27.何かに繋がっていてくれていると、嬉しい
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あれから、一度だけ江ノ島君を見かけた。
何日か前、かなり最近のことだ。
江ノ島君は、誰か女の人と一緒にいた。
綺麗な女の人だった。あの人が、二人の言っていた「フジタさん」なのだろうか。
とても幸せそうに笑っていた。
対する江ノ島君も、遠目ではあるけれど、ぎこちないながらも和らいだ顔をしていたように思う。
まあ男女問わず、江ノ島君が誰かと一緒にいるのを見るのはそれが初めてだったんだけど。
そして、古崎さんの姿は見えなかった。
だからあれ以来、あの日以来、ウチは古崎さんのことを見かけていない。
「そう言えば」
レポートに戻っていたアイちゃんがふと声を上げた。
「ん。なぁにぃ」
我ながら歯抜けた返事をすると、「タレすぎですよ」と言いながらも、
「あの女子高生――エーカちゃん、の言ってた切り札って、何だったんですか? 結局使ったんですか? それ」
「ああ、それね。……んー、まあ使ったと言うか使ってないというか。ウチの使える札じゃなかったし」
「? 意味がわかりませんが」
エーカちゃんの言う最終手段。
切り札。
ただしそもそも使えるのかどうかも怪しい手段。
ハートのクイーンであり。
初めの五枚並べられたトランプの、表にされなかった一番左のカード。
私も試したことがありませんので、話半分な切り札ではあるんですけど、などと注釈を入れながら、エーカちゃんはハートのクイーンをその下の裏向きのカードごと裏返した。
必然、初めは明かされなかった一枚が表になる。
切り札。
ジョーカー。
「夢枕、だって」
「……は? ユメマクラ?」
ちょっと変わったイントネーションで発音してから、一つ咳払いしてアイちゃんは不可思議そうに言う。
「夢枕って、あれですよね。先祖の霊とか神様とかが、寝てる間に枕元に立って夢の中で何か言い残していくとかいう」
「うん、そうそうそれそれ」
ようやくウチが顔を上げると、アイちゃんは多分に呆れの入り混じった表情でウチを見ていた。
なぁにを戯けたことを抜かしとるんだこやつは、という表情だ。
まあいつもウチを見るアイちゃんの表情と大差ないと思ってくれていい。
「夢枕って……それはまた非科学的な」
「まあ、ウチの見えてるって言う『ユーレイ』自体、かなり非科学的だしね」
それもそうですね、とアイちゃんはかぶりを振った。確かアイちゃんはそこまで科学信仰が強いタイプではなかったと思う。むしろ懐疑的な節も散見される。ウチの言う『ユーレイ』にしたって、「見えるって言うなら見えてるんじゃないですか」っていうスタンスだ。
取り立てて信じもしないけど、別に疑うこともない。
だから、ウチの話も結構正面から聞いてくれる。
本当に、有り難い子だ。
「で、その夢枕は成功したんですか? まあその場で結論出なかったけど江ノ島君が男女交際を始めたって言うのなら、成功したんでしょうけど……」
「いや……どうなんだろうね。夢枕自体、できたのかどうか」
それどころか、そもそも古崎さんが挑戦したのかどうかも、ウチにはわからない。
何せその後は、一度も古崎さんに会ってはいないのだから。
ふーん、と興味を失ったように相槌を打って、アイちゃんはまたレポートを再開した。ウチは何を言うでもなくそんなアイちゃんを眺めていた。そうしていると、ふと思い出したようにアイちゃんは、
「でもやっぱり」
「うん?」
「やっぱり無駄ではなかったと思いますよ。工藤さんの余計なお世話は。余計は余計でしたでしょうけど、その二人のためにはなっていたと思います」
あくまでも私の私見ですけど、とアイちゃんは顔を上げないまま、手も止めないまま、そんなことを言った。
何だかんだ言って、優しい子だなあ、としみじみ思い、思わず笑みになるのを自覚しつつ、今のこの表情を見られたら嫌そうな顔されるんだろうなあ、と思いながら、ウチは言った。
「うん……そうだといいなあ」
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