▼カラーフィルター▼
ユニフォームに着替えたトオルは、リサを連れてスタジオに入る。十六畳ほどの小さなスペースだ。
入ってすぐ右に照明機材とカメラがあり、その奥にテーブルセットとメイク道具が詰め込まれたワゴンがある。左側は赤いマットが敷かれ背景スクリーンがある。
テーブルセットの周りに四人のスタッフがいた。
「おはようございます」
「おぅ神崎、おはよう」
「おそようございます、神崎くん」
「おはよう」
「おはようございます」
それぞれと個性的な挨拶を交わすと、トオルはリサに説明する。
「髪の毛束ねてるおっさんが瀬戸ケンショウさん」
「朝のミーティングでも会ったがよろしくな」
「で、その右の明るい茶色のボブカットが梶間ユキコさん」
「ユキって呼んでねー」
「この二人がカメラマン・・・です」
うっかり敬語を忘れそうになると、すかさずケンショウが睨む。逞しい身体と切れ長で鋭い眼光の迫力に負け、トオルは不自然に語尾をつけた。
「おいおい、自分より後輩だからってなめた口の利き方するんじゃないぞ」
「わかってますよ!!」
「私たちは紹介してくれないの?」
メイク道具のワゴンを整理しながら、髪の毛をトップでまとめた女性が言う。細い枝のような身体にヒップバックをぶら下げ、さまざまなブラシを挿している。
「あぁ、すんません、彼女が小野田カズサさん」
「仕事熱心で他人にも自分にも厳しいよね、カズサって」
「ユキがちゃらんぽらんなだけでしょう」
「で、そっちのヘルメット頭が営業の上野カズコさん」
「ちょっと人の髪型を差してそれはひどいでしょう」
営業だというカズコは、両手を腰にあててトオルも見上げ言い返す。小柄でもメリハリのある体つきとぽってりした唇と鼻がかわいらしく見え、そこに甘いドーリーメイクを軽くしている。
ほんわかした天然女性をイメージさせた。が、どうやら性格はしっかりしているようだ。
「で、さっそくなんだけどミーティングね」
カズコが持っていたバインダーを見せながら説明する。
「次のお客様は14時に来店、そこからヘアメイクと着替えがあります」
「確かフルセットでいいのよね?」
「はい、新婦様は髪型もこちらにおまかせすると言っています」
「上野、衣装の色は?」
「新婦はブルーグラデーション、裾に向かって濃くなっていくタイプ、新郎はミッドナイトブルー」
「ってことはバックスクリーンは明るいクリームだな、照明にも38番35番用意しておけ」
「はい」
「オプションの追加はなく、新郎新婦お二人のみの撮影、全身とバストアップをワンカットずつお願いします」
「了解」
「こちらからは以上です」
バインダーを小脇に抱えたカズコと、ワゴンを整理していたカズサがスタジオから出て行く。
「よし、じゃ新人に働いてもらうか」
ケンショウは壁際のラックからカラーボックスを持ってくるとリサに言った。
「これがカラーフィルターだ、芝居やライブなんかで使うやつだ」
「始めてみました」
「だろうな、ふつう写真撮影じゃ使わない」
「なんで今回は使うんですか?」
「ブルーだからさ」
こともなげに答えたケンショウに、リサは困惑の色を浮かべる。ユキコがリサの肩に手を置いて苦笑する。
「補色だよ、新郎新婦の顔色が衣装の色が反射して顔色悪く見えないようにって」
「細かい配慮なんですね」
「人生でそう何度も撮るようなモンでもないしな、だったら、最高に綺麗な写真にしてやりたいだろ?」
「データ上で修正じゃないんですね」
関心したようにリサが言うと、ユキコは右手の人差し指をピッと立てて物知り顔で言う。
「昔からこの方法で撮影してるみたい、なんせこのやり方始めたのオーナーなのよ」
「え?オーナーが始めたんですか?」
「当時肌の色が透き通るくらい白い女性がいてな、顔色が照明で飛んで病気みたいにみえたんだよ」
ケンショウがボックスの中から蛇腹に折りたたまれた紙を出し、それをリサに渡す。
「で、その女性のいつもの透き通るような白さを撮りたいってんで生み出したんだよ」
「素敵な話ですね」
「ちなみにその女性って、アカネさんだぞ」
「そうなんですか?」
「そうなんだ、ってか無駄話してないで準備するぞ、これ色見本、この中に38番と35番もあるから見比べながら探してくれ」
「わかりました」
「梶間は小野田について新婦の心をあらかじめ解しておけ、神崎はスクリーンのセッティング以上解散」
的確に出された指示に三人はそれぞれ頷くと、自分の仕事に取り掛かった。




