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第15話

 リクトは1号機を立ち上がらせる。

 装備していた鉄の盾は吹き飛び、残ったのはマナライフルのみ。地面を転がったせいか、装甲のあちこちは削れ、深い傷跡を残している。レバーを操作して動かす度に、金属の擦れる癪に障る音と、金属が軋む音が聞こえてくる。

 満身創痍とはまさにこのことで、かろうじて歩行ができる程度の機能しか残されていない。


「おい、やるじゃないか、隊長さん」

「ねぇ、ねぇ、見てた? すごいでしょ、私の射撃!」


 ボロボロの1号機に集まるように、2号機と3号機が寄ってくる。操縦しているセンドとサッドは上機嫌といった様子で、リクトを褒めたたえている。


「サッドの射撃には助けられた。流石だな。センドがいてくれたから、安心して前だけ見ることができた。ありがとう」


 リクトは通信機に向けてそう言った。これは心の底から湧き上がってきた気持ちであり、変に持ち上げるためのものではない。嘘偽りのない労いの言葉だった。


「それと、ファストには迷惑かけたな。僕の無茶に付き合ってくれて」

「おまけのように言われても嬉しくない。それより、司令部から通信が入ってるから、静かにして」


 リクトは余計な事をしたと、苦笑いを浮かべる。労わったつもりが、今度こそ迷惑をかけることになってしまった。

 試験部隊全員はどのような通信が届いたか、神妙な面持ちで息を飲んだ。ファストはスピーカーを耳に当て、通信機の端子を回している。ファストがスイッチを入れると、全機に男の声が流れてきた。


『エルキャベータ帝国デリエル常駐軍は我々に対して敗北宣言を行った! デリエルズヒルの戦いは我々王国軍の勝利である!』


 通信機から偉そうにふんぞり返っていた上官の声が聞こえる。これは明確な勝利宣言であり、これ以上の戦闘行為は無意味であることを表していた。


「よし、これで任務は終了だ。撤退準備を……」

「待って、まだ終わりじゃない」


 ファストの小さいが強い語調の声が聞こえてくる。それは、何を意味しているのか、リクトはまだ知らない。デリエルフォートレスは撃破した、後は友軍がデリエル城塞を押さえれば終わりのはずである。相手は敗北して、こちらが勝利した。


「それはどういう意味――」


 リクトは言いかけた言葉を止める。その理由がすぐ目の前で繰り広げられていた。

 敗北宣言をしたはずのデリエル城塞から、黒いマナ重機がわらわらとはい出てきたのだ。死に体となったはずのマナ重機がだ。


「言葉通りの意味。ここからが本番」


 橋のように狭い地形で、赤のマナ重機と黒のマナ重機がぶつかり合う。お互いにマナライフルを撃ちあう姿は、今までの戦闘と同じように見える。だが、そう見えるだけである。リクトはその様子を見つめていると、目を大きく開いた。


「なんだ……これ……」


 その戦闘は今まで以上に凄惨なものであった。

 敵機はマナライフルを構え、友軍へ突撃していく。鉄の盾を持っているにも関わらず、それを構えることもせず、ただ一直線に突撃していく。

 敵機は一心不乱にマナライフルを撃ち続け、友軍を圧倒し始めた。何も考えないただの突進がこちらの勢いが上回る。

 友軍の抵抗によって破壊された機体を蹴るようにして前へ進み、敵機はただひたすらに前進する。その捨て身の戦法はいつしか友軍を抑え込み、圧倒していった。


「ここでの戦闘は終わったんじゃないのか?」

「……ちっ! まだ終わりじゃねぇ。ここからが、マナ人間の本領発揮だ」


 センドの吐き捨てる呪詛のような声が聞こえる。


「これが、最後の仕事『敵軍のマナ重機を1機でも多く破壊する』だ」


 敵機の行動は捨て身、悪く言えば特攻である。相手を打ち取るためには、何とも厭わない。ついに敵機は友軍を蹴散らし、破壊されたデリエルフォートレスの脇を通り過ぎて、広がる地面に殺到していく。蜘蛛の子を散らすように広がっていく。そして、それはすぐにもこちらに向かってくる。


「リクト! 迎撃を」


 ファストの声に、リクトはハッとして、飲み込まれそうな意識を取り戻した。

 右手に残ったマナライフルを見て、その心もとなさを振り切る。そして、マナライフルを構えた。


「後退したら、総崩れだ。ここで迎え撃つ」


 そう言うと、すぐさま2号機が迫る敵機との間に割って入ってきた。盾を構え、ポールハンマーを打ち込めるように持ちあげる。


「あんたは下がってろ。そんななりで戦うつもりか!」


 2号機は走りマナライフルを撃ってくる敵機へ向かうと思い切りポールハンマーを打ち込む。それを食らった敵機は吹き飛び、他のマナ重機を巻き込んで倒れていく。

 それでも、敵機は2号機に向かって殺到してくる。そのうちの1機を3号機の援護が行動を不能にしてみせた。


「そうだよ! ここは私たちにまっかせて!」


 3号機は狙いもつけずにとにかく、撃ち続けて弾幕を張ろうとする。しかし、相手の勢いを殺しきることはできない。

 撃破しても撃破しても、後続のマナ重機が途切れることなく、突進してくる。それは生者を引き込もうとする亡者のようであった

 2号機も3号機も奮戦するが、明らかに手数が足りていない。


「くそっ! こんなこと! こんなことぉ!」


 リクトはそう叫びを上げると、敵機に向けてマナライフルを撃ちこむ。動きは鈍くなったとはいえ、回避するつもりのない特攻を相手にするには十分効果がある。

 撃って、撃って、撃ちまくって、さらに撃ち続ける。馬鹿みたいに敵機は沈んでいくが、その勢いは殺しきれない。次から次へ殺到する敵機に弾丸を撃ち込んでいく。その単調な行動を繰り返すうちに、リクトは自分が射撃するだけの機械になっていくのを感じた。ただただ、寄ってくる敵機に向かってトリガーを引くだけ。


 2号機のポールハンマーによって最後の1体が吹き飛んでいった。

 もう敵機はいないというのに、1号機は射撃を止めようとしない。それを操縦するリクトは呼吸を荒くして、ただただトリガーを引き続けていた。


「おい、馬鹿! 止めろ!」


 2号機に腕を取り押さえられ、ようやく射撃が止んだ。

 トリガーから手を離したリクトは、呼吸は荒く、手は震え上手く動かない。自分が今まで何をやってきたのか、はっきりしていない様子でぼうっと宙を見ていた。

 2号機はようやく射撃が止まった1号機の手を離す。


「これは……」


 リクトはようやく辺りを見渡せるようになって、地面に転がるマナ重機に気付いた。

 マナエンジンを撃たれて燃え上がるもの、操縦席を潰されて血まみれになったもの、踏み潰されぐちゃぐちゃになったもの。そんなものが、目の前に広がっていた。リクトは急な吐き気から手で口を覆う。だが、吐くものもほとんどないためか何も零れといて来ない。


「リクト、少し休ん方がいい」


 ファストの心配そうな声がリクトに届く。それで、ようやく自分を取り戻す。


「はぁ……はぁ……何が、どうなった?」


 何が起きてこうなったのか、リクトは頭の中を整理することができていない。視線を左右に動かし、自分の位置を確認する。


「うーん……これが、マナ人間ってやつかなー」


 今までリクトと同じように戦っていたはずのサッドは、いつも通りの気楽な声でそう言った。その言葉の意味が分からず、眉を顰めた。


「マナ人間を撤退させるより、敵機を1機でも多く壊させる方が有益だんだよ。だから、特攻をかけさせる。あたしたちはどこまで行っても消耗品って事だ」


 最後の悪あがき。ここを放棄しても、次の戦いの為に、相手を減らす。替えの利くマナ人間だからこそ実行できる命令である。


「何だよ、それは……なんでこんな事ができるんだ! おかしいだろ!」


 リクトは叫んでいた。

 命を命を思わないこの惨状に対して、自分でも意識したわけではないが、心がそう叫びたがっていた。


「……違うよ」


 やけに冷静な声がファストからこぼれていた。


「おかしいのは、リクトの方。これが、マナ人間の正しい在り方」


 自分だけが浮いていることに、リクトはようやく気がついた。リクト以外は、そういうものだと受け入れている。そう思うと、急激に頭が冷えてきた。それでも、心の中のわだかまりが消えるわけではない。


「ともかく、これでここの戦いは終わりだ。さっさと撤退しようぜ」


 センドの言葉にリクトは強く目を瞑る。気持ちを切り替えなくてはならない。何故なら、自分は隊長で、全員の命を預かっている。

 みんなと帰らなくてはならない。


「わかった。今より撤退を開始する。まだ敵が残っているかもしれない。周囲の警戒は怠らないようにしよう」


 リクトの言葉に、各々が準備を始めた。

 全体重を座席に預けて空を仰ぐ。両手を目に当ててぐっと押さえつけた。切り替えられない気持ちを強引に切り替える。これで終わりなのだと、自分にそう言い聞かせた。

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