第五十三話「海の意志」
海は、静かだった。
波は、荒れていない。
風も、強くはない。
だが。
その静けさの奥に。
“何か”が、動いていた。
マレディア海洋諸国連合。
その中枢。
巨大な旗艦の内部。
重厚な扉の奥に。
一室。
そこに。
五人の元帥が、いた。
円卓。
その席に座る者たち。
それぞれが。
一国を率いる者。
一国一国は帝国や王国ほどの規模はないが、
マレディア海洋に君臨する五つの国。
その五つの国が集結した連合軍隊だ。
誰も、すぐには口を開かない。
ただ。
中央に置かれた地図を、見ている。
そこには。
王国。
帝国。
教国。
そして。
戦場。
すべてが、記されていた。
「……空は、死んだな」
一人が、低く呟く。
感情は、ない。
事実だけを、言う。
「ならば、次に来るのは何だ?」
別の男が、問いを投げる。
すぐに、答えが返る。
「……海であろう」
短く。
だが。
確信に満ちた声。
そして、一人が、椅子にもたれながら言う。
「帝国の支援要請は、あった」
「……だが、もう意味はない」
指で、地図の一点を叩く。
「帝国の傘下に入る?」
鼻で笑う。
「冗談だろう」
「沈みかけた船に、わざわざ乗る馬鹿はいない」
一人が、ゆっくりと口を開く。
「……“鍵”」
その言葉で。
空気が、わずかに変わる。
「空を縛るもの」
「神を呼ぶもの」
視線が、鋭くなる。
「……あれは、残すべきではない」
別の元帥が、静かに言う。
「種は、芽を出す前に潰す」
「災いは、形になる前に断つ」
その目は、冷たい。
「鍵は、すべて排除する」
「空を、誰かに管理させるだと?」
低く、吐き捨てる。
「笑えない冗談だ」
「神だろうが、人間だろうが」
「空を支配する資格など、誰にもない」
一人が、立ち上がる。
窓の外。
広がる海を見ながら。
言う。
「海は、誰にも従わない」
「だからこそ」
「我らも、従わない」
五人の視線が、交差する。
迷いは、ない。
すでに。
決まっていた。
「全艦、戦闘配置」
「標的は三つ」
「王国、教国、帝国」
「例外は、なし」
「全てを殲滅せよ 海の意志を見せてやれ」
短く。
明確に。
そして。
冷酷に。
最後に。
一人が、静かに呟く。
「……海を、甘く見るな」
「今まで受けてきた我らの屈辱を…」
「ここで晴らさせてもらう」
その言葉は。
波の音に、溶けることなく。
確かに。
戦場へと向かっていった。
その瞬間。
艦隊が、動き出す。
静かに。
だが、確実に。
新しい戦争が。
始まる。




