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第16話

「ははは! 素晴らしい戦果じゃないか! 最初は人間が戦闘に参加するなんて、頭のネジがぶっ飛んだ話だと思っていたが、まさか、これほど効果的とは!」


 机を挟んだ反対側にいる小太りの上官はいつも通り、椅子に身体を預け、足を組んで尊大な態度をついている。それに加え、今回は馬鹿のように口を開けて、腹の底から笑い声をあげていた。

 デリエル城塞を攻略後、カーゴに揺られ、仮設陣地まで戻って来ていた。それから、すぐにいつものテントに呼ばれて、リクトは上官からの労いを受けている。これと同じような言葉を前に聞いた気がした。

 こういったことに慣れる必要があると、リクトは思っていたが、やはり胸の辺りがむかついてくる。奥歯を噛み締め、表情を平静に保つ。


「どうだ! 本部の連中め! 今まで馬鹿にしやがって! 私が本気を出せば城塞の1つや2つ、簡単に攻略できるんだぞ!」


 コンプレックス丸出しの上官は、リクトが目の前にいることを気にしていない風で、笑い続ける。


「もう、用事はお済でしょうか?」


 リクトの言葉に、上官は下品な笑いを止めて、ようやくこちらの存在を思いだしたようだ。すると、上官は棚へ手を伸ばすと、そこに飾られていた洋酒を手に取った。

 薄汚れたテントには似つかわしくない綺麗なガラスのグラスを取り出し、その中身を注ぐ。2つのグラスに琥珀色の液体が満ちると、上官は片方をリクトの前に置いた。


「これは?」

「私からの祝杯だよ。手柄をあげたのだ、この程度はしてやらんと、いい上官とはいえんからな」


 リクトは目の前に置かれたグラスを一瞥する。


「申し訳ありません。私は未成年なので、お酒は飲めません」

「うん? まだそれくらいの歳だったか。ここでは誰も咎めんというのに、要らぬなら仕方がないな」


 上官はそう言うと、自分のグラスを手に取り、一気にグラスを煽った。そして、大きく息を吐いて笑顔を作る。


「美味い! 勝利の酒は格別だな! 少し摘まむものが欲しくなるが、まあ、贅沢は言えんな」


 上官はリクトの前に置かれたグラスに手を伸ばすと、そのまま握りしめて、再び一気に煽った。顔は上気したように赤くなり、だらしなく目じりが下がる。

 その様子を眺めながら、リクトは少し眉を顰めた。


「もう用事がないのでしたら、部隊に合流したいのですが?」


 提言したリクトの顔を上司はじっと見つめる。そして、手に持っていたグラスを机の上に置いた。


「そう急かすな。貴様には本部から指令が来ている」

「指令?」

「そうだ。貴様ら試験部隊は1度王都へ戻ってもらう」


 意外なことに、リクトは目を白黒させた。デリエル城塞を攻略したとはいえ、まだまだやることはずである。だが、上官はその必要はないと言う。


「何を心配しておる。『戦場処理』はこちらで行う。貴様らは何も気にすることはない。この度の戦果を掲げて凱旋すればいい」


 戦果という言葉に、リクトの眉毛がピクリを動く。その為に、ここまでやって来たのだ、目的は果たせて胸を張るべきである。


「はっ! 指令、承りました」


 そう言って、深く頭を下げて礼をする。


「明日、王都へ行くカーゴが出る。今のうちに準備しておけ」

「はっ!」


 リクトは用事は済んだと、上官に背を向けると、テントから出ていく。その背後から上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。



 テントを後にしたリクトは試験部隊が待つマナ重機置き場へとやってきた。マナ重機は仮設陣地から、かなり離れた片隅に置かれている。その間に憤る気持ちを宥めていた。


「おう、隊長さん。何の用事だったんだよ」


 こちらに気付いたセンドが黄色いマナ重機を降りて、リクトに近寄ってきた。

 それに気付いて、サッドもこちらに歩いてくるが、ファストの姿はなかった。


「喜べ。王都への帰還が命じられた」


 その言葉に、サッドの顔は綻び、センドの目は驚きに見開いた。


「え! 本当? やったー! ゆっくりとベッドで眠れるんだー」


 無邪気に騒ぐサッドを見て、リクトも気分が高揚してくる。こちらに来てからというもの、パンの欠片ぐらいしか食べていない。もう少しまともな食事ができるのだと、期待してしまう。


「そいつは朗報だ。ファストにも教えてやれよ。あいつも喜ぶはずだ」

「そう言えば、ファストは?」

「1号機を弄っているはずだ。それにしても、あんた最初は利用するみたいな事を言ってたが、随分とこちらに肩入れするようになったな」


 センドの言葉に、自己紹介した時の記憶が蘇る。その時は、無実を証明できればなんでもいいと考えていた。それが、今では仲間として付き合っている。そのことは、リクトにとってはいい事だと感じられた。


「そう……だな。前にも言った通り、無実を証明するには、協力が必要だったんだよ」


 リクトはそう言うと、照れくささから、顔を背けて視線を逸らす。それから、返事を聞かずに、1号機の方へと歩いていった。

 座った状態の1号機、その足元に薄い青い髪を揺らしたファストが立っている。


「試験部隊は王都に帰還する指令が下った」

「……そう」


 あまり感情を出さないファストの隣にリクトが立つ。

 彼女が見つめるその機体の青い装甲はズタズタになっており、その下から赤い色が見えていた。


「1号機がどうかしたのか?」

「随分と、ボロボロになった」


 その言葉にリクトは頭を掻く。自分のせいでこうなったのだと自覚があるため、どうもバツが悪い。


「いや、悪かったよ。あの時は色々と冷静さを欠いていた。君にも負担をかけた」

「ううん。それはいいの。ただ、よく頑張ってくれたと思って」


 デリエルフォートレスとの戦闘、その後の乱戦、それらを経て、盾を失ったといえ、十分に戦ってくれた。こうして五体満足に動いてくれたことにリクトは感謝した。


「王都に戻ったら、マーズスに直してもらわないとな」

「もう次の出撃は決まっているの?」


 リクトはファストの言葉にハッとさせられる。どうして次の事を考えているのか、どうして次もあると決めつけているのか、無実を証明すれば、自分は自由の身になれるはずなのに。


「いや……もう、ないかもな。充分な戦果を上げたんだ。僕は釈放される筈だ」

「そう……ね。もう、試験部隊は不要かもしれない。それだけの戦果を上げた」


 リクトは自分が言った言葉を後悔した。

 自分は釈放されてたとして、ファストたちはどうなるのか。戦争の為に作られたのだ、不要になって捨てられるか、次の戦場に送られるか、それとも、別の用途があるのか。


「リクトは喜ぶべき。自分の役目を果たした。そして、私たちも役目を果たせた。だから、きっと王都に戻ったら、もう会うことはないと思う」


 ファストの言葉を聞いて、落ち込む自分に活を入れる為に、頭を乱暴に掻いた。

 何か話題を変えようと、頭を働かせる。


「そ、そうだ。この1号機、青く塗られてるけど、なんで中身は赤いんだ? 友軍も赤色だし、何か理由でもあるのか?」


 リクトは自分でも強引だと思ったが、1号機を見ていて出た疑問がこれだった。ふと、ファストがこちらを見ていることに気付く。それは、頭がおかしくなった人を哀れむような目だった。


「そんなことも知らなった?」

「ああ、知らなかった」


 ファストが溜息を吐くと、説明を始めてくれた。


「王国では主に紅鉱石が採取できる。これを溶かして製鉄すると、含まれている成分から、赤色の鉄……紅鉄になる。それを加工するから、王国のマナ重機は赤色になってる」


 ファストの解説にほうと感心してしまう。

 こんなのは当たり前だといわんばかりのファストだったが、リクトにとっては初めて知ることだった。


「帝国は黒鉱石が採取できるだから……」


 リクトはファストの話を頷きながら耳を傾ける。

 その場をやり過ごすための質問だったが、ファストもリクト自身も気が紛れていた。

 しばらく、2人はマナ重機について話を続けた。

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