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▼にらめっこ▼


時間通りにやってきた新郎新婦は、ミーティングでいっていた通りの衣装に身を包みスタジオに入ってきた。

その先頭に立ち案内しているのはカズコで、後ろにはカズサが付いて新婦のヴェールや裾を捌いている。ユキコはカズサの隣に並んでいたが、スタジオに入るなりショウスケに駆け寄り耳打ちする。


「新婦さん、そうとう緊張してます」

「お前が落とせないなんて珍しいな、梶間」

「ワケあり新婦さんで、素直に喜べない部分があるみたいで」

「へぇ」


ケンショウが露出計で光の強度を測定しながらちらちらと新婦を見やる。

胸元の開いたローブデコルテから、やや色は濃いが日本人特有の肌色が覗いている。顔に目を向けると、なるほど、確かに笑顔を浮かべてはいるが緊張しているのだろう。どこかぎこちない。


「桜庭」

「はい」

「カラーフィルターは今回はいらなそうだが、万が一を考えて35番を一台スタンバイさせておけ」

「はい」

「それが終わったらお前は見学、神崎、レフ板、お前に任せる」

「はい」

「梶間、新郎新婦の準備がよければこちらに案内して」

「はい、それではお二人とも、ゆっくりと赤い絨毯の上に進んでください」


指示を受けたユキコが新郎新婦に近付き、裾に気をつけながら新婦に手を貸しカメラの前へ誘導する。カズサもヴェールと裾を捌いて誘導を手伝う。


「はい、そちらのバツ印が基本の位置です、ポーズはどうしますか?」


カメラ前のいい位置につけられたバツ印を挟んで新郎新婦を立たせた。後ろでは手早くカズサがヴェールと裾を綺麗に見せるために手直ししている。

新郎は新婦の腰に手を添え、「どうする?」と尋ねた。


「あの、どうしたらいいのかわからないのでそちらにお任せします」

「わかりました」


遠慮がちに小さな声で答える新婦に頷くと、ユキコは営業スマイルで返した。そしてさらに言う。


「新婦さん緊張してきちゃったみたいですね、一度深呼吸してみましょうか」

「だってよ、サヤカ、ほら深呼吸」

「う、うん」


にっこり微笑む新郎と戸惑いながらそれに応じる新婦。どうやら新婦は相当緊張しているらしい。

すると突然、ケンショウの後ろで見学していたリサが新郎新婦に近寄り新婦に声をかける。


「この度はご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます」


唐突に声をかけられ、驚きに目を丸くしながら新婦が答える。その反応をきっかけにリサは新婦に話しかける。


「突然声をかけたので驚いていらっしゃいますよね、申し訳ございません」

「い、いえ」

「私は本日よりこちらで撮影を担当します桜庭と申します」


丁寧に頭を下げ、リサは新婦の様子を窺う。驚きが先に立っているので警戒するのを忘れているようだ。

リラックスさせるチャンスは今しかない。リサはそう判断した。


「サヤカさん、私とにらめっこしましょう」


穏やかに笑みを浮かべやや低い声音でそう告げる。まるで男性が女性を口説いているような雰囲気を纏いながらでた言葉は、現状に相応しくない言葉だった。

カズコとカズサ、ユキコが目に余る行動に凍りつき、ケンショウは目を細めて口の端を持ち上げ面白そうにやり取りをみている。腕組みをしてソフトボックスの前から動こうとしない。

トオルはこの突拍子もない行動をとる人物はいったい何をするつもりなんだ、と、目を皿のように開いて固まる。


「旦那さまといきなりにらめっこは恥ずかしいと思いますので、最初は私としましょう」


「ね?」と首を傾げて新婦の両肩にやさしく手を乗せる。大丈夫、私を信じて、そう思いを込めて。

新婦の表情が驚きから怯えに変わっていたが、乗せられた両腕と真っ直ぐ射抜くように見つめてくる黒い瞳に何かを感じ、ゆっくりと頷く。


「旦那さまも他人事だと思って傍観しないでくださいね、最後はお二人にしてもらいますから」


悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべてくるりと新郎に向き直る。新郎は「はぁ」とか「あぁ」とかよく聞き取れない生返事をする。

その返事を聞いているのかいないのか、リサは数歩新郎新婦から離れた。

リサが立ち止まった場所でケンショウはリサの狙いに気づき、新郎新婦の意識がリサに集中していることを確認しながらカズサに声をかける。


「このまま撮影に入るから、カメラに写らない範囲に出ろ」


カズサがその指示でハッと新婦を見る。新婦の意識はリサに集中していて、自分の置かれた状況が頭の中で薄れているようだ。

裾が綺麗に見えているか、ヴェールが新婦の顔にかかっていないか、メイクの崩れがないかをすばやくチェックしカーペットの外へ出る。

それに気づいたユキコがカメラをケンショウに渡し、トオルがレフ板を持って移動し、新婦の意識を逸らせないように注意しながら光を当てる。


「にらめっこしましょ笑うと負けよ、あっぷっぷ」


リサは両側から頬骨の周囲を握り、自分の顔を変形させる。羞恥心の欠片もない思い切った顔に、新婦は可笑しそうに笑顔を浮かべる。

新郎もリサの顔を見て笑いを堪えられず、大口を開けて笑っていた。そして次の瞬間、新郎新婦は自然と見つめあった。

その顔には笑顔を浮かべたままだった。


「はい、OKですよ」


シャッターチャンスを逃さずにケンショウはカメラに収めたらしく、新郎新婦に声をかけた。


「こういった感じですがよろしいですか?」


カメラのディスプレイに先ほどの写真を何枚かスライドショーのように表示させ、新郎新婦に確認してもらう。そこには見つめあい笑いあう新郎新婦の姿があった。

ディスプレイを見た新郎が満足そうに頷き「これでお願いします」と言った。


「だいぶ表情が解れてきましたね、戻らないうちに撮りましょう」


カメラを構えて元の位置にケンショウが戻り、すかさずカズサが衣装やヘアメイクを直す。

新郎が新婦に寄り添うように近付き、手を握る。新婦は恥ずかしそうにはにかみながらも、嫌がる様子はない。どうやらこのスタジオに打ち解けたようだった。

ケンショウの後ろに引っ込んだリサが愛おしそうに見つめながら新婦に声をかける。


「サヤカさん、今、幸せですか?」


「はい」


嬉しそうにはにかんだ笑顔は、この新婦にとてもよく似合ってた。



こうしてリサの初めての仕事は無事に終わったのだった。


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