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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1649/1719

ティポウル・デ・ムダン陥落戦

「イエネーオスらしい策だったと思っております」

 ティポウル・デ・ムダンの包囲へ向け軍団を動かしながら、スペンレセが言った。


 包囲に至っていないのは、ティポウル・デ・ムダンに入らずに抵抗している部隊がいるからである。あるいは、スィーパスはティポウル・デ・ムダンで籠城しないつもりなのかもしれない。


「らしい、ね」

「はい。スィーパスを囮にする不遜さと、スィーパスならば持ちこたえると信じていた忠心。何よりも、スィーパスが自分を信じないことを想定していたすれ違いこそが、彼であったのかと」


 静かに言って、スペンレセが包みとなっている布をマシディリの前に出した。

 スペンレセが僅かにしゃがみ、両手をマシディリに見えるところに伸ばしながらゆっくりと布を開く。


 入っているのは、指輪だ。

 アゲラータの指輪である。


「ポタティエ隊が討ち取りました。ヒブリット隊の者が少々悔しがっておりましたので、今は両隊を離し、ユンバに間に入ってもらっております」


「褒めの言葉を両隊に向けて出すよ」

「ありがとうございます」


 スペンレセが深々と頭を下げた。

 マシディリは軽く手を振り、良い、と示す。


「アスプレナスも悔しがっていたよ。大功を挙げられると思っていたところを、一時的にとはいえイエネーオスに防がれたわけだからね。しかも二回目の攻撃を通せたのも実力による突破では無いときたもんだ。

 周囲にトーハ族は私を囮に使ったと言われかねないのだけが気掛かりかな」


 スペンレセはそのようなことを言いはしないが、否定もしない可能性もある。

 もちろん、そんなことは口にはしないが。


「それなりの声明を私の方でも共有しておきます」

「頼りにしているよ、スペンレセ」


 マシディリは膝を折ってしゃがみ、低い位置に頭を置き続けているスペンレセと視線を合わせた。スペンレセが慌てて両膝を地面に着ける。頭の位置は、一度下げかけたが戻してきた。


「しばらくの間、西の方は君が武力を担ってくれ。北方諸部族に対してジャンパオロ様もいるけれど、ジャンパオロ様にはアレッシアの睨みも担当してもらわないといけないからね。スクトゥムは、統治は優れているけれど、ハフモニを動けないよ。


 だから、プラントゥムもフロン・ティリドもフラシとハフモニも。主軸となるアレッシア軍は第七軍団で、預けられるのはスペンレセ、君だけだ」


「ははっ! ありがたきお言葉! わが墓にも刻みたいと思います!」


 そこまではしなくても良いけどね。

 笑いながら言い、マシディリはスペンレセの肩を揺らした。


 彼が日記に今日のことをでかでかと書き、懐に入れたと言う報告は夜のこと。やり過ぎだとも思ったが、それでこそのスペンレセだ。

 何より、この夜の大事な報告は別の事である。


「オグルノが投降してきました」


 ティポウル・デ・ムダン。

 最後の都市に入らずに戦っていた部隊の指揮官が、部隊を置き去りにしてマシディリの陣に駆け込んできたのである。


「これまでの数々の非礼。詫びて済むことではございませんが、深くお詫び申し上げます。つきましては、この悔恨を持って贖罪を果たすべく、エリポスでの戦役では先鋒を務め上げ誰よりも多くの敵を討ち果たさんと父祖とアレッシアの神々に誓いをたてたく、此処に推参いたしました!」


 白々しい。

 思いは、その一つ。


 されど、ソリエンスやカンペドールに確認をとってもオグルノはプラントゥム諸部族の虐殺は行っていないのだ。アゲラータはその死体を磔にして諸部族に示す必要があるが、この男にその必要は無い。むしろ余計な戦いを減らすためには許すべきかもしれないのだ。


(とは言え)


 事前の根回しも何も無い。

 最悪の裏切り方だ。

 同じ投降でもスィーパスの説得に入れば結果は違っただろうに。


 自らが指揮する部隊を捨て置いているのも印象が悪い。

 イエネーオス、アゲラータと今日の戦いで討ち死にしているのに、仇討ちの気概すら見えなかった。戦いの最初から消極的だと、マシディリからは見える癖に、マシディリへの接触は何も無かったのである。


「畏れながら私は古くはマルテレス様にも認められ高官を務め、エスピラ様に高官として拝謁したこともございます。実力では確かにスペンレセ様にも及ばないかも知れませんが、それでも有象無象の者共よりは経験もあり、勇もございます。


 必ずや、貴方様のお役に立ちましょう。

 我が武勇、我が槍、我が盾。今よりはマシディリ様とウェラテヌスのために」


「白々しい」

 ついに吐き捨てたのはスペンレセ。

 オグルノは何も言わず、地面に額をこすりつけている。いや、表情を見せないための策か。


「要らね」

 アグニッシモも吐き捨てた。らねらね、とソリエンスが独特の同意を示している。


(さて)

 考慮すべきは、殺し過ぎたと言う現実。


 テラノイズ、イエネーオス、アゲラータ、ヒュント。

 皆、アレッシアに残り続けていればそれなりの立場になれた者達だ。テラノイズとイエネーオスは執政官とまでは言えないが、法務官にはほぼ確実に就いただろう。


 であれば、この男は受け入れた方が得策か。

 この男が、では無く、アレッシアの統治のために必要か。


(同情が法に先んじることは無い)


 それでも、情は必要だ。


 感情があるから、スィーパスはイエネーオスを用いきれなかったのだ。怒りがあるから、スィーパスはフィラエを処断したのだ。同情しているから、多くの者がクーシフォスとオピーマをアレッシアの一員として信じているのである。


(国家は人。人は情)


 受け容れざるを得まい。

 マシディリはそう判断すると、白い息をゆっくりと吐き切った。


「オグルノ。貴方の部隊はティポウル・デ・ムダンの前にあります」


 オグルノの頭は地面に着けられたまま。

 その状態で、マシディリは二歩オグルノに近づく。


「正直、今の貴方を加えて作戦の幅が広がることはありません。これは、情に依るモノです。貴方が忠誠を誓ってくれるとは、にわかには信じられません。ですので、まずは行動で示すように。


 半島に貴方の部隊は無く、エリポス遠征で貴方に預ける兵はいない。

 それでも良いのなら、こちらにお残りを。

 高官としてのオグルノでいたいのなら、疾く退去を。


 日が昇るまでは見逃しますよ」


 淡々と言い放ち、解散とする。


 レグラーレからの報告によると、オグルノはしばらく額を地面に着けたままだったそうだが、誰もいなくなったと判断すると顔を上げ、拳を地面に叩きつけたらしい。足も崩し、しばし殴り続けていたとか。


 だが、朝になっても天幕を出て行くことは無かった。


 崩していた足も、空が白み始める頃には再び整え、じっと座っている。高官が確認に来る頃には怒りを押し隠して神妙な顔をしていたとのことだ。


「オグルノの投降を知らせてあげてください」


 伝令が行けども、敵部隊は完全には散り切らず。

 されど、ヒブリット隊の突撃によって、一瞬で戦いは終わった。スィーパスが逃げたとの報も入ってくる。


「スペンレセ」

「はい」

「頼みましたよ」

「お任せください!

 我が心、我が誇り、我が盾。全てはマシディリ様とウェラテヌス、何よりもアレッシアのために!」


 ふふ、と頬をほころばせる。


「流石ですね」


 そうして、マシディリはリベラリス隊とパライナ隊を連れ、港へと出立した。


 追撃では無い。あくまでも半島に帰るため。だから、ビユーディとアルムが船団で近づいてくるのも当然のことで、ヴィルフェットが船団を呼び寄せるのも普通の事。


 たまたま、その進路上にスィーパスが逃げていただけ。

 カンペドールが各地に人を放っているのも、統治のため。


 全てはたまたまなのだ。


 無論、追撃を振り切られた時のための言い訳に過ぎないが。

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