第五十一話「続く戦場」
雨が、降っていた。
細く。
冷たく。
まるで。
この場所のすべてを、洗い流そうとするように。
だが。
何も、消えない。
焼けた大地。
崩れた建物。
動かなくなった者たち。
そして。
空。
誰も、見上げていなかった。
もう。
そこには、何もないからだ。
ワイバーンの姿は、なかった。
一頭も。
いない。
あの瞬間を、見たからだ。
あの“存在”を。
恐怖は、本能に刻まれる。
飛ばない。
誰も、飛べない。
王国兵。
帝国兵。
そして、わずかに残った教国兵。
本来ならば。
剣を向け合うはずの者たちが。
誰も、動かない。
戦わない。
戦えない。
武器を持つ手が、下がっている。
目の前の敵よりも。
思い出している。
あの“圧倒的なもの”を。
(……何だったんだ、あれは)
誰も、口にしない。
だが。
全員が、同じことを考えていた。
その中で。
ただ一人。
動いている者がいた。
クロノス。
ヴェントラを崩れた建物の影に休ませ、俺はただ歩く。
泥に足を取られながら。
瓦礫を越えながら。
進む。
呼吸は、荒い。
体も、限界に近い。
それでも。
止まらない。
(……いるはずだ)
視線を走らせる。
壊れた地面。
崩れた構造物。
血の跡。
すべてを、見逃さないように。
(……エルンスト)
名前を、心の中で呼ぶ。
敵だ。
だが。
“鍵”だ。
そして。
あの戦いの中で。
確かに、感じた。
まだ、生きていると。
足を止める。
崩れた壁の陰。
何かが、ある。
ゆっくりと近づく。
警戒しながら。
そして。
覗き込む。
だが。
違う。
ただの、倒れた兵士。
クロノスは、視線を落とす。
一瞬だけ。
そして、また歩き出す。
時間が、ない。
理由は分からない。
だが。
分かっている。
“このままでは、終わる”
ふと。
頭をよぎる。
あの男の言葉。
戦場の中で。
あの短い時間で。
叩き込まれたもの。
『流れに乗れ、それだけで、空は変わる』
歯を食いしばる。
(……あんたなら)
思う。
(……あんたがいれば)
この状況でも。
何かを、変えられたのかもしれない。
だが。
もう、いない。
――王国軍、野戦病院。
負傷者が運び込まれている。
止まらない。
人も。
血も。
声も。
「次、こっち!」
ウェナスの声が響く。
手は、止まらない。
布を押さえ。
傷を縛り。
呼吸を確かめる。
「大丈夫、まだいける」
そう言いながら。
誰よりも、分かっている。
大丈夫ではないことを。
それでも。
止まれない。
一瞬。
手が、止まりそうになる。
浮かぶ。
クロノス。
そして。
ガイアス。
(……無事でいて)
声には、出さない。
出した瞬間。
壊れてしまいそうだから。
ただ。
目の前の命に、向き合う。
少し離れた場所で。
ユークスが、物資を運んでいた。
無言で。
何度も。
運ぶ。
渡す。
戻る。
繰り返す。
前線には、いない。
戦っていない。
それでも。
胸の奥が、焼ける。
(……俺は)
拳を握る。
(何もしてねえ)
仲間は、戦っていた。
命を懸けて。
それなのに。
自分は、ここにいる。
生きている。
歯を食いしばる。
だが。
また、荷を持ち上げる。
やるしかない。
ここで。
できることを。




