第七話「空を奪う者、空を守る者」
空は、昨日よりも騒がしかった。
「偵察任務だ。深追いはするな」
上官の声が響く。
だが、その言葉の裏にある緊張は隠しきれていない。
「敵の主力が近いらしい」
ざわめきが走る。
クロノスはヴェントラの背に乗り、空を見上げた。
(主力……)
胸の奥が、ざわつく。
「行くぞ」
ユークスが隣で笑う。
「今回はちゃんと合わせろよ?」
「……努力はする」
軽口を返す。
でも、余裕はない。
ヴェントラが翼を広げる。
風が変わる。
そのまま、空へ。
高度を上げる。
海が遠ざかる。
「前方、敵影!」
声が飛ぶ。
数は五。
こちらと同数。
「各機、散開!」
戦闘が始まる。
火球が飛び交う。
風が乱れる。
「クロノス!」
ユークスの声。
「左任せる!」
「了解!」
言葉と同時に動く。
ヴェントラが旋回。
敵の背後を取る。
(速い……!)
やはり、この機動力は異常だ。
だが。
「っ……!」
敵も、甘くない。
急旋回。
無理な角度で追ってくる。
(読まれてる?)
違う。
(経験が違う……!)
背筋が冷える。
そのとき。
風が、変わった。
不自然に、静かになる。
「……なんだ?」
誰かが呟く。
次の瞬間。
一騎の影が、空を切り裂いた。
速い。
いや。
見えない。
味方の一騎が、何もできずに崩れた。
「は……?」
理解が追いつかない。
戦いですらない。
ただ、落とされている。
「撤退しろ!」
誰かが叫ぶ。
その声すら、遅い。
次の瞬間には、別の機体が落ちた。
(なんだよ、あれ……)
目で追えない。
気配だけが、通り過ぎる。
そして。
ようやく見えた。
一騎のワイバーン。
無駄のない動き。
風に逆らわず、風を使う。
その背にいる男。
静かだった。
感情がない。
焦りも、力みもない。
(……あれが)
本能が理解する。
格が違う。
男の視線が、こちらに向いた。
目が合う。
その瞬間。
空気が凍る。
ヴェントラが、わずかに翼を強張らせた。
(……お前も、感じてるのか)
逃げるべきだ。
分かっている。
でも。
目が、逸らせない。
男が、わずかに口を開く。
「……空を汚すな」
小さな声。
なのに、はっきりと聞こえた。
「神に縋る者は、空に不要だ」
次の瞬間。
消えた。
「――来る!!」
本能で叫ぶ。
ヴェントラが急加速。
だが。
一瞬、遅い。
横を、何かが通り過ぎる。
衝撃。
「っ……!!」
体が揺れる。
ギリギリで避けた。
でも、分かる。
(今の……あと少しで死んでいた…)
背中に、冷たい汗が流れる。
「クロノス、下がれ!!」
ユークスの声。
見ると、既に距離を取っている。
判断が速い。
(くそ……!)
悔しさと、安堵が混ざる。
「撤退だ!」
命令が飛ぶ。
誰も逆らわない。
逆らえる相手じゃない。
離脱する。
その間も、敵は追ってこない。
ただ。
見ているだけだ。
まるで。
試すように。
距離が開く。
やっと、呼吸が戻る。
「……なんだよ、あれ」
誰かが呟く。
「敵将のヴァルター…」
低い声が返る。
「名は――」
一瞬の間。
「別名、空を守る者、と呼ばれている。神を否定するゼフィラ帝国空軍の将軍だ」
空を見る。
もう、姿はない。
(……空を守る、か)
さっきの言葉が、頭に残る。
神を否定する存在。
でも。
あの動きは。
あの在り方は。
(……あれが、完成か)
自分とは、あまりにも違う。
ヴェントラが、小さく翼を鳴らした。
風が、わずかに揺れる。
答えは、まだ出ない。
でも。
確実に。
何かが、変わり始めていた。




