 陛下の口として派遣された私が、どうして陛下の意思に背くような真似が出来ましょうか。バーキリキ様でさえ叶わなかった相手に、どうして私共が勝算を見いだせましょうか。


 ティツィアーノ・アスピデアウスと言うイパリオンの抑えにならない者よりも、マシディリ様がアレッシアに君臨されることこそを、ユクルセーダは望んでおります」


 そうして、遂に一線を越えた言葉と共にダスハクが深々と頭を下げた。

 少しのやり取りの後に、他の者がつかえているからと言う理由でレグラーレがダスハクを呼びに来る。


 明確にマシディリを待っていた者は少ない。

 ただ、被庇護者の中には今のうちにマシディリに会いたい者がいるのも事実。そのような者達とは、ある程度纏めて会う時間を作っているのだ。


「ラエテル」

 衣服を着替えながら、愛息に声を掛ける。


「はい、父上!」

 ラエテルが明るい調子で手を挙げた。


「ユクルセーダの目的は、『エリポスとの経済戦争』『イパリオンへの抑止力確保』『経済的拠点としての確立』だけだと思うかい?」


 無論、これらも密接に関係しているため、三つ、とも、一つ、とも言えるのだが。


「共通通貨を元手にした東方諸部族への影響力拡大と父上と近いことを利用した東方に於ける取次ぎ役の確保もあると思いました。だから、元老院では無く父上が来るのを待ったのでしょうし、いない場合は父上の中継機関を使う手はずだったのだと思います。

 それから、えと、アレッシアの様子やボホロス政策を探る目的もあったのかなと思います」


「そうだね」

 微笑み、よくできました、と愛息の頭を撫でる。

 えへへ、と言いながら、愛息がマシディリの手に合わせて頭を軽く横に揺らした。


「ただ、もう一つ言うのなら東方に於ける影響力拡大に伴うマフソレイオへの布石も今のうちに打っておきたかった、と言うところも入ってくると思うよ」


「あう」

 まだ足りない、とやや舌足らずに言って、愛息が下を向いたのだった。


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