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▼雨上がりの夜明け▼


「俺の肩ならいつでも貸すよ?」


間近にある、心配そうに見つめるトオルの黒い瞳の奥に何かがちらつく。その正体を知っている気がする。

視界の隅に映る瑠璃色のタンブラーが、何故か昼間の出来事を思い出させた。あんな恥ずかしいじゃれあいをしたことなどリサにはない。

思い出したとたんトオルの顔を見られなくなり、目を逸らす。顔ごと逸らせたかったが、それをしたら負けだと思ったので顔は近いままだ。

微妙な変化を感じ取ってトオルは続ける。


「そうやってなんでも一人で溜め込まないでさ、俺ならいつでも寄っ掛かっていいから」

「う…うん」

「他にはもうない?」


今まで見たこともない優しい表情に、リサの冷静な部分が唐突にトオルの奥にちらつく何かの正体を掴む。

答えを掴んだとたん酔いも感傷も吹っ飛んで目を丸くするリサ。ようやく気づいたか。とトオルは内心で喜びながら、二人の距離を離す。

離れてしまった距離が少し寂しいと感じたリサは、自分の感情に驚いた。


「で、結局どうなったの?その納涼船で」

「え?あ、えっと、好きだったって言い逃げしてきた」

「なんだそれ」

「うっさいなぁ」


恥ずかしさ紛れにポスッと猫パンチを喰らわすリサ。先ほどまでのしおらしさは何処に行ったのか、あっという間にいつもの男勝りな言動が戻っていた。

その顔が少し赤いのは、どうやらアルコールが入っているだけが理由ではないようだ。


「リサってメンタルの振り幅激しいだろ?」

「なに突然」

「いや、怒ったり沈んだり恥ずかしがったり忙しそうだと思って、まぁどれも可愛いからいいけど」


可愛いという言葉を言われ慣れていないのを、昼間の反応で知ったトオルはわざと強調して言う。いよいよ暗がりでもわかるくらいにリサは顔を赤くする。

その様子を見ながら、トオルはポケットに手を突っ込み目当てのものを取り出した。


「悪かったね」


答えになっていない悪態をつくと正面を向いてジン・トニックを飲もうとするが既に空だった。そのままむぅと口を一文字に閉じて恥ずかしさをごまかす。

いろんな感情がない混ぜになって、もはやキャパシティを超えていた。

ウェイターを呼んで今度はジン・バックを注文する。


「リサ」


トオルが優しい声音で名前を呼ぶと、「なに?」とやや棘のある声音で答えながらトオルのほうを向いた。


「これ」


差し出された手は握られていて、何を持っているのかわからない。リサは怪訝そうにトオルを見る。

するとトオルはリサの右手を取り、強引に自分が持っているものを渡す。

受け取らされた物はとても小さいらしく、ほとんど感触がない。右手を開くと、そこにはブルー・ジルコンのピアスの片方が乗っかっていた。


「それ、俺のってシルシだから」

「はぁ?」

「俺、リサが好きだからさ」

「だからってなんでピアス寄こすの」

「だから愛の告白?」

「意味わかんない!!」


トオルってこんな奴だっけ?と思いながら、内心は半分パニックになりかけていた。年下のくせに自分の感情にずかずかと遠慮なく入ってくるトオルに、否、そんなトオルにどんどん向いていく自分の感情に。

頭を抱えるリサの横でトオルはジン・バックを運んできたウェイターにポーターガフを注文する。


「で、つけるの?つけないの?」

「いきなり追い詰めんなよぉ」


アルコールが入って緩やかになった思考回路は、この状況について考えることを放棄しようとしていた。その一方で、ここで答えを出さなければ、トオルの望む形で答えることはできないだろうと考える。

今までにないパターンの告白のされ方は、リサにはハードルが高すぎるのだ。

頭を抱えたまま項垂れるリサの頭を、トオルは優しく撫でた。


「焦らせて悪かった、でも、考えとけよ?」

「…わかった」


右手に持ったままのピアスを見つめる。ポーターガフを運んだウェイターが気を利かせて、氷の溶けきった瑠璃色のタンブラーを下げ新しいタンブラーを置く。

水がゆれるのと一緒に揺れる瑠璃紺色の光を見て、心を決めた。






その後、たわいない世間話やカメラについて盛り上がっているうちにいつの間にか閉店時間になってしまった。

ウェイターが申し訳なさそうに「お会計をお願いします」と皮製のカルトンに会計伝票を乗せて来た。

バッグから財布を出そうとしたリサを、トオルがやんわりと止める。


「今日は俺のおごりって約束」

「でも、結構飲んじゃったし、払うよ」

「いいって、その間に帰り支度しとけよ」


そのままレジまで歩いていったトオルを見て、ここでなお食い下がるのは失礼だろうと思い追いかけるのをやめた。

そしてホールの片付けを始めたウェイターに声をかけてレストルームへと向かった。






しばらくしてレストルームから戻ると、すでにトオルは帰り支度が済んだ状態でスツールに寄り掛かっていた。


「ごめん、待たせた」

「いや、大丈夫」

「行こう」


バッグを掴み、店内を出口へと歩く。すれ違うウェイターに「ごちそうさまでした」と声をかけながら歩くリサの右耳を見て、トオルは息を呑んだ。


「マスターいつも遅くまでごめんね」

「いや、お宅にはお世話になってるから大丈夫だよ」

「またお店の人たちと来るね、ごちそうさまでした」


マスターに挨拶をして外へと出たリサ。外に出たとたん、後ろから抱きすくめられる。

背中に温もりを感じたとたん、恥ずかしくなって俯く。


「決断早いな」

「こんなことお酒の力と雰囲気の勢いがないと絶対できない」

「つけたらには逃がさないから、覚悟しとけよ」

「わかったから離れろ!!ここは往来だ!!」


我慢できなくなったリサはお腹に回されたトオルの腕を引っ掴みはがそうと暴れた。クスクスと笑いながら、それに応じたトオルは腕を外した。

おかしそうに笑顔を浮かべて歩くトオルと、むくれたままその横を歩くリサ。なんだかやりきれない不満を抱えながらも、リサは言った。



「ありがと、トオル」

「どういたしまして」



トオルの左耳にブルー・ジルコンの石が輝いるのを見て、リサは嬉しくなった。

新しい恋の始まりは、雨上がりの青い夜明けのようだった。


これにてリサ救済計画終了です。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次回からは、別の人物にスポットをあてた話が始まります。


基本同じお店が舞台ですので、引き続き彼女らも登場いたしますので、今後ともごひいきの程よろしくお願いいたします。


20110519 柳すすたけ

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