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第20話

 マナ人間研究機関にある黒板と棚に囲まれた部屋。そこに、リクトとマーズスの2人だけが集まっている。

 リクトの背後には隠し部屋がある。その存在を不快に思いながらも、出発前の指令を受けるために我慢するしかなかった。嫌悪感を拭えぬまま、マーズスの言葉を待つ。


「喜べ、貴様。ついに次の戦果をあげられるチャンスがやってきたぞい」


 暗うつむくリクトとは対照的に、マーズスは自分にチャンスが回ってきたと、目を細めて笑顔を見せる。リクトの考えなど関係ないと、マーズスは言葉を続けた。


「次の戦場はヘリマアウント。聞いたことはあるかの? いや、まあ、知らんでも関係ないか。ここは前に行ったデリエルズヒルよりも規模が大きい。ここで戦果をあげれば、儂のマナ重機はさらに評価を受けるじゃろう。そしたら、次は何を作ろうかの。もっと複雑に動けるマナ重機でも――」

「話がそれているだろう! 要件だけ聞かせてくれ」


 リクトはテーブルを強く叩いて、話を中断させる。眉に皺を寄せマーズスを睨む。自分の興味のあることしか喋らないマーズスにリクトはうんざりする。


「ふむ、そうか? まあ、よい。試験部隊はヘリマアウントに赴き、戦闘に参加するんじゃ。明日の早朝、ヘリマアウント行きのカーゴが出る。それまでに、マナ重機をカーゴに乗せておけ」


 マーズスからの言葉は、簡潔にして簡素に終わった。最初からそういえばいい、とリクトは思ったが、口には出さなかった。

 大体、戦場に送られるのはマナ人間で、ろくな命令など元々ない。必要な手続きもない。ただ、戦場にさえ行けばそれでいいのだ。


「マナ重機の修理はできているのか」


 リクトは吐き捨てるように、そう言う。先の戦いで試作機はかなりの損傷を負った。戦場に行っても、マナ重機が壊れていては戦果どころではない。ただの無駄死にでしかない。


「それを、儂に聞くのか。大丈夫じゃ、安心せい。修理は終わっとる。以前より具合がよくなったくらいじゃ」


 マーズスは歯が見えるほど口を開き、笑いながらそう言った。

 人格はどうあれ、リクトはマナ重機の整備に関して、マーズスを信用している。大きな口を叩くだけの実力がある。リクトはもう話が終わったと、席を立つ。このまま話をしていると、自分が抑えられなくなると感じていた。


「やる気があるようでなによりじゃ。貴様の戦果を期待しておるからの」


 その言葉をうけて、リクトはマーズスに背を向ける。これ以上、ここにいたくないという気持ちが大きかった。




 寒さを感じて、身震いする。リクトは夢うつつで目をこする。そして、徐々に覚醒していく。

 目が覚めると、操縦席に座っていた。カーゴでの移動中はそこを寝床にするしかない。体を伸ばして、血液が全身にめぐりやすくしてやる。

 操縦席の前では、うつ伏せになったままのファストが見える。長い薄青色の髪が、乱れて計器類を覆っていた。

 まだ寝ているようなので、リクトはファストを起こさないように気を付けて、扉を開ける。さらに冷たい風が体温を奪っていく。それでも、目覚ましにはちょうどよかった。


「お、隊長さん、お目覚めかい?」


 すでに2号機から降りていたセンドが声をかけてくる。吹く風が、センドの赤い髪をゆらしていた。

 リクトは1号機の扉を閉めて、その場に立ったまま、降りようとしない。


「なんだい、降りてこないのかい?」

「ああ――」

「おっはよー! あ、隊長も起きてたんだ!」


 サッドのキンキンした声を乾いた風が運んでくる。彼女はリクトの姿を見て、3号機から飛び降りた。風に流される長い白髪が乱されないように、片手で押さえる。


「……早いな、よく眠れたのか?」


 日はこれから昇り始めるところで、辺りはうっすらと暗い。起床するには少し早い時間である。


「はあ? 何言ってんだい。あたしたちが寝るわけないだろ」


 そのセンドの声が聞き間違えだというように、リクトは眉を顰める。何を言っているか理解できずにいる。


「言葉通りの意味だよー。私たちは眠らないの!」

「ぐーすか寝るのは、人間とファストくらいだよ」


 2人は理解できないとリクトは首をかしげた。

 今まで共に生活してきて、寝るようなそぶりをしたことは何度もあったはずである。だが、寝ている姿は、見たことがないとリクトは思い返す。


「あたしは寿命が短いんだ。そう作られている。だからさ、今こうして生きている時間を大切にしたいんだよ。寝るなんて、もったいなくてできないのさ」


 センドは笑いながら言う。

 彼女に詳しくないリクトでは、知らないでも無理のないことだった。自分の前の座席で眠るファストを見ていれば、眠るものだと思い込んでしまう。


「私はね、すっごく、耳がいいの。だから、いつもざわざわって、してうるさいんだよね。だからさ、眠れないんだよ。でも、マナ人間は眠らなくても死なないから、寝る必要なんてないんだけどね」


 やはり、人間とは価値観、存在が違う。リクトはそう思わされる。人間とは相いれない。そんな風に感じざるを得なかった。


「けどな、隊長さん。ファストはそうじゃない。あいつはマナ人間としては、寿命が長いんだよ。眠ることでマナの消費をおさえることができる。あたしたちの方が先に死ぬ」


 リクトは何も言わずにじっとしている。


「だからさ、ファストのことお願い。ちゃんと面倒をみてあげてね」


 サッドは手を合わせて、頭の上にかかげて見せる。

 リクトは何のアクションも取らない。

 その様子に、センドたちがリクトを見上げる。最近のリクトの様子がいつもと違うことを感じとっているようだった。


「返事はするもの」


 1号機の操縦席への扉が開く。その奥から髪がぼさぼさなままのファストが顔を出す。その顔はまだ眠そうで、目が半開きにしかなっていない。

 彼女の登場に、リクトは後ずさるが、その足場がなく、それがかなわなかった。


「隊長……どうしたの?」


 マナ人間、3人がこちらへ視線を向ける。それに対して、視線を逸らす。リクトは気まずそうに、俯いた。


「どうして避けるの? どこかよそよそしい」


 リクトは視線を集めたまま、無言を貫いていた。

 視線を合わせないように、目を動かしている。3人からのプレッシャーを感じて、身動きしない。この場から去りたいと思っても、すでに囲まれている。これから作戦を共にするのだから、逃げ去ることも叶わない。


「あー、くそっ!」


 リクトは耐えられなくなって、声を上げる。両手で頭の髪をかき乱した。


「見たんだよ。あの、隠し部屋のこと、君たちの出生をな」


 それを知った3人も俯いてしまう。センドは額に手を当てて、サッドは項垂れて、それでも、ファストは正面を向く。


「私たちのこと、どう思った?」


 リクトは黙っていたが、少し時間をおいて、口を開いた。


「正直、おぞましいよ。マナ人間が、あんなものだったこと。君たちに、人間の胎児を使われてることに、嫌悪しか感じない。生きているだけで、生命を冒涜しているとすら感じるよ」


 リクトの脳内に再生される。ガラスの水槽に漬かったマナ人間の素たち、それに使われる予定の胎児。首を振ってもその光景は頭から離れない。

 しばらくの間、沈黙が続く。時折、カーゴが小石を弾き飛ばす音が聞こえるくらいだった。


「でもさ、君たちがそうだなんて、思えない部分もある。今まで一緒に暮らして、戦って、笑いあったこともあった。心のどこかでは、少し変わってはい入るけど、人間と変わりないと感じていた。僕もどうすればいいのかわからない。それが今の心境だ」


 リクトは自分の中にため込んでいた思いをすべて吐き出した。そこからどうするとか、これからどうなるとか、そういうことは一切考えずに、ただ、言葉にしていた。

 それを聞いたセンドとサッドは視線をどこに向けていいのかわからず、漂わせている。ファストだけが、こちらをじっと見つめている。リクトは一呼吸する。


「……自己紹介したときのことを覚えてるか。僕は無罪を勝ち取るために君たちと共に戦うと言った。それは、今も変わらない。どんな手を使っても戦果をあげる。マナ人間だろうが、化け物だろうが、僕のために戦ってもらう」


 自分に言い聞かせるように、リクトは言う。目をファストに向けると、視線が合った。そこで、少し笑ってみせる。


「わかっているならいい……そい」


 ファストが身体を押されたのでバランスを崩して、1号機から滑り落ちる。お尻をしたたかに打ち付けた。その痛みに、お尻をさする。


「なんだよ、変なことばっか気にしやがって!」


 センドはリクトの頭を腕でがっちり固定させると、握りこぶしでぐりぐりと押さえつけてくる。


「センドばっかり、ずるいー!」」


 それに便乗して、サッドはリクトに向けて、肘をつき出した状態で胸に飛びつく。リクトの腹にその肘が綺麗に突き刺さり、悶絶させた。


「ぶほっ! 止めろ、君たち、止めないか!」


 言葉空しく、リクトは2人によってもみくちゃにされる。

 ファストはその様子を眺めつつ、少し頬を緩めた。


 カーゴは走る。

 彼らを乗せて、次の戦場へ。まだ見ぬ地獄へと。

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