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第六話「隣にいるのに、遠い」

 夕方の訓練場は、やけに静かだった。


 風も弱い。


 空も、穏やかすぎるくらいだった。


「……また来てるのか」


 声に振り向く。


 ユークスだった。


「まあな」


 短く答える。


 ヴェントラは、少し離れた場所にいる。


 こちらを見ているのかどうかも分からない。


「真面目だねえ」


 軽く笑う。


 いつも通りだ。


「でもさ」


 ふと、表情が少しだけ変わる。


「お前、あいつとどうやって合わせてるんだ?」


 あいつ、というのはヴェントラのことだ。


「合わせてるっていうか……」


 言葉に詰まる。


「合わせようとすると、ズレる」


 正直に言った。


「へえ」


 ユークスは興味深そうに頷く。


「じゃあ、どうしてる?」


「……分からない」


 本当に分からない。


「ただ」


 少しだけ考える。


「逃げないって決めると、動く」


 ユークスが、一瞬だけ黙った。


「……なるほどね」


 納得したように笑う。


「やっぱりお前、面白いわ」


 その言い方は、軽いのに。


 どこか本気だった。


「俺はさ」


 ユークスが空を見る。


「ちゃんとやるよ」


「ちゃんと?」


「期待に応える」


 迷いがない。


「強くなって、勝って、守る」


 それは、正しい言葉だった。


 眩しいくらいに。


(……違うな)


 自分とは、違う。


「クロノス!」


 振り向く。


 ウェナスだった。


「ちょっといい?」


 息を切らしている。


「どうした」


「その……」


 言いづらそうにしている。


「さっきの戦いのこと、聞きたくて」


「俺より、ユークスの方が――」


 言いかけて、止まる。


「いや、クロノスに」


 はっきり言われた。


 一瞬だけ、期待がよぎる。


「どうやって動いてたのかなって」


 違った。


「……大したことじゃない」


 素っ気なく答える。


 本当は、説明できないだけだ。


「そうなの?」


 少しだけ、不満そうに眉を寄せる。


「ユークスはちゃんと教えてくれるのに」


 その一言が、刺さる。


 横を見る。


 ユークスが、苦笑していた。


「まあ、俺は話すのが好きだからな」


 軽く肩をすくめる。


「それに、分かるように説明できる」


 悪気はない。


 分かってる。


(……ああ)


 だから、強いんだ。


「クロノスはさ」


 ウェナスが少しだけ近づく。


「危なっかしいんだよね」


 笑う。


 優しい顔で。


「見てて、ちょっと怖い」


 その言葉は、責めてない。


 でも。


(それじゃダメなんだろ)


 分かってしまう。


「でも」


 ウェナスが続ける。


「無事でよかった」


 それだけで、十分だった。


「……ああ」


 短く答える。


 それ以上は、言えない。


 そのとき。


「二人とも」


 静かな声が割り込む。


 女王だった。


 空気が変わる。


 さっきまでの空気が、嘘みたいに消える。


「少し、時間をもらえるかしら」


 視線は、クロノスに向いていた。


「……俺ですか」


「ええ」


 短い肯定。


 ユークスとウェナスが、わずかに距離を取る。


 その自然さが、妙に引っかかった。


 少し離れた場所。


 風が、わずかに強い。


「初戦闘、お疲れさま」


 女王が言う。


「……ありがとうございます」


 形式的に答える。


「どう感じた?」


 質問だった。


「……怖かったです」


 少し考えてから答える。


「でも」


 言葉を選ぶ。


「逃げませんでした」


 女王は、少しだけ目を細めた。


「そう」


 それだけ。


 評価も、否定もない。


「ヴェントラはどうだった?」


「……分かりません」


 正直に答える。


「ただ」


「嘘をつくと、落ちる気がします」


 自分でも、何を言ってるのか分からない。


 でも、事実だった。


 女王は、わずかに頷いた。


「正しいわ」


 短い肯定。


「あなたはまだ、“使っている”だけ」


 心臓が、少しだけ跳ねる。


「共にあるには、足りない」


 否定。


 でも、冷たくはない。


「……どうすればいいんですか」


 思わず聞く。


 女王は、少しだけ考える。


「簡単よ」


 そして、言った。


「嘘をやめなさい」


 できないことを、簡単に言う。


 思わず、苦笑する。


「……無理です」


 反射的に出た言葉だった。


 一瞬だけ、沈黙。


 女王が、こちらを見る。


「今のは?」


 問いかけ。


 言葉が止まる。


 本当に無理なのか。


 それとも。


「……分かりません」


 そう答えるしかなかった。


 女王の表情が一瞬だけ、表情が柔らいだ気がした。


 ……気のせいかもしれないが。


「それでいい」


 どこかで聞いた言葉。


「あなたは、まだ途中だから」


 風が吹く。


 ヴェントラの方を見る。


 こちらを見ている。


 気がした。


「焦る必要はない」


 女王が続ける。


「ただし」


「逃げるな」


 短い言葉。


 でも、それだけで十分だった。


 夕焼けが、空を染めていく。


 その中で。


 何も変わっていないはずなのに。


 少しだけ。


 前に進んだ気がした。

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