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第10話

 ファストから1号機の操縦を教えてもらい、かなりの時間が経過した。明るかった外は日が落ちて闇夜が近づいている。操縦席に吹く風も冷たくなり、本格的な夜の訪れを告げていた。


「少し休憩する」


 ファストの短い言葉に、リクトは身体から力が抜けていく。常に考えながらレバーを動かす行為は、存外肩に力が入ってしまう。ぐっと背筋を伸ばすと傷跡が痛み、つい顔が歪んでしまった。

 そんなリクトを放っておいて、ファストが1号機から降りていく。それに続いてリクトも開けっ放しの扉から外に抜け出した。1号機から降りると、灯りがついたランタンを挟むように、センドとサッドが座っているのが見える。


「おい、操縦は大丈夫なのか? さっきから、腕をぶつけてばかりだったが?」


 センドは開口一番そんな言葉を投げかけてくる。リクトはバツが悪そうに、頭を掻いた。


「ダメ。センスが感じられない」


 ファストは辛口の評価を返していた。

 リクトとしては、順調に飲み込めていると思っていたが、そんなことはなかったらしい。そんな様子を見て、サッドは無邪気に笑っていた。


「ねぇ、ねぇ、もうあんまし時間がないけど、本当にだいじょーぶなの?」


 ファストとセンドは苦笑いを浮かべていたが、リクトは真面目な顔をする。そして、サッドに向かって笑ってみせた。


「大丈夫だ。戦場に着くまでに憶えて見せるさ」


 それは、自分に言い聞かせるような言葉だった。このままではろくに歩くこともできないだろう。だが、リクトは必ずそれ以上に操縦しなくてはならない。ただ戦争に参加すればいいわけではない。敵を倒し、戦果をあげる必要がある。それに、自分の技能が上がれば、彼女たちを守ることもできる。リクトはそう思っていた。


「それより、お腹が空いたな。カーゴに乗ってから何も食べていない」


 それは彼女たちも同じはずで、空腹なはずだ。だが、彼女たちはそんな風には見えない。


「食事か。あたしたちはこれでいいんだよ」


 センドは皮の袋を取り出すと、そこから木の実の殻のようなものを手に乗せた。パッと見た感じ、梅の種のように見えるが、これが食事なのかと、リクトは訝しんだ。

 センドは殻を摘まんで、口の中に入れて、噛み潰す。カリッと小気味よい音がリクトの耳に届く。殻を噛むセンドはどことなく幸せそうに見えた。


「そうだ! 隊長も食べてみたら? 美味しいよ」


 サッドはセンドの手に残った殻を摘まむと、リクトの口へ運んでいく。リクトはリクトで何か口にしたかったので、口を開けて殻が来るのを待った。


「はい、あげる」


 口の中に放り込まれた殻を奥歯でかみ砕いた。瞬間、全身が総毛立つ。不味い、美味いの前に、強烈な不快感に襲われる。脳みそと内臓を素手で掴まれたような気色の悪さ。吐きだそうとしても、身体がそれを許さない。気持ちの悪い何かが体中を走り回る。前後不覚となり、頭がぐるぐると回った。


「おいおい、だらしがねぇな。これぐらいの量なら平気だろ」


 センドにそう言われるものの、リクトにはその量が耐えきれない。激しい眩暈に苦しんでいると、ファストが口を開く。


「マナの実の殻は人体に有害。毒と変わらない」


 初めて知ったと、センドとサッドが感心する。だが、リクトにとっては、それどころではない。


「わかっているなら、止めてくれ」


 リクトは頭を押さえながら、ファストを責めるが、彼女は意に介さないように平然としている。だが、何かしら悪いと思ったのか、パンを差し出してきた。


「これで元気になって」


 そのサイズはリクトにとって小さすぎるものだったが、貰えるのなら貰おうとそのパンを手に取った。これは石のように硬くて、城塞の牢屋で食べたパンを思い出した。


「ありがとな」


 そうであっても、望むべき食事。リクトはありがたく頂戴した。

 リクトにはまだまだ学ぶべきことがたくさんある。それをこなしていくにはまだ時間がかかりそうであった。




 カーゴが王都セントロタスを離れて3日。

 リクトは試験型マナ重機1号機の操縦席に座り、戦場にたどり着くのをじっと待つ。カーゴが進む軽い揺れを感じる。この揺れがが止まれば、それは出撃の合図。初陣はもうすぐそこまでやって来ていた。張り詰めた空気が重苦しく、深く呼吸することで気持ちを静める。

 操縦席の前のファストは何を考えているのか、自分のように緊張しているのか、訊ねたかったがそれを許すような空気ではない。


 いずれ、揺れは止まり、戦場へと到着した。


 デリエルズヒル。

 ここが戦場となり、半年が過ぎようとしていた。

 緑広がるなだらかだった丘が、煙と火で燻る地獄となっていた。

 その様変わりに、野生動物はいなくなり、無機物しか存在しない。

 空は黒煙で曇り、太陽の光はまともに届かない。辺りを照らすのは、どこかしこにある残り火だけ。


 リクトはひときわ大きく息を吸い込んだ。


「よし、これから出撃する。準備はいいな」


 他の2機には通信で伝わっているはずである。返答がないのは準備ができているということだろう。

 リクトが数多くあるレバーを引いたり、押し込んだりする。すると、座っていた1号機がゆっくりと立ち上がった。

 短く太い足、マナライフルと紅鉄の盾を持つ大きな腕、頭部は2つの目。巨人と言っていい姿だったが、それは歪で人間とは異なっていた。

 1号機は1歩踏み出し、カーゴから降りようとする。その隣を2号機と3号機が通り抜け、1号機を置いていくかたちでカーゴから下りていく。

 少し遅れて、まごついた様子の1号機がカーゴを降りる。レバーを動かしていたリクトは息を吐いて、緊張をほぐした。少し余裕ができたリクトが辺りを見回すと、他の赤いマナ重機たちもカーゴから降りて、歩き出していた。


「ファスト、これからどうしたらいい? どこに進んでいけばいいかわからない」

「特に指示がない。近くのマナ重機の後ろについていって」


 ファストの声にすぐ前にいるマナ重機に視線を向ける。彼女は自分がどこに行けばいいのか理解しているようで、迷うことなく前進していく。

 リクトはレバーを操作して、その後に続いた。


 少し歩くと、遠くから銃声と爆破音が聞こえてきた。それが否が応でも戦場にいることを知らせてくる。

 さらに歩いていくと、足元に朽ちたマナ重機が横たわっていることに気付く。だが、前を歩くマナ重機は平気で乗り越え、さらに先に進む。

 焦げ付く臭いと、生臭い臭いにリクトは顔をしかめ、鼻を押さえた。銃声は大きくなり、マズルフラッシュまで見えるようになってきた。

 ここは戦場の真っ只中だった。遠くに見える赤いマナ重機は黒いマナ重機と銃撃戦を繰り広げており、リクトは初めてマナ重機の戦闘を目の当たりにする。


 その光景に圧倒されたリクトは、呼吸を乱していく。息を吸おうにも、吐き出す息とタイミングが合わない。手は震え、ろくにレバーを握ることすらできず、コックピットの椅子に座っていることしかできなかった。


 唐突に連続するマズルフラッシュに、いくつもの銃声が耳に届く。

 目の前の赤いマナ重機は炎を上げて、地に崩れ落ちた。ただ見ることしかできないでいたリクトの呼吸はさらに乱れていく。

 倒れた巨人の前には、ライフルを構えた黒いマナ重機。そのライフルが眩く光ると、リクトが乗る1号機の隣を弾丸が通り過ぎていく。


 リクトが動けないでいる間に、遠くから放たれた弾丸によって黒いマナ重機は頭を吹き飛ばされ、ぐらりと揺れる。そこに、2号機がポールハンマーを叩きこむ。

 金属がかち合う高音と、火花が散る。コックピットを潰された黒いマナ重機は沈黙した。


「大丈夫? 初めての戦闘にビビっちゃったのかな」


 サッドが冗談めかしたように言う。


「おい、ボーっとするな! ここは戦場だぞ。早々に退場するつもりか?」


 センドは感情を丸出しにした怒声をあげた。2人の言葉に、リクトは自分を取り戻す。気圧されていた気持ちを切り替える。


「操縦できない?」


 前の座席に座るファストが平静な声で訊ねてくる。リクトはは震える手をレバーに添えて、呼吸を整えた。


「大丈夫。訓練はしてきた。次はちゃんとやる」


 ぐっと握ったレバーを動かす。1度止まっていた1号機が歩き出した。


 戦場の前に出る為に、足を1歩1歩確実に進めていく。先ほど前を歩いていた赤い巨人を踏みつけ、足場にして歩いていく。


「隊長、ちゃんとやってよね」

「本当に勘弁しろよ。指示を出すのがお前の役目だろ」


 後方からサッドが、前方からセンドがリクトを責めてきた。


「私が指示を出した方がいい?」

「いいや、僕が指示を出す」


 リクトを見上げながらファストが提案してくるが、リクトはそれを却下した。ファストは再び前を向き、耳にスピーカーを当てる。


「ここからは、打合せした作戦通りにやろう。センドは前に出て盾を構えて攻撃に備えて」

「了解。次はしくじるなよ」


 2号機は盾を構えなおし、ポールハンマーを肩に乗せる。


「サッドは後方で敵の頭部センサーを狙ってくれ。センサーを潰せば相手の攻撃精度はぐっと下がる。先制できると助かる」

「私にまっかせて! どんな的にも当ててあげるわ」


 3号機は両手でライフルを持ち、いつでも射撃できるように準備する。


「ファストは通信と索敵に専念してくれ。僕はマナライフルで牽制する。敵の数が多い場合は多少の足止めになる筈だ」


 リクトの声にファストは軽く頷いた。

 1号機も盾を構えなおし、いつでも撃てるようにマナライフルを正面に向ける。


 1号機はさらに足を進め、先ほど倒れた黒いマナ重機を乗り越えていく。


「3対1になるように立ちまわって、確実に仕留めていこう」



 3機は前進していくと、ほどなくして、前方に黒いマナ重機がいるのを発見する。先ほど倒したマナ重機と全く同じ形、同じ装備。個体差があるマナ重機が稀なのだ。


「はっと! いただきぃ!」


 サッドは先制の一撃で敵の頭部を吹き飛ばす。照準が狂った敵のライフルはまともにこちらを捉えらない。


「ありがとう、サッド。センドは敵に向かって攻撃を」


 敵はそれでもこちらに向けてライフルを撃ってくるが、センドが乗る赤いマナ重機の大きな盾がそれを防ぐ。

 リクトは今度こそ座席の隣にある複数のレバーを動かす。青いマナ重機は照準を敵に合わせて、マナライフルを撃ち続ける。その弾幕に、敵は動きを封じられた。


「言われるまでもない!」


 最後にセンドが乗る巨人がポールハンマーを大きく振りかぶってから、全力で振り下ろす。遠心力と先端の重量、マナ重機の力が加わって、どんな鉄であってもその悉くを叩き潰す。

 操縦席を潰された敵の巨人から血が流れてくる。マナ人間が潰されて死んだためだろう。

 リクトは口を手で押さえ、嘔吐を耐える。


「どうしたの? 気分悪い?」


 前の座席に座るファストがリクトを気遣ってくる。首を横に振って、自分が平気であることを示す。


「いや、それより、まだ敵がいる。十分に警戒していこう」


 リクトたちのマナ重機はさらに前に進む。先ほど打倒した黒い敵機を踏みつけながら進んでいく。これはまだ、地獄の入り口に過ぎない。リクトたちはさらなる地獄へと進むことになるのだから。

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