第三話 ギョンビー
微グロ話(予期せぬ方向で)
苦手な方はご注意ください。次話の前書きにダイジェストなあらすじ作っときます。
この世界の時間がどうなっているのか。
創造神である自分にもよくわからない。
創造神の体感では一日とかすごい早い気がする。
事実、一日一球のはずの太陽球サンボールを、短い間にもう何度も見送っているのだ。シ○シティを最速でプレイしてる状態である。
あとで時を司る神とか、タイムアラームの神とかスーパースローの神とか作ろう。
そんな事を頭の片隅で考えながら、裏世界コキュートスに発生した事象に見入っていた。
なにもない。
見渡す限り氷に覆われた大地。
熱源は大穴から捨てられた、太陽球の消えゆく残骸しかない極寒の地。
いわばここは、まだ単なる世界の廃棄場だった。それなのに。
彼らはそこにいた。
いや、果たして彼らという名称が正しいのか……。
裏世界には、見たこともない謎の生命体らしきものが発生していたのだ。
ていうか、なんだあれ。
死体?
目は凍り、鱗には艶はなく、氷の大地を無理に引きずり歩いたせいか胴の肉が削れて骨が見える個体まである。
それは一見、死んだ魚のように見えた。
自然解凍するために放置しておいたら、野良猫に食い散らかされた魚の骸に思える。
大小種類も不揃いな魚介類たちは、ベッタンビッタンはね飛びながらコキュートスの氷から這い出し、適当にくっつけたアリゲータのかけら――土と岩のある大地目指して、不格好な行進をしているのだ。
これはゾンビですか?
マグロとかイワシはまだいいが、勢いで作ったグロテスクな深海魚の中には原型のわからない肉塊から白い糸ミミズみたいなものが何本も出てうにょうにょしてるのとか見てらんない。
って、うわっきもっ。
『創造神は世界のすべてを愛す存在なんですから、そういう事は思っちゃダメです』
だってほんとにキモいんだもん。
いくらおれでも魚のゾンビは愛せない。キスしてなんて言わせない。というかこんなのおれの子じゃないやい。
凍てつく大地を這いずる混沌たちは、まだいい方だ。
アリゲータのかけらにたどり着いたギョンビー(今考えた魚のゾンビの造語)はもうかなり損傷がひどく、太陽球の余熱で若干暖かいせいか腐臭を発し始めている。魚と言えるような原型もほぼなくミートボール、つくねハンバーグだ。
鼻がひん曲がるような生臭いが辺り一帯を漂う中、余熱で気持ちよさそうに焼かれている魚はシュールなんてものじゃない。
せめてブルーレアじゃなくてヴェリーウェルダンだったら臭わなかったろうに。
まだ自分の肉体作らないで本当に良かった。
この臭いを神様感覚ではなく、生身で嗅いでたらショック死してるところだ。
ありがとうメアリー、君のアドバイスのおかげだ。君は本当に女神だ。目やにだけど。
『このために忠告したわけではないんですが……あ。そういえば私、いつの間にか女神扱いなんですね』
えっ。
違うの!?
『いえ、目やにの頃から女神ですけど。女神と呼ばれた事がなかったので』
は~。ビックリした~。
女性声だから思いっきり女性名のメアリーなんてつけたけど、これで男神だったらおれ死んでたわ。こんな癒やし声が男とかショック死しちゃうよ。
『ジョージは死にやすい神様ですね』
まあ死なないけどね。フリだけどね。例えだけどね。
いや、それはどうでもいいんだ。
そんな事よりギョンビーだよ。
おれが驚きのあまり無駄話している間にもギョンビーたちは増え続け、その勢いは増すばかり。
よく観察していると、連中の出身は始まりの海ファーストシーだった。
魚には世界の果てから落ちないよう、そこを避けるように回遊する本能を植え付けているのだが、魚の死骸まではそうもいかない。果てから落下する水と共に、ごく稀に落ちてしまう。
そしてコキュートスに来るまでに凍り付き、氷の大地の一部となる……はずなのだが、やつらは一匹残らず氷から這い出して、アリゲータのかけらを目指すのだ。
まるで、そこが約束の地のように。
なんでギョンビーが進行してるかも謎だが、生命活動を一度停止した魚の死骸が氷を割るほどの力を持っているのかわからない。
魔法か?
ファンタジー的な異世界にありがちな、原理がよくわからない魔法の力なのか?
神であるおれを差し置いて、まさかのギョンビーが生み出すとは。
ウギギ……。
『創造神が魚の残骸に嫉妬してどうするんですか』
そうだな。落ち着こう。
創造神はうろたえない。
素数は数えられないから深呼吸だ。
すー、はー……。まあ身体ないんだが。すー……。
ふおっ!?
幾分か冷静になったおれはアリゲータのかけらを何気なく注視し、再び落ち着きを失った。
なんとギョンビーたちは原型のなくなった自らの身体を使い、巣作りをしていたのだ。
同じところを目指しながら、いまいち統一感のなかったギョンビーは約束の地にきて進化を始めたかのようにコロニーを形成し始める。
な、なにこの子たち。本当に気持ち悪い。
別に巣作りしようがいい、コロニーを形成するのもいい。
生臭いのも我慢しよう。形が不格好なのも許容しよう。朝は顔を洗おう。歯も磨こう。
だが、何でお前らは、文字通り自分の身体を犠牲にして巣を作るのか?
種の繁栄のために屍を越えていけってそういうことじゃないよね。
次々来る新しいギョンビーも次々に土台となっていき、死骸は塔を成していく。
魚の面影もない、ただの肉の壁。ギョンビーミートウォール。
ハハハ、クレイジー。
一体これは何なのか。
レミング現象みたいなものなのか。
いや、あれウソだしな。犠牲ゼロクリアもできる面あるしな。
そこまで考えて、ふと気づいた。
しーんと静まり返った巣の一角。そこになにやら蠢く白いひものようなものが見える。
あきらかに魚の動きではない。
イソギンチャクの触手のようにも見えたが、それよりだいぶ長く細い。
なんだ、くねくねか? ……。
おれはハッとした。
どことなく見覚えがあるそれ。
深海魚らしき肉の残骸から出ていた、糸ミミズのようもの。
目を移す。
ギョンビーの行進を見ていく。
……やはり、そうだ。よく見れば全部の魚の死骸から、わずかに顔をのぞかせている。
飛び跳ね、地面にビターンと叩きつけられる瞬間。周囲を伺うかのように、ちろりと先端がはみ出るのだ。肉の隙間から。
ようやく、それが何なのかわかる。
このギョンビー自体が動いているわけじゃなかったのだ。
この奇妙な生き物が魚の死骸に取り付いて無理矢理に身体を支配し、少しでも暖かい土地へと進ませているのだ!
なんと恐るべき寄生生物。
動く魚の屍ギョンビーの原動力はそれだった。
弱々しい糸クズのような外見とは裏腹に、寄生生物は驚くほど多彩である。
宿主の脳に信号送り、のどの渇きを誤認させ繁殖のために水辺につれていくもの。
宿主の身体の一部を餌に見えるよう改造し、宿主を天敵にわざと食べさせて行動範囲を広げるもの。
単純に宿主の身体を苗床にし、その数を増やすもの。中には脳にすら寄生し行動を乗っ取るものもいるという。
例を出してて気持ち悪くなってきたのでもういいですか。
ウオノエとかタイノエでググらないでねとか。マンボウの体内には寄生虫が小分けし損ねたソーメンみたいに詰まってるし、水面を跳ねるのは体表から寄生虫を追い出す行動っぽいんだけど、皮膚が弱いから頑張りすぎるとたまに衝撃で死んじゃうとか具体的な話をした方がいいでしょうか。
宿主と共生して良い働きをする寄生虫さんもいます。許してください。公園で栗拾いしますんで。
――ギョンビーの中に潜むもの。
敬意を表してギョンエーと呼ぼう。これは神が驚愕せしものという意味を持つ、力ある言葉だ。
『はやく殺しましょう』
過激だな!?
いつになく過激だな!?
『すみません。長くてぶらぶらするものを見てたら、ハナミズの神を思い出して気分が悪くなって』
そんなハナミズっぽくは見えねーだろってツッコもうとしたら、ウォーキングバットフィッシュみたいなギョンビーの鼻からぴろぴろっとギョンエーが出ていた。
うん……ハナミズだな。
しかし仲悪いのか。
目やにハナミズを嫌うじゃ語呂悪いな。
ハナミズも女神なの?
『話したくもないのでノーコメントです』
そんなにか……。
つーかギョンエーが嫌いってわけじゃなかったんだ。
てっきり「きゃーきもちわるぅい助けてジョージ!」って抱きついてくると思ったんだけど。
『そうした方が良いのでしょうか』
いや……今はべつにいいかな。身体作ったらで。
『妙な願望自体はジョークじゃなくて本物なんですね』
まあな。
女に頼られるのは男のロマンなのさ。フフ……たぶんな。
ギョンエーはどんどんギョンビーを積み上げていき、自分らの巣を巨大化させていく。
このまま順調に行けば、アリゲータに届きそうな勢いだ。
というか、これは本当に巣なのだろうか。一体なんの本能でこんなものを作り上げているのだろうか。
そう思って巣が拡大する方向を見てみる。
そこは大穴の裏側だった。
………………。
まさかこいつら、帰巣本能でアリゲータの海に帰ろうとしてるのか?
しまった!
穴の向こうには、おれのかわいい犬神ちゃんたちがいるじゃねえか! 一大事だああああぁっ。
『もう番兵ってなんだろうってレベルで焦ってますね』
確かにおれの犬神ちゃんたちは、こんな糸クズお化けみたいな連中になんか負けない。
サンボールの熱さにだってコキュートスの寒さにだって対応できる。深海だって潜れるし、空も飛べるし組体操だって出来る。
でも、一体でも体内に入ったら大変じゃねーか!
それを本末転倒というのですみたいな声が聞こえた気がするが、聞こえなかった事にした。
寄生虫だって愛すのはやぶさかでもないが、神の眷属に反逆するような生き物は許せん。
おれは破壊神ではないので、直接的に手を出すことは出来ない。
何かを作って封じるか、産んだ神に頼むかである。
そこでまず海神ローシャンを呼び寄せ、海からコキュートスへ落ちそうな魚の死骸を回収し、分解して海の糧とする能力を身につけさせた。
ローシャンは穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士のような金色のオーラを身にまとうと、一瞬で死骸を分子分解する。さすがだ素敵。
これでギョンエーは今後増えることもないだろう。
あとは最後の一匹まで、巣と合体するのを辛抱強く待つ。
気を紛らわせるために巣に名を付ける。汚肉城塞グロブスターフォートレスってとこだな。
不気味というよりは滑稽。まるで料理下手な彼女の残滓。
料理下手は個性ではない。レシピ通り作る努力をしよう。素人のアレンジは罠だ。
砂糖ひとつまみとかコショウ少々に納得がいかない神経質な子は、料理のうまい人のひとつまみをグラムで量るがいい。
そして時は来た。
満を持して太陽球サンボールの軌道を曲げ、やつらのコロニーに落とす。
――くたばれエキノコックス野郎ッ!
汚肉城塞が太陽球の直撃を受け、大炎上し始める。
生臭いだけだったそれは肉の焼けるうまそうな匂いへと変化していくが、食べたくはない。
ギョンエーたちはギョンビーの肉鎧がないと脆いのか。声もなく消し炭になっていく。
世界の危機は去った。すべては滅した……。
しかし疑問が残る。
ギョンエーは一体どこから来たのか。
生物に寄生虫はつきものなのはその通りだが、アリゲータの海に死骸を支配する生き物などいなかった。
特に海洋生物を害するような寄生虫は低温で死ぬ。極寒のコキュートスでは耐えられない。冷凍した魚介類なら安心して食べられます。ローシャンがそう報告してくれたので間違いない。
では、異世界ならでの突然発生なんだろうか。
生命活動が滞る氷の中で、行動的に進化? それも同時多発的に?
非合理すぎる。少なくとも「おれの常識」にそんなものはない。
なにか、すっきりしない。
『宇宙からのエイリアンかもしれませんね。無から生まれた世界は果てなく広がり、ここアリゲータより外の宇宙は創造神の手を離れましたから』
メアリーの本気とも冗談ともつかない言葉。
おれは宇宙を見上げた。
いつの間にだろうか。ただ黒かった空間は、幾千幾万の瞬く星々に彩られている。
それは記憶にある地球から見た夜空によく似ていて、だけど同じものなど一つとしてなくて、妙な郷愁に駆られる。
『どうかしましたか?』
珍しい、ただ尋ねるだけの彼女の問い掛けに、何も答えることが出来なかった。
おれはその日、呪われた地アリゲータの名前を【祝福の地アリゲータ】へと変えた。




