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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1655/1713

完全休養一日目

 完全休養と言っても、本当に休むわけでは無い。


 ウェラテヌス邸には数多の情報が残っており、マシディリの頭も動くのだ。ラエテルはアウセレネと共に歩き回っているが、セアデラもセアデラで動いている。元老院の言葉には従う姿勢を見せるために家に居続けるつもりではいるが、本当に休むつもりはさほどなかった。


 が、現状。

 マシディリの頭は愛妻の太腿の上にある。


 時間になったら呼びに来るね、とは両親を寝室に閉じ込めたソルディアンナの言葉であるが、既に寝具は朝一で取り換えた後。魅力は十分に感じているが、朝からまた、とは、互いにならなかったのである。


(良いのでしょうか)


 後頭部に伝わってくる感触は好きだ。鼻腔を満たす匂いも好ましい。目を閉じれば休めそうだ。が。多くのことが頭を巡り、目はさえてきてしまいそうでもある。


 ううむ、と思わず声も漏れてしまった。

 あら、とすぐに愛妻の声が降ってくる。


「何か不満かしら?」

「いえ。そうではありませんが」


 寝返りを打つ。顔の方向は、愛妻の腹の方だ。六児の母だと言うのに、しっかりとした腹筋を持っている腹である。割れているが、やわらかい。素晴らしいお腹だ。


 少なくともマシディリはそう思っているし、思っているからこそ顔面を押し付けもする。

 こぼれてきたのは、楽しそうな笑い声。


「情けないマシディリさんも好きよ」

「嬉しいような、嬉しくないような」


「誰かに依存したって良いじゃない。今は互いに心細い状態でしょ? 出来る時はそれで良いと思うわ。でも、私達がずっと一緒にいるためにも、家門のためにも、アレッシアのためにも。情けないと言う自覚はしていただかないと」


「こそばゆいね」


「そう? 自分に甘くした結果の依存では無いもの。マシディリさんが考えた末の決断であれば、尊重するだけよ。マシディリさんは頑張っている。誰よりも。私も、誰よりもそのことを知っているわ」


「私の妻が今日も格好良い」

「当然よ。マシディリさんにとって一番好い人は私でしょ?」

「惚れそう」

「あら。既に惚れているのではなくて?」

「毎分毎秒、べルティーナへの好意は更新されていきますからね」

「ふふ」


 ああー、と意味も無く、愛妻の腹に声を当てる。

 こら、と言いながらも、愛妻がマシディリを叩く手もやさしかった。まるで大きな子供ね、とも笑ってくる。


(子供)

 マシディリは、愛妻を抱え込むように腕を回したまま、ぐ、と持ち上げるようにして押し倒した。べルティーナの笑い声は変わらない。自身の右ひざを横へ。愛妻の足を割るようにして自身の足を入れ、手を愛妻の背中から外す。外した手を前につき、自分の体を持ち上げ、顔と顔を同じ位置へ。愛妻の顔と、しっかり目を合わせる。


「でも、子どもたち、も」


 愛妻の両手を封じるようにマシディリ自身の手で寝台に縫い付ければ、愛妻の言葉も止まった。が、マシディリの動きも止まる。


「こわーいかおの父上しかみてなかったから」


 べルティーナの声も、ぎこちないながらも続き、次第に糸が切れるように消えていった。

 目は丸く、頬は少し赤い。艶やかに髪は広がり、押し倒された状態でも愛妻の起伏にとんだ体は良く分かる。むしろ、布が密着し、芸術的な体型が良く伝わってきた。


 無言は、よろしくない。


 そうは思いつつも、マシディリの体は既に愛妻の上。抵抗も無く、愛妻の視線も確認する過の如くマシディリの下腹部へと一度動いた。


 べルティーナのぱくと開いた口が、何も言わずに閉じる。

 次いで、愛妻の顔が横に逸れて行った。


「また、寝具の変えを頼むのは、はずかしいわ」


 小さな声。

 多分、許可だ。


 愛妻の手を外すために少しだけ起き上がれば、自由になった愛妻がマシディリの衣服を弱くつまんでくる。


「べルティーナ」


 頬に手をあて、そのまま。



「ちちうえー! お客さんきちゃったー!」


 動きが、止まる。

 愛娘(ソルディアンナ)の元気な声だ。はしたないですよ、と言われているのか、乳母の声も続いている。


 どちらからともなく、笑みがこぼれた。


「後にしろと言われてしまいましたね」

「子供達とも遊びなさいって、お義父様とお義母様も言っているのよ」


 笑い合い、ついばむような口づけを交わしてから立ち上がる。

 べルティーナにも手を伸ばし、寝台から引き起こした。起こした際にも触れあうような口づけをしてから、部屋の外へ。


 きちゃ、と壁をてちてちとしながらフェリトゥナも近づいてきているのが見える。

 マシディリが手を広げるものの、すぐ近くにいたべルティーナにフェリトゥナを取られたのは少しだけ哀しかったが、時間の差だ。これから長く居れば、その内近くにいた方に来てくれる。


 そう信じ、ソルディアンナから慰めるような手繋ぎを受けながら応接室へ。


 一番こだわっている応接室だ。当然、重要な人を通す場所である。事実、今回いたのは任期残り僅かの独裁官アルモニア・インフィアネであった。


「ソルディアンナが、申し訳ございません」


 濃くなった目の隈をゆるめながら、アルモニアが構いませんよ、と良く見てきた笑みを浮かべる。


「こちらこそ、べルティーナ様との時間を邪魔してしまったようで申し訳ございません」

「いえ。そんな」

「邪魔となりお気を悪くしていないのであれば、一安心。完全休養日をしっかりと使ってくださっているようでご安心いたしました」


「監視ですか?」

「エスピラ様よりも御冗談だと分かりやすい」


 アルモニアが肩を揺らす。

 マシディリも、笑みを浮かべながら茶にドライフルーツを入れた。


「シニストラ様が色々手配してくださったとべルティーナから聞いています」


 アルモニアもドライフルーツに手を伸ばす。

 伸ばした際に見えた腕は、冬よりもさらに細くなっているように思えた。


「メルア様に手紙を書いても怒られない男はご子息を除けばシニストラ様のみ。同じく、べルティーナ様に安心して手紙を書ける男もシニストラ様だけと多く者が考えておりますれば、責任を持つこともありましょう。


 エスピラ様の死から既に四年。

 シニストラが、それだけの間、エスピラ様の秘密を胸に秘めながらもマシディリ様を案じ続けていたことをくみ取っていただければ、幸いにございます」


 アルモニアが深く頭を下げる。

 マシディリは、見えない状態でも動きが分かるようにやや大きく、衣擦れの音をしっかりと立てながら首を横に振った。


「エリポス遠征終了直前に伏していたのは毒の影響であると聞いていましたが、疲労であったと聞いても不思議と納得できました。父上は、第二次ハフモニ戦争終結直前にも倒れていますから。ウェラテヌスのお爺様も若くして亡くなり、伯父上も早々に亡くなったのも、過労と無関係では無いでしょう」


「感謝いたします」

 アルモニアの勤実な言葉に、マシディリは眉尻を下げた。


「独裁官が頭を下げるモノではありませんよ」

 声音も、やさしく。

 元老院に従うマシディリと言う構図に結び付けてくださったことにも感謝しています、とも付け加える。


「マシディリ様は完全休養の日。したがって、私も独裁官としてきたのではなく、エスピラ様の副官として、そしてマシディリ様の友人として来ただけと思ってくだされば」


「そうしましょう」


 茶をすすり、ほう、と息を吐く。

 午前中は皆勉強の時間だ。ソルディアンナも、そろそろ乳母に捕まるころである。


「今日は小難しい話をするつもりはありません」

 マシディリよりもゆっくりと陶器を置きながら、アルモニアが言う。

 視線もゆるゆるとマシディリに戻って来た。


 随分と落ち着いた色の瞳である。今のアルモニアを見て、激動の時代に生きる独裁官だとは、誰が思おうか。それほどまでに、異質とまで言うべき程に落ち着いた空気がアルモニアの周りに漂っている。


「ただ、インフィアネの後継者はリベラリス。私の政治的な後継者はシニストラ様を指名することをご承知おきくださればと思い、マシディリ様だけに知らせに参りました」


 何気ない雑談のように言われた言葉に、マシディリは「それほどまでに悪いのですか?」と言うのさえ時間がかかってしまう。

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