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第17話

 大勢の人々が行き交い、商店では賑やかに言葉が交わされる。王国内で最も栄える都市、王都セントロタス。

 光と影があるように、その地下には人気の少ない、罪人を捕らえる牢獄がある。

 どこからか聞こえる水滴が落ちる音に、鉄が錆びた臭いと肉が腐った臭いが混じり合った臭気、時々吹く冷たい風。レンガと鉄格子で作られた牢屋を、壁に掛けられたランタンが照らす。その灯りがぼんやりと2つの影を作り出している。

 その1つは背を曲げた太り気味の影。


「素晴らしいです。まさか、これほどの戦果を上げるとは思いもしませんでした」


 短いアッシュブロンドの髪をした尋問官は、目を大きく開けて褒めたたえる。

 背筋を伸ばし直立たもう1つの影はその賞賛を浴びていた。


「ありがとうございます」


 リクトは頭を下げた。

 その様子に尋問官はご満悦な様子で口を開いた。


「数々の敵を薙ぎ払った城塞攻略の立役者。その功績は俺の耳にも届いてします。お前を送り出した甲斐があったというものです」


 喜ぶ尋問官を見て、リクトはそわそわと身体を動かした。


「では、これで僕の無実は証明されたんですね」

「いいえ」


 リクトの言葉を尋問官は冷たく一蹴する。その言葉にリクトは大きく目を見開いた。


「まず、前提が間違っています。俺は資金援助の上申を考えてやろうとは言いましたが、無実の証明とまでは言ってしません」

「それは同じ意味じゃないか?」


 以前、ここで交わした尋問官との会話を思い出す。はっきりとは思い出せないが、故郷への資金援助をしてもらえるような約束は確かにしたが、無罪に関してはあやふやであった。それとも思い違いしたのかと、リクトは首を振る。


「僕はどうなる? もう無罪にはならないのか」

「はい。その通りです」


 リクトに頭を殴られたかのような衝撃が走った。

 命を懸けて戦場を走り、相手を打倒してきた。どんなに苦しくても我慢し耐えてきた。過酷な環境でも生き延びてきた。しかし、それは全て無駄だった。そのショックでリクトの足は力を失い、今にも倒れてしまいそうになる。


「今回の戦果、俺はとても驚いています。人間ひとりがここまで戦局を変えたことに」


 尋問官が顔を寄せて目を細めて笑顔を作る。


「いいでしょう。お前の無実を認めます」

「ほ、本当ですか?」


 リクトは倒れそうになった身体をぐっと堪えて、どうにか踏みとどまる。つい、顔を上げて顔を綻ばせた。


「ただ、次の戦場でも戦果を上げられたなら、です」

「次? どういうことだ。僕は十分な戦果をあげたんじゃないのか」

「ええ。ですが、お前に指揮してもらったのは試験部隊。1度きりではその有用性を証明できていません」


 尋問官の言葉に、リクトは口を閉ざし、奥歯を噛み締める。それは至極真っ当な事で、リクトは反論できなかった。


「ただの1度なら、偶然かもしれませんが、もう1度戦果をあげることができれば、それは実績とよんで差し支えありません」


 尋問官の顔が離れていく。2、3歩歩く。その音が静かな牢屋に響く。振り向きざまにリクトを見た。


「もしできれば、無罪放免としましょう」


 リクトは1度目を閉じて、尋問官の言葉の意図を汲み取ろうとする。今度こそ、確実に無罪にすると、間違いなくそう言った。それから、リクトは決意を決めて目を開く。


「……わかりました。もう1度戦場で戦果をあげる。そして、無罪を勝ち取ってみせる」


 リクトに決意に尋問官は手を2、3度手を叩く。上機嫌とばかりに何度も頷いてみせた。


「素晴らしい。次もいい戦果を期待しています」


 リクトは少し渋い顔をしたが、もう1度礼をして牢屋から去ろうとする。そこに、尋問官が声をかけてきた。


「最初にした資金援助の上申はしてやりましょう。国王が受け入れれば、ハジクシミに多額の金が届くことになるでしょう」


 リクトは複雑な心境ではあったが、尋問官に顔を向ける。


「お願いします」


 すぐに顔を背けると、リクトは牢から出ていく。


「くっくっくっ……」


 尋問官の声を殺した笑い声が聞こえてきた。

 それを不快に思いながら、足を進めた。




 牢獄を後にしたリクトは腐った下水道を通り、マナ人間研究機関へとやって来た。

 体に臭いが纏わりついている気がして、何度も身体の埃を払う。棚が並んだ部屋を抜けて、改造マナ人間が住む白い壁の部屋へと足を運んだ。


「おや、隊長さん。こんなところまで来るなんて、別れの挨拶かい?」


 部屋にあるテーブルに備え付けられた椅子に座っている赤い髪に赤い瞳の女性、センドがリクトを見つけて声をかけてきた。


「なぁーんだ。寂しくなるなー」


 テーブルに頬杖をした、気だるげな様子の灰色の髪した女性、サッドが視線だけをリクトに向ける。

 彼女たちはリクトが共に戦う為に戻ってきたことを知らない。戦果をあげたリクトは無罪となり、故郷に帰っていくのだと思っていた。


「それなんだけど……もう1度、世話になりたいかなって思って……」


 リクトはバツの悪そうな顔をしながら頭を掻く。以前、力を合わせて戦った仲間とはいえ、1度は見切った立場であるため、どうにも具合が悪い。


「ほんと!」


 気だるげだったサッドが顔を上げると、リクトへ詰め寄って来た。目を輝かせながら顔を覗いてくる。それが鬱陶しくて、サッドを手で押し退ける。


「おいおい、どういうこったそれはよぉ!」


 センドも近づいてきたと思うと、リクトの頭に拳骨を乗せてぐりぐりと押さえつけてくる。その顔はどこか楽しそうに見えた。


「それはな、もう1度戦果をあげろってさ。1回程度だとマグレ扱いだったよ」


 2人を落ち着かせてリクトも椅子に座る。そして、はぁと大きなため息を吐いた。


「それは残念だった」


 全体的に色素が薄い青色の髪に紫の瞳をした女性、ファストがこちらにやって来ると、何かをテーブルの上に乗せた。よく見るとそれは衣類のようで、少しめくってみると、以前に支給されていた着なれた服だということがわかる。


「ファスト、君は……僕が戻ってくることを知ってたな」

「マーズスの指示で準備してた。でも、別の人だと思ってた」


 ファストまで加わってリクトへ視線を寄せてくる。責められているという感じより、受け入れてくれたという感じなのだが、居心地が悪くて苦笑いを浮かべて一歩下がった。


「あー、ファスト。別の隊長というのは?」


 話題逸らしの為に、リクトは別の話を振ってみる。


「はい。実は隊長を工場へ呼ぶように事付けを賜ってる」

「そういう事は、早く言おうな」


 口実を得たとばかりに、リクトは3人から離れて、鉄製の扉へ近づいていく。それから、右手を軽く上げた。


「これからもよろしく頼む」


 そう言って、扉を開けるとその中へと入っていった。



 部屋を後にしたリクトが工場にやって来る。

 鉄の壁に覆われた工場は、相変わらず広く、金属を打ち付ける音や、鉄とオイルの臭さ、熱を帯びた空気が漂う独特な場所だった。そこら辺をマナ人間が無言で行き来している。工具やネジなどの資材を運ぶ姿から、何かしらの製造を行っていることに違いない。

 マナ重機を量産しているという話だが、リクトはその事を詳しく知らない。

 扉から少し離れた試験機が置いてあった場所へ向かうと、傷ついたマナ重機を見上げるハゲ上がった頭に曲がった腰をした老人、マーズスがいた。

 足音に気付いたのか、マーズスが振り返ってリクトに顔を向ける。


「ん? 貴様がここに来たという事は、また隊長になったのか! ちょうどええ、こっちゃこい!」


 呼ばれるままに、リクトはマーズスの隣まで移動する。すると、先ほどファストたちから受けたような眼差しを向けられた。


「くくく、やるのぉ! 貴様のおかげで試験部隊の評判はうなぎのぼり! 儂が作った試験マナ重機を認めざるを得んというわけじゃ! 笑いが止まらんのぉ!」


 ニヤニヤと笑ってくるその姿が不気味で、つい顔を逸らしてしまう。リクトはそれが気持ち悪くて仕方がなかったが、上機嫌で話すときは大抵こんな感じだったことを思だした。


「どうじゃ、量産することしか頭にない奴らに思い知らせてやったわい! これからはこの試験型が戦争の形を変えるぞい!」


 大笑いするマーズスの発言に既視感を覚えながらも、その様子を苦笑いで受け流す。


「そ、それより、ここに隊長を呼び出したんじゃないのか? 何の要件だった?」

「おお、それじゃ、本来なら儂の造った試験型マナ重機の素晴らしさを、とことんまで教えてやるところじゃったが、貴様が隊長ならわざわざ言う必要はないじゃろ。何しろ、その素晴らしさを体感しておるからのぉ」


 そう言うマーズスを放っておいて、リクトは試験型マナ重機を見上げる。2号機、3号機はそれほどではないが、1号機はかなりの傷を負い、見た目にも素晴らしいとは言い難い。


「マーズス、これは直るのか? かなり壊れてる感じだけど」

「ふん。言われんでも、この程度、すぐに直しちゃるわい。そんなことで心配していると将来禿げるぞい」


 すでにハゲ上がった頭を持つ人物の言葉には妙な重みがあった。リクトは心配になって髪の毛を手でかす。


「おい、そこの奴、こっちゃこい」


 その辺を歩いていたマナ人間にマーズスが声をかける。すると、返事もなくこちらに寄ってきて立ち止まった。色素の薄い緑の髪と瞳。どこか焦点のあっていない様子が、人間とは決定的に違うと本能でわかる。


「こいつを動かすのに、もうひとり必要じゃ。さっさと連れてこんかい」

「承りました」


 言伝を聞いたマナ人間は反転して、他のマナ人間を探しに行く。その様子は、意思が薄弱で、言われるがままの行動しかとらない。勝手に動く人形のようだった。これが、従来のマナ人間なのだと、リクトは再認識する。最近はファストたちと行動しており、その事を忘れていた。


「なんじゃ、ボーっとして」


 立ち去るマナ人間に見とれており、マーズスの言葉にリクトは今何をしていたのかを思い出した。


「ほら、邪魔じゃ。これからこいつを直してやらんといかん。貴様の出番は終わり、どっか行け」


 自分の用事が済んだマーズスは、リクトに興味を失い、邪険に扱い始めた。その自分勝手さに、リクトは溜息を吐いた。


「僕はどうしたらいいんですかね?」

「知らん。そんなことは自分で決めろ」


 リクトに視線すら向けなくなったマーズスは、試験型マナ重機に釘付けだった。

 やることのなくなったリクトは、ファストたちのいる部屋へと足を進める。この無駄に広い工場には、自分の居場所がないと背を向けた。

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