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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
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カンペドール

 しゃがんだところで寒風は変わらない。

 幸いなのはまだまだ腐りそうにないことぐらいか。


 そんなことを考えながら、マシディリは死体の指に手を伸ばした。冷えている金属をゆっくりと抜き取る。顔と指輪が示す名は一致していた。


「私ほど同胞の繁栄を願った者はおらず、私ほど同胞の命を奪った者もいない、ですかね」

「墓ですか?」


 レグラーレがあっけらかんと聞いてくる。

 カンペドールは動揺しているのか、衣擦れの音が細かく多くなっていた。


「まあ、『願った』を『寄与した』に変えてから入りたいけどね」

 死体から外した指輪を袋に入れ、立ち上がる。顎を引き、鼻先を防寒具にうずめた。不器用な防寒具である。だが、性能は抜群だ。


「策要らずと無策は違うのだけどね」


 戦場に転がるのは敵の死体。

 防具も揃っていないような者がやはり多く、手に肉刺(まめ)はあるが腕や足が太くは無い者が多い。足も傷だらけであり、衣服も季節にしては寒そうだ。


 次に目に付くのはアレッシア人。これは、マシディリが特に注目してしまうからかもしれなかったが、スィーパスの突撃によって散った命が少なくないのは確かなことである。


「正直に答えてもらっても良いかな、カンペドール」

 親し気に、マシディリはやさしい声を出した。

 言語もアレッシア語では無くカンペドールの部族の言葉だ。訛りもドザモザ周辺のモノを使用している。


 カンペドールがこくりと頷いた。


「賊をかき集め露と散らしていくスィーパスは、ある意味では有益な存在ですか?」


「軍団が散れば賊は結局賊となります。賊と成るような者達の中には逃げるのが上手い者もおりますから、戦場で死ぬのは真面目なプロレタリアばかりであり、アレッシアの統治政策にも悪影響があると思います」


「無産市民と言うよりは、貧困層、奴隷層と言ったところかな?」


「功罪抱き合わせです。ハフモニがプラントゥムを支配下に置いたことで多くの部族が接するようになり、軍団に呼ばれることで新たに作られた繋がりもあります。しかし、どの部族も疲弊が溜まっており、勝手に戦っていてくれとも思っております。


 私は味方です。

 スィーパスが権力を失えば、ようやく大規模な戦乱が終わる。そう信じればこそ、私達はソリエンスの誘いに乗りました」


「責任重大ですね」


「賊の征討はありうるとも思っています。話を聞く限り、此処でプラントゥムの部族が自力で自身の土地を安定させられないとアレッシアの軍事機構に組み込まれてしまうとも考えておりますので、此処からが大変だと感じているのは私も同じです」


「なるほど。ソリエンスがカンペドールを引き込みたかった理由が分かった気がするよ」

「ありがとうございます」


「好きに一部隊を編成してください。被害が出ないとは言えませんので従軍は自由ですが、精鋭と成るには経験は欠かせませんからね」

「気遣いに感謝いたします」


「ソリエンスは優秀ですからね。状況次第ではティツィアーノ様との戦いに連れて行きます。その時に、プラントゥムを良く知る有力者が必要だと私は感じていますよ」


「最早アレッシアとの関わりなくして安寧は手に入りません。マシディリ様。私のパトロヌス(庇護者)になっていただけませんか?」


「こちらこそ願ってもいない提案です。それと、適切な言葉が無いのなら、そのままアレッシア語を庇護者や被庇護者を表す言葉にしてしまいましょうか」


 広めるためにカンペドールも被庇護者のような人間を作って良い、と。アレッシアとは少し違う制度を匂わせて。

 マシディリは、まずは戦場跡地の清掃をカンペドールに任せた。


 馬を駆ってグランディ・ロッホへ。

 馬房の近くでは、休暇を言い渡しているはずの兵が多く集まっていた。


 いや、休暇だからか。帯剣しているが鎧は身に付けていない。香を焚いてきたらしい者もいる。ただ、そのような者は「馬の近くだから」と言ってアグニッシモの悪友達にはじき出されていた。


(アグニッシモもいるのかな?)

 思いながら、護衛の一人にそれとなく周囲が何に熱狂していたのかを探ってもらう。


 愛弟の居場所の答えも、すぐに分かった。

 馬房の奥だ。

 むすっとした顔で、大剣を背に着け木の大剣を壁に置き、愛馬を撫でている。


「アグニッシモの剣技に見惚れた男達、では無かったんだね」

 まずは、軽口を。

 兄上、とアグニッシモが唇を尖らせ頬をぽてらせたまま呟いた。


「あれは下半身丸出し野郎共ですよ」

 ぶるる、とアグニッシモの愛馬が相槌を打つように嘶く。


「おかげで鍛錬も満足に出来やしない」

「散らすかい?」


「兄上の言うことなら聞くかもしれませんけど……。俺だって何度か追い返したんだよ。でも、馬の手入れは自分が任せられた仕事だからって。この付近の秣も組み合わせも自分が一番よく知っているって。果てはカンペドールの妹だからって言って居座るんです」


(おっと)

 マシディリは、下半身丸出し野郎と言われてしまった兵を散らそうか、と提案したのだ。


 対するアグニッシモの回答は、男達に関するモノでは無い。即ち、原因を取り払わなければならないほどに際限なく男どもが集まってくると言うこと。それだけ魅力的な女性がカンペドールの妹なのだろう。


(クイリッタがいれば)

 何とかなったかもしれないが。

 信頼できる愛弟は今やいない。


「鍛錬できる場所を用意するよ」

 愛妻より魅力的な女性はいない。ただ、魅力的な愛妻にはマシディリと言う夫が居るのに言い寄ろうとする不届き者もいる。


 なら、好い人のいない女性なのだとしたら、二万近くの兵の寄り付きは止められないだろう。


「無駄ですよ」

 アグニッシモが唇を尖らせた。

 愛馬を撫でる手つきだけがやさしい。


「馬を使えると分かればふらっと来ますよ。良いですね、とか。馬にとって良い場所か確かめますね、とか。今日はどんな鍛錬をするのですか? とか。筋肉が偏りますよとか触らせてくださいとか。絶対来ます」


「まだ二日目だよ」

 うべ、とアグニッシモが肩と頭を落とす。


 女性は兵にとっても目の保養になるからね、と愛弟の頭を撫で、馬は使えないがとマシディリはアグニッシモを室内の鍛錬場に誘うことにした。その場に、違う戦い方も見て見たいとして明日はカンペドールも呼ぶ予定である。


(とは言え)

 アグニッシモにあそこまで愚痴を吐かせるような女性がどのような人なのか。

 流石に興味は出てくる。


 アグニッシモのためにもと今日の最低限の予定と、自分がやる予定だった仕事の内どれを人に投げるか、アグニッシモに協力してもらえそうかを整理しながら、馬房の外へ。


 兵たちがいる側とは違う側。馬を出す側から、兵が見ていたであろう位置を見る。


 一目で分かる女性だ。


 諸部族騎兵も同じように鍛錬をしており、中央にいるのが熱視線を浴びる女性。諸部族騎兵も熱視線を彼女に注ぎ、彼女の気を惹きたいからこそ彼女は中心部にいることになったのか。歳は、二十代だろう。少女では無い。


 その女性の視線がマシディリに来る。

 ただ、一瞬。

 しかし、切れそうになった視線がもう一度だけ戻ってきて、また去っていく。


 拗ねたように動いた唇と山を作るような眉も見えた木がした。何より、視線の温度が違う。最初にマシディリが姿を見せた時と切る直前、そしてもう一度戻ってきた時は一抹の希望を抱くようなモノ。


(なるほど)


 馬房の中を見る。

 いるのはもちろん馬。馬。馬。馬。


 マシディリはその足をちらりと見て、鼻から息を吐き切った。

 顔の前に両手を挙げ、すり合わせながらいそいそと馬房を後にする。


「まあ、有りか」


 感情と家門の益。

 それを考えながら、マシディリはアグニッシモに割り振る予定の仕事を再び自分の仕事としたのだった。

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