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第18話

「……ト、リクト、起きて、リクト……」


 体を揺さぶられ起こされるが、リクトは逆にベッドの中に潜り込んだ。


「ハルカ……後、7分……」


 寝言のように呻くリクトであったが、強引にシーツを引っぺがされる。すぐに、冷たい空気がリクトを覆い、身体を震わせて重たい瞼を開いた。そこには薄い青髪の女性の顔があった。


「……あれ? ファスト?」

「はい。私はハルカじゃない」


 意識がはっきりとしてきて、自分がとんでもなく間抜けな事を言ったと気づく。そして、すぐに起き上がり恥ずかしさを誤魔化す為に、咳払いをした。


「あー、えーとだな……これは、久しぶりにマシなベッドで寝たせいで、気が緩んだというか……寂しいとか女々しい理由ではなくてだな……」


 言い訳を述べるリクトを、ファストはじっと見つめている。その視線が、自分を責めているような気がして、リクトは視線を合わせることができなかった。。


「私は、そんなにハルカという人に似てる?」


 思いもよらないファストの声に、リクトの口が止まる。だが、その意図を理解して別の話に切り替えた。


「いや、全然似てない。髪は長いブロンドで、瞳も黒色。肌の色はファストほど白くない。むしろ、少し焼けている。身長も少し高いかな」


 リクトは久しぶりにハルカの事を思い出す。

 ハジクシミを出ておおよそ1か月。その間、思い返すこともない。それだけ、今まで余裕がなかったのだ。そうすると、ぽつぽつと彼女との記憶が蘇ってくる。


「僕は寝坊する質で、ハルカに起こしてもらう事が多くあってね。よく面倒を見てくれた。そのせいか、今回みたいな勘違いをしてしまったようだ。それに、朝食まで作ってもらったりして、世話になりっぱなしだったよ」

「…………」

「家が近いこともあって……」


 ハルカの事を思い出し、いつもより饒舌になっていると、睨むようなファストの気迫を感じて、ようやく口を止めることができた。


「まあ、それぐらい別人って事だ」

「……なんか不満」


 ファストはそう呟くと、リクトの手を取って引っ張り始める。リクトは引きずられるようにして、ベッドを後にした。



 ファストに連れてこられたのは、いつものテーブルで、センドとサッドもすでに椅子に座っていた。自分が寝坊していた事を再認識させられたリクトは、背筋を伸ばし、寝ぼけた頭を叩き起こした。


「おはよう」

「おう、おはようさん」

「おっはよー!」


 リクトの挨拶にセンドとサッドの呑気な返事が返ってくる。

 リクトもそれに混じるように席に着く。と、そこで、テーブルの上に食事が置かれているのに気付いた。いつもと同じ石のように硬いパンに、追加で鉄のカップに入った豆のスープが並べられている。


「朝食か。ちょうどお腹が空いていたところだ」


 まずはいつもは飲めない豆のスープを口に運ぶ。思ったのとは違い、冷えて味もない。美味しいか不味いかと言えば、不味い。だが、いつもは食べられないという高級感が美味しいと錯覚させる。その後でパンを齧った。


「どう? おかわりもある」


 ファストがリクトの顔を覗き込んでくる。すぐに彼女が準備したという事を察した。


「味はともかく、腹いっぱい食べられるのは、いいところだよな」


 ニヤニヤと笑みを作って見守るセンドとサッド。その2人を見て、リクトは首を傾げた。


「ああ、食事か。あたしたちは不要なんだよ」

「マナ重機に乗ってる時は別なんだけどー、普通ならいらないんだよー。知らなかった?」


 リクトは咀嚼しながら、マナ人間のことについて話を聞いていた。その話を聞いて、リクトはマナ人間に対する知識が随分と少ないことに気付いた。


「おい、貴様、何をやっちょる?」


 食事中、マーズスが部屋に入ってきてリクトに訊ねてくる。しかし、すぐに何をしているか察して、リクトに近づいてきた。


「随分と仲がいいのじゃな」

「ああ。一緒に戦った仲だし、これくらい普通だ」


 リクトの言葉の後、部屋がしんと静まり返る。何か悪いことを言ったのかと、リクトは周囲を見渡す。その様子にマーズスにしては珍しく、真剣な表情をリクトに向けた。


「貴様、こっちゃこい」


 食事中だというのに、やけに威圧的な物言いにリクトは席を立つ。そして、マーズスの後について歩き始めた。



 マーズスの行き先は黒板と棚が置かれた部屋だった。

 いつ見ても、用途のわからない薬品や、マナの実の殻が置いてあったりと、ここがどんな部屋なのか、リクトには分からなかった。

 マーズスは部屋にある棚の中でも最も大きなものへ近寄ると、何かごそごそと中を漁り始めた。すると、ガコンという音と共に棚がスライドすると、その奥に木製の扉が見える。

 その扉には大がかりな鍵がかけられており、それをマーズスが開錠する。すると、開いた扉から生臭い臭いと、言い表せないような薬品のような臭いが、混じり合った空気が流れ込んできた。

 リクトは思わず顔をしかめて鼻と口を腕で押さえた。マーズスは何の躊躇もせず、扉の奥へ入っていく。それを追うようにして、リクトも扉へと入っていった。



 扉の奥には薄暗く広い空間が存在していた。

 その暗さから全容はわからないが、人ひとりが入れるサイズの水槽が十数個ある。その水槽は黄色い淡く光る液体で満たされていた。

 リクトは鼻と口を押えたまま、周囲を見渡す。すると、水槽の中で何かが動いたものがあったので、近寄って目を凝らした。


「!! これ、女……なのか!?」


 水槽には女性が漂っている。意志を持っているようでリクトと目が合った。

 女性は水槽の中にて、溶液に全身が浸っている。もちろん、頭も溶液の中にあり、呼吸などできるはずがない。そんな状態でありながら、リクトを凝視してきた。その異様さに、リクトは1歩後退る。


「マナ人間じゃよ」


 マーズスがぽつりと言葉をこぼす。

 その声に、リクトは振り返ってマーズスを見た。


「マナ人間はな、マナの木の実からとれる果汁によって成長するのじゃ。この黄色い液体がその果汁。マナの木の実から取り出した『マナ人間の素』をこうやって漬けることで、マナ人間が生まれるのじゃよ」


 リクトは息を飲む。マナ人間の出生を知らない為に、これほど人間とは違う事実に動揺してしまう。


「3日も浸かればマナ人間としては成体となる。全く浅ましい」


 マーズスは呪詛を吐き捨てるように、そう言う。

 こちらに興味を持ったのか、マナ人間のなりそこないは、水槽のガラスに手を付けてリクトを目で追っている。


「貴様はマナ人間を人間と勘違いしている節があるのぉ。見ておれ、マナ人間という物体の正体を」


 マーズスはリクトを見ているマナ人間が入った水槽へ歩み寄り、備え付けられた足場へと移動する。そして、おもむろにマナ人間を水槽から出した。

 ずぶ濡れのマナ人間はまだ成体ではない為、地上ではろくに動くことができない。マーズスはそんなマナ人間の腕を掴むと、すぐ近くにある糸鋸を手に取った。


「何をしようっていうんだ!」

「まあ、見ておれ」


 マーズスは鋸をマナ人間の腕に添えると、思い切り手前に引いた。すると、その腕から血が零れ、床を濡らす。



「!!!!」


 マナ人間は声が出せないのか、口をパクパクと動かして、苦痛を訴える。だが、その訴えは誰の耳にも届かない。


「止めろぉッ!」


 リクトの静止を無視して、マーズスは鋸でマナ人間の腕を切り続ける。鋸が前後に動くたびに血があふれ、どぼどぼと床に落ちていく。リクトは駆け出すものの、すでに手遅れで、マーズスの鋸はマナ人間の腕を切断し終わっていた。


「これはいったいどういう事だ! 悪ふざけにしては、度が過ぎてるだろ! やっていい事と悪い事くらいわかるだろ!」


 リクトは怒鳴り散らすが、マーズスは平静なままで、苦しむマナ人間を眺めていた。


「そう、はやるでない。物事は最後まで見届けるものじゃ」


 マーズスはマナ人間と切断した腕を再び水槽へ投げ入れる。水槽に血が混じり、濃いオレンジ色に染まっていく。

 リクトはマーズスの言葉通りその後の経過を見守る。すると、異変はすぐにやって来た。


「腕が生える……?」


 マナ人間の切断されたはずの傷跡から、腕が生え始めていた。

 まるで、花の開花を見るように、ゆっくりとだが確実に肉が盛り上がり、腕を形作っていく。あまりにも現実から離れた様子にリクトは目を離すことができない。


「体の方は、3時間といったところじゃの。腕は3日かかるじゃろうか」


 マーズスの言葉にぞっとしたリクトは、切り離された腕へ視線を向ける。そこには今まで以上に奇妙な光景があった。

 腕から身体が生えようとしている。肉が盛り上がり、何かを形成しようとしている様子だが、ただの肉の塊になる可能性もある。だが、違う。それは確かに何かを形作っている。これがいずれ人の形をするようになると、リクトには確信できた。


「こいつらは身体の1部分からさえ、再生するんじゃ。切り離してやれば2つに分裂して、2体のマナ人間となる。なんと、単細胞生物と変わらんのだよ、マナ人間というのは。いや、生物とさえ言えぬマナ人間は単細胞生物未満だ。そんなモノが人の形をして、動き回っておるのじゃ。何とおぞましい事か……」


 マーズスはそう言い捨てて、血まみれの鋸も床も放っておいて、足場から降りてくる。あまりのショックに、リクトはその胸倉を掴むことさえ忘れて、マナ人間を凝視し続けた。


「マナ人間はマナの実からではなくとも増やすことができてのぉ。本来なら果汁を溜めた池に部品を投げ込むのじゃよ。そうすると、成体となったマナ人間が自らの足で池からはい出てくるのじゃ。毎日、何百を超えるマナ人間が生まれてくる……何ともお手軽なものよ」


 リクトは想像してしまう。

 池に折り重なって溜まった千を越えるマナ人間たち。それが、1人ずつはい出てくる様子を。それはもう、悪夢を越えた何かだ。リクトは不快な臭いを気にすることもできず、震え始めた身体を腕で押さえていた。


「次はこれを見せてやるかのぉ」


 マーズスはリクトの様子を気にすることもなく、奥へと進んでいった。

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